第4話 榎本さん

 彼女の作ったサンドイッチはまだまだある。


「俺も彼女欲しいなー。手作り弁当食べたい」

「彼女つくれば?」

 田上くんの嘆きにそう返す。

「簡単に言うねー」

「もてるだろ」

「どこが」

「サッカー部の期待の1年。この高校に入れる程度には学力もある。社交性もある。お馬鹿っぽいところが、敷居も低い」それと「あと、イケメン」最後はすこし怨念が入ったか。ムカつく。

「あれ、高評価?」

 田上くんはすこし意外そう。自己評価はそんなに高くないのか。謙虚も美点にはいるか。


「1年はみんな期待の新人、まだ何も実績無い。進学校に入学しても、その後、ついてくのが大変で落ちこぼれるかも。他人に良い顔しいの、ただのバカ。安っぽい」とも言えるよね。あと、「顔が良いからって調子にのんなよ」あ、また怨念が‥‥いけない、気を付けなければ。


「ひどい‥‥」田上くんは衝撃を受けたような顔をする。

「ごめんごめん」俺は笑いながら謝る。「田上くんが悪いんだよ。僕よりもてそうなのに、そんなこと言うから」

 ホント、ムカつくよね。


「実際、誰でも良いわけじゃない」

 おっと、選り好みしなければ彼女ぐらいすぐ作れると認めたようです。

「つき合いたいと思う人はいるけどね」

 そう言うと、田上くんは視線を外した。

 田上くんの視線の方を追って見ると、榎本さんがいた。


 だから、いちいち見るなよ。


 榎本さんは女子5人で机を囲んで食事中だった。

 彼女も弁当だ。あんな小さい弁当でよく足りるよな。

 大体の女子はあんなもんか。


 榎本さんは話しに夢中で、箸が止まっている。よく笑う。女子に囲まれて幸せそうだ。

 あのグループは榎本さんが中心に見える。

 でも、この間見たときと面子が違うな。

 彼女クラスになると、グループをローテしないと間に合わないのか?

 大変だな、人気者は。


 嘘くせ。


 最後のサンドイッチを食べ終わって、おしぼりで手を拭く。


 日向が手を出してきたので、おしぼりを渡した。

 彼女は食べ終わった弁当を片付け始めた。

 俺の方が沢山食べたけど、彼女は足りてるのだろうか?


 田上くんは、とっくにパンを食べ終わっていた。

 無言で片付けをする、彼女を見ている。

 俺の彼女さんが可愛いからって、みとれるなよ?


 違うな、奇妙な物を見る目だ。

 田上くんには、彼女はらちの外だろう。


 彼女は食べはじめてすぐから、全く会話に入ってこない。

 人見知りしてるのだろう。あと、田上くんに全く興味がないのか。


 彼女は水筒から、紙コップに飲み物を注いで、俺の前においた。

 俺は自前のペットボトルの水をもっていたのだが、食後のお茶を用意してもらっていた。

 暖かい紅茶だった。砂糖の入ってない紅茶。

 彼女は自前のコップに紅茶を注ぐ。軽量のアウトドアとかで使うアルミコップ。実用的すぎてしぶいな。


「榎本さんとお付き合いしたいなー」まだ、田上くんは、榎本さんの話をしている。

 田上くんは、日向の事をいないものとしているようだ。ずっと無視されてるから仕方ないか。


「榎本さんって、美人だし、明るくってみんなにやさしくって人気者だろ。気さくに話しかけてくれるし。良いよなー、美人だし」

 美人って2回言ったよ。


「そんなに良いならコクれば?」

「お前、簡単に言うなー。あ、お前には告白なんて悩むことでは無いのか」

 うん、あっさりと日向に告白したことを言ってるんだね。


「俺が榎本さんに告白したとして、うまくいくと思う?」

「ん?僕の意見が要るのか?」

「だって、三鬼さんがOKするのわかってたんだろ?予測できない?」

「いや、僕は日向が好きだから見てただけで、榎本さんのことはよく知らないよ」

 こう答えるのが当然だろ。


「それもそうか。でも、俺も告白してみようかな」

 あ、それは待て。

「ごめん、嘘。予測できる」俺はあっさりとひるがえった。

「え?」田上くんは驚いて目を丸くした。

 やっぱ、田上くん、可愛いや。


「予想できるのか?」

「うん、フラれる未来が見える」

「なぜフラれる?」

「えっと‥」なんと言おう?「榎本さんって八方美人だろ?」これなら嘘ではないかな。

「八方美人だとフラれるって、どう言うこと?」

「みんなと仲良く、みんなに好かれたい。一人なんて選べない。‥‥みたいな?」

 田上くんは、俺の言ったことの真偽について考えこんでいるようだ。

「なるほど‥‥」そして、あり得ると結論に達したらしい。告白することを諦めたようだ。


 全部が全部、嘘じゃ無いからね。八方美人なのは間違ってないはず。


「ねえねえ、呼んだ?」

 榎本さん登場。

 さっきまで榎本さんは、お友だちたちと食事をしていたはず。

 すこし目を離したすきに、距離をつめるとは、やるな。

 彼女は日向の後ろに立っていた。

 何が楽しいのか、非常ににこやかな笑顔で。好奇心一杯なワクワクな笑顔で。

 美人がこれなら、それは人気でるよね。

 俺じゃなきゃ、イチコロだよ。


 田上くんは驚きと、憧れの榎本さんに話しかけられた事に、興奮の表情。喜んでいるが、先ほどの会話の中身、きかれても大丈夫か?


 俺も、彼女の気づかれずに近づいたスキルに驚いていた。


 日向は、いきなり背後から話しかけられたのに、全く表情を変えていない。あい変わらず、俺をみつめている。気づいていたのか?

 あと、あんまり、見つめないで。落ち着かないよ。


「私のうわさ?かげぐちだったら泣くよ?」にこやかに尋ねてくる。自分がかげぐちを言われないと、信じているんだね。ま、かげぐちではなかったけど。


 田上くんは、挙動不審に目を泳がしている。テンパっているね。役満でもあがるのか?


「榎本さんの美しさを称えていたんですよ」役に立たない田上くんの代わりに答えた。彼女にあわせて、できるだけ爽やかに見えるように。


 榎本さんは、嬉しそうな笑顔で「くどかれてる?」と、冗談めかして返した。


 光かがやくような、榎本さんの笑顔の前で、日向の無表情が、冷たい色をさした。


 ヤバい。


 榎本さんからは、日向の頭しか見えてないだろうから、しかたない。

 ヤバいのは俺か?榎本さんか?


「二人って、三鬼さんと仲良かったっけ?」

 榎本さんは俺の緊張に気づかず、話を進める。

「最近ね。おおむね昨日から」

「なにそれ、いきなりお弁当作ってもらう仲になるの?」

 食い付きがいいな。

 あと、弁当を食べているところも見てたのか。さすが、人気者は下じもの行動まで把握していますか。


「なに?那智くん、三鬼さんと付き合い始めたの?」

「昨日からね」

「昨日から!」

 楽しそうだね。

「話ししてるとこ見たことなかったけど?」

「昨日はじめて話した」

「昨日はじめて!」

 ホント楽しそう。


 日向は、頭の上ではしゃいでいる榎本さんを、見上げる。多分、うるさそうに見上げた。表情がとぼしいから分かりにくい。俺じゃなければ以下略。


 榎本さんは、日向の視線に気づき、見下ろす。

 なぜか驚いた顔で、しゃべりを止める。呼吸を忘れたように。ポカンとした表情で、口があきっぱなし。

 榎本さんにしては、レアな表情だね。


 日向の、胸をそらすように真上を見上げるポーズに見とれている。

 彼女はかなりの美人さんだからね。

 真上を見上げることで前髪が額の左右に別れている。いつも前髪で隠れ気味の目が、惜しげなく解放された。上目使いに見上げられれば、その可愛さに絶句するしかない。


 榎本さんに、日向の真価がばれた瞬間です。

 俺しか知らなかったのに。面倒な女にばれたな。



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