第5話 放課後の攻防
反らしているので、胸の膨らみが強調される。
いつも目立たなくしているので気づかれていないが、日向の体はけして小さくはない。胸もそれなりだ。強調された胸に自然に目がいくくらいには。
いつもは目もとを隠している前髪がオープンになり、上目使いにキレイな黒の瞳に見つめられた榎本さんは、バカみたいに口を開けて自失している。
「榎本さん」いつまでも固まったままの彼女に呼び掛けた。
「榎本さん」
2回目でやっと意識が戻った。「え?」俺の方を向いた。
日向は見上げるのをやめて、俺の方を向いた。
「という訳で、榎本さんの素晴らしさを称えていたんですよ。主に田上くんが」
名前を出された田上くんが、「え?」と小さく声を出して俺を見る。
さっきまで俺と日向が付き合っていると言う話をしていたのに、どこが、という訳、なのか。つまり、もうその話題はおわりだ。
俺の日向といつまでも見つめ合うんじゃない。
「そう。ならいいよ。もっとほめてね」いつもどおりの調子で、ニカッっと笑う。少し高揚してるのか頬に朱がさしてる。
嘘くさいとは思っていたが、これほどとは。
日向が不機嫌になる前に、彼女は立ち去った。彼女は日向の機嫌が斜めに傾き始めたことにもきづかなかっただろうが。
田上くんは、あっけにとられて立ち去る榎本さんの背中を見ていた。結局、何もしゃべってない。せっかく会話のチャンスだったのに。
日向は、彼女に興味を失って、あきもせずに俺を見ている。
どうせなら、熱い視線にしてくれ。無表情な目でみるな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後、俺は部活だ。月水金は部活があることを彼女には言ってある。今日は金曜日だから部活がある。
彼女は前からバイトを入れているので、今日はこれでお別れだ。
俺はカバンを持って、彼女の席に向かう。
彼女は俺が近づいてから、カバンを持って席を立った。
「部活だから」わかっているとは思ったが、一応告げる。
「はい」彼女は短く返事する。そして一拍おいてから、言葉を続ける。
「キスしてくれますか?」
ぶちかましてきた。
意味がわからん。大丈夫か?
「付き合って次の日にはキスをするものだと言いました」
言ったか?
いや、言ってない。
「断る」
「どうして?!」
「教室で?みんな見てるよ」言わなくてもわかるよね。
彼女は不思議そうに、あるいは不満げに俺を見てくる。約束を破った事に怒っているようだ。
いや、そんな約束はしていない。
「ここじゃなけれはキスしてくれますか?」
これはいけない。この頭の悪い会話を、クラスメイトには聞かせられない。
「とりあえず帰ろう」俺は先に出口に歩き出して、話を打ち切る。
彼女の前の席の女子が、立ち上がろうとしたまま固まって、口をポカンとした、あっけにとられた顔でこちらを見ていた。
なんかいつもその顔してるよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昇降口を出たところで待っていると、彼女は軽く走ってきて、そのまま俺の右腕にしがみついた。
飛び付かれた衝撃で俺はよろめいた。が、彼女に軽く引っ張られて体勢を立て直す。
力持ちだね。
彼女はカバンを肩にかけ、両手で俺の腕をつかんでいる。
抱き締めるようにつかんでいるので、彼女の胸の膨らみのあいだに挟まれる。
今日も当ててくるのか。
まだ学校の敷地内ですよ。
「ここならキスしてくれますか?」
至近距離から上目使いに、おねだりしてくる。
「ダメです」
「教室じゃなければ、キスしてくれると言いました」
言ってねーよ!
「人、いっぱいいるよ」
「気にしません」
「僕は気にするよ」
なんか泣けてきた。あと、キスを連呼すんな。回りの視線が刺さる。
「部活行くから」
「離しません」
腕を抜こうとするが、全く抜けない。どころか、一歩も動けない。
何この子、こわいよ。
「明日。明日空いてるから」とりあえず先延ばしを提案。
「休日デートですね?付き合ってるぽいですか?」
付き合ってなければデートなんてしないよ。
「定番」と、答える。
彼女は納得したようだ。
「明日、こっちに来るから。来る前に連絡する」
「はい。待ってる」
彼女は腕を離してくれた。
助かった。
「じゃ」俺は片手を上げてあいさつする。
彼女は胸の前で小さく右手でバイバイした。
可愛い。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
学校の敷地の奥に、文化系のクラブ棟がある。
ちなみに運動部のクラブ棟は、グラウンドの近くだ。
ブラスバンドや美術部などは、音楽教室や美術室を使っているので、クラブ棟にはいない。
クラブ棟のドアを開けて、狭い廊下を進む。
1階の奥の部屋に入る。広さが必要なので、突き当たりの一番大きな部屋を使わせてもらっている。
「お早うございます」俺はあいさつして入室する。
午後なのに、お早うございますって、どこの業界だよ。
広い部屋の窓側や壁側に机やイスが寄せてあり、中央は何も置いていない広いスペースだ。
右手の奥は舞台になっている。
舞台は箱組んだだけで、高さは20センチほどしかない。箱と言っても舞台用のちゃんとしたもので、頑丈だから。
両脇は袖幕があり、その奥も暗幕で仕切って、外から見えないようになっている。
舞台も合わせると、普通の教室よりも広い。
そして残念なことに、舞台上にオプションが置かれている。
いや、ゴミか。
そのゴミは舞台上に寝っ転がり、めんどくさそう
に片手を上げて「おはよー」と人語を発した。
舞台のある部室とくれば、その部活とは演劇部に決まっている。
いや、落研の可能性もあるか?
とにかく、俺の所属する部活は演劇部である。今どき演劇なんかやるやつは変わり者に決まっている。みんなそう言ってるから間違いない。
いや、そんなことはないんだよ?まっとうな演劇部員だっている。偏見は止めて欲しいよね。
と、言いたいところだが、やはり演劇なんかやるやつは変人が多い。その代表が舞台上でゴロゴロしてるゴミだ。
全くだらしない演劇部員だが、残念なことに、2年生の先輩である。さらに残念なのは女子部員である。
ゴミの名前は、真城
野良猫に勝手に「たま」って名前つけるな。
ゴロゴロしているので髪がボサボサになってる。いや、普段からボサボサだ。身だしなみとか気にならないのか?それで良いのか女の子として。
しかも制服のままゴロゴロしてたら、しわになるだろ。
いや、シワとかの前にもっと問題がある。
仰向けに寝っ転がっているので、ボレロ型の制服の裾がからだの脇に落ちている。
ボレロの下の白いブラウスが見えている。あ、ボレロだから、普段からブラウスは見えていたか。
そのブラウスも、スカートの裾からはみ出していて、インナーが見えている。今日はヘソが見えてないだけましなのがゴミだ。
いや、そんなことより、スカートがめくり上がってパンツが見えてるのをなんとかしろよ!
「先輩、ジャージに着替えましょう」寝っ転がるならジャージに着替えろ。
「んー、着替えとって」
動けよ。怠惰だな。
窓辺の机から、先輩のカバンをとってくる。
「着替えさせて」
ふざけんなよ。
俺はセンパイの腕をとって引っ張りあげる。
先輩は逆らわずに立ち上がる。
カバンを受けとると、近くの机にカバンを置いて、ボレロのリボンをほどいた。
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