第3話 手作り弁当
「バイトの時間だから」
そろそろ楽しい初放課後デートは終わりの時間だ。
当ててんのよ攻撃は攻めきれずに時間切れ引き分けか。
彼女は空いている手でカバンを持った。俺もそれにならってカバンを持ち、二人で立ち上がる。彼女は手をつないだままだったので、同じように動く。
会計は先払いだったので、お店の人に声を掛けてから、そのまま通りに出て、駅に向かう。
会計は別々に支払っていた。初おごりは次の機会に。ここは彼女の、普通の付き合ってる、に入ってなかったようだ。
「明日はデートできないですね」
「うん、部活だから」
付き合い始めたばかりなら、毎日でも一緒にいたいよね。
「いつも昼御飯はどうしてるの?」
「購買のパンが多いかな」
「お弁当作っていって良い?」
なんと家庭的な彼女さんでしょう。
「それは楽しみ」
俺は彼女に笑顔でそう返した。
彼女は笑顔で答えることはなく、この話題は終了。ここは広げてもよいとこだと思うけどな。
駅前の広場に着いた。彼女のバイト先も駅近くらしいけど、俺を駅まで送ってきたというところだろう。
彼女は立ち止まって、俺の前に向かい合うように立った。
カバンを肩にかけて、手をつないでいない方のても、つないでいる手に添えた。
「私と付き合いたいと言ったのは私が好きだからですよね」
「そうだね」
「好きだと言ってもらってません」
言わなかったか?
うん、言ってないな。
「三鬼さん、好きです。付き合えることになって嬉しいよ」
できる限りの真摯に聞こえるように言った。
「はい、私も嬉しい」
なら、嬉しそうに言ってくれ。
「あと、名前は日向です」
「知ってるよ?」
彼女は返事をせず待ちに入った。
何なの?
「日向、好きだ」
「愛してる、が言って欲しい言葉です」
愛していると言ってくれ。かよ。
自分の欲求を口にできることは大事だね。
「日向、愛してる」
羞恥プレイか?
「拓海、私も愛してる」
平然と返してきた。いや、少し恥ずかしがってるか?俺でなければ見逃してるレベルの変化だね。
やはり彼女は、俺を悶え殺すつもりだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
楽しい時間は終わり、俺は一人で電車に乗る。小さな街を抜けて、田園地帯を走る。
初デートは彼女のことが沢山知ることができた。
嬉しいや恥ずかしいはあまり顔に出さない。
わずかに見える表情の変化は、それはそれで可愛い。
彼女は今の自分のことを沢山話してくれた。付き合っていればわかるような、表層の事象ばかり。
彼女の心情は語られなかった。
そして彼女はデート中、一度も笑ってない。
なかなか手強い彼女さんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
初デートの日の夜は、メールでも来るかと思っていたが、来なかった。
メールを遠慮するくらい、遅くまでバイトなのか。
次の日の金曜日の朝、席につくと、朝練終わりの田上くんがやって来た。
「昨日どこ行ったんだ?」
恋ばな好きのスポーツマンさん。
「駅前の茶屋で話してただけだよ」
「付き合うのか?」
「ああ」
田上くんの好奇心に適当な範囲で答えていると、彼女が教室に入ってきた。
俺を認めると、近づいて来るの。
「おはよう」
俺が挨拶すると「お早うございます」とかえしてきた。
田上くんとも挨拶を交わす。
「こいつと付き合うの?」いきなり田上くんは彼女に問う。
自重しろ。
「はい」彼女はあっさりと答える。躊躇も照れも無い返事に「まじか」と田上くんが呟く。
「お前ら接点とかあったっけ?」
「クラスメイト」
「俺もな」
スムーズに会話が始まった。
「こいつのどこが良くてOKしたの?」
「どこって?」
「話しとかしたこと無いのに、何を見て付き合うことにしたの?」
「?」
直ぐに会話が噛み合わなくなった。
「顔か?こいつがイケてる顔だからか?」
俺の顔はそんな大したことないぞ。田上くんの方がハンサムだから。
「顔は関係ない」
ほらね、選ばれるほどの顔じゃないから。
「いや、中身とか知らないだろ?」
それはそうだ。彼女は少し困った顔をする。
「付き合おうって言われたから」
「はい?」
田上くんは何を言っているのかわからないらしい。仕方がないので説明する。
「三鬼さんは断らないんだよ。性格的に。わかってたから、俺は告白したんだ。フラれない予想だったから」
「えー?何?誰でも良いの?」
「三鬼さんとお付き合いするのは早い者勝ち」
田上くんは呆れたように、「こんなこと言ってるけどいいのか?」と彼女に尋ねた。
「良くないです」不機嫌そうに答える。
あれ?この程度で不機嫌になるとは予想できなかった。ただの事実を言っただけなのに。
彼女を不快にさせるのは本意じゃない。
「ごめん。言い方がわるかったかな?」少しあせって取り繕うとする。
「日向です」
「え?」
「昨日は日向と呼んでくれましたよね」
怒ってるのはそこかよ。
「えーと、‥‥日向、は、早い者勝ちで自分の物にできる‥‥。と言えば大丈夫?」この言い方なら、さすがに気分悪いか?
「はい」彼女は満足したようだ。
田上くんは信じられない、て表情。
わかる。
「えっと」田上くんは話題を変えようとした。彼にとって不快な事だったのだろう。ごめんね。
「で、お前は顔で選んだのか?」
今の不快さを引きづっているのか、冗談めかしながらも、トゲのある言い方になった。
動揺は仕方ないけど、最悪だ。
いつも無表情な彼女から更に、表情が消える。
「違う。顔で選んだりしない」
強く否定する。
予想以上の強い否定に、田上くんはすこしビビったようだ。
ごめんね、田上くん。必要なことなんだ。
「個性的で興味深いだろ。特にぶっ飛んだ性格が」先ほど強く否定したのが和らぐように、笑いながら言った。もちろん、彼女に聞かせるのが目的だ。
「日向は美人だとは思うけど、そこは重要ではないんだ」一応、美人と思っていることも伝える。危ないかな、とは思ったけど、嘘ばっかりでは、誠実ではないからね。
「ああ、だいぶ個性的だってことはわかった」わかるけど理解できないって顔だね。
この後の休憩時間に、彼女のいないところで田上くんにはフォローを入れておいた。
「ホントは顔が僕の好みだってのが理由だけど。顔さえよければ誰でも良いなんて、彼女の前では言えないだろ。気を使ってよ」じょうだんめかして言う。
「それもそうだな。悪かった」
まあ、田上くんが謝ることでもないんだけどね。
「あれは個性的って言うより‥‥」田上くんは、直言を避けた。「お前大丈夫か?」心配してくれるのか。優しいな、田上くん。
「可愛い性格だろ」
微妙な顔をされた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼休み。彼女は俺の席にやって来た。
すでに田上くんは俺の前の席の人のイスを借りて、座っている。
前の席の人は友人たちと学食にいっているので大丈夫だよ。
彼女は空いてる人のイスを借りて、俺の机の短辺に席を作った。
大きめのタッパーにサンドイッチを二人前作ってきていた。
昨日の今日では弁当箱を2つ用意出来なかったのだろう。
見たところ5種類くらいはバリエーションがあった。
彼女からおしぼりを渡される。わざわざおしぼり入れを持ってきていた。これも一つしか持ってなかったのだろう。自分はウェットティッシュを使う。
ふき終わったおしぼりをどうしようかと思っていると、彼女が手を出してきたので渡す。
渡したおしぼりをたたんで、おしぼりいれに入れる。
取り出しやすいように、全部入れずに頭をだし、おしぼり入れを立てて、俺の近くに置いた。
ここまで無言。
田上くんも無言のまま、奇妙な物を見るような目で、彼女を見ていた。
「いただきます」
彼女が軽く一礼したので、つられるように俺たちもそれにならった。
彼女は、サンドイッチに手を出さずに俺を見たので、先に頂くことにする。
普通においしかった。
「おいしい」そのまま感想を口にする。
「そう」と言って、彼女も食事を始めた。
「いいなー」
田上くんが、わびしく購買のパンを食べながら、サンドイッチを見ていた。
色んなツッコミたい事を飲み込んで、分かりやすい発言をする。
俺は彼女に目配せをした。
彼女はサンドイッチをとるときを除き、ずっと俺を見ていたので直ぐに気づく。
いや、そんなに見られると食べにくいよ。
彼女は目配せの意味がわからず、キョトンとしている。
今度は、サンドイッチを見てから田上くんを見た。
彼女は理解して、「どうぞ」と、田上くんにサンドイッチを勧めた。
「いいの?サンキュー」田上くんは嬉しそうにサンドイッチをとって食べた。
「うまいな」
田上くんは爽やかに彼女に言葉をかけた。
残念ながら彼女はずっと俺を見ているので、田上くんは無視された。
気を使わさせて悪いな。
もちろん、気を使っているのは田上くんだ。
あと、ずっと俺を見るのはやめて。消化に悪い。
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