第2話 放課後デート

 日向と二人、駅前まで淡々と歩く。何となく会話を繋げる。

 絡めた手と指に体温を感じる。春の陽気に手のひらに汗を感じる。

 絡めた手が彼女のからだに触れる。絡めた彼女の手が俺のからだに触れる。


 近いよ。


「あ、部活はよかったの?」

 今更、俺の予定を確認してきた。帰る前に尋ねるともっと良かったかな。

「週3なんだ。月水金、土日は休み」

 今日は木曜日だから、部活は無い。

「じゃあ、火曜と木曜は、バイト入れないようにする」

「あー、あんま無理しないで」

 火曜日と木曜日は、放課後デートに決まったようです。


「私は部活してないから」

 知ってるよ。

「何のバイトしてるの?」

「居酒屋」

「今度、店にいくよ」

「未成年は来ないで」

「お酒飲まなければ、問題ないよね」

「まあ、そうだけど」

「未成年でも働けるんだ」

「働けるよ」

「接客できるんだ」

「できるわよ」

 ホントかよ。絶対無愛想な対応してそう。

 あ、でもこれ最長会話更新。


「どこか店に入る?」

 駅前まで来ていた。商業施設とかはあまり無い。さびれた地方都市の典型。違うところは、観光客用の店が並んでいるところ。

 駅から観光地までのルートのみ、キレイな店舗が並ぶ。コンビニや銀行も木造(に見せかけた)作りになっていて、原色の看板とかはない。


 俺たちは壁の無いオープンカフェ見たいな構造の店に入った。木造(に見せかけた)和風喫茶。テーブルはなく、大きめの畳の席につく。くつを脱がずに、ベンチのように座る。

 餡この餅を注文する。飲み物はお茶がついてくる。

 盆にのせて二人分の餅とお茶が運ばれてきた。

 並んで座った二人の間に盆をおいて食べた。


 平日の昼はとうに過ぎた時間なので、他のお客さんは少ない。

 土日は並ばないと食べられないけどね。


 食べ終わると、彼女はお盆を後ろにずらして、二人の間にあきを作った。

 そして当たり前のように、空いたスペースをつめてきた。

 彼女は俺の横に並んで座る。隙間なく。


 いや、肩も腕も腰も足も当たってる。


 だから、近いって。


「高校入ってすぐにバイト始めたの?」

 バイトの話題に入っていた。俺もバイトをしたいと思っていたから。

「はい」

「なにか目的が?」

 もちろん俺には目的がある。

「生活費」

 あ、いらんこと訊いたか。

「あ、一人暮らししてるから。あんまり、仕送り増やさせたくない」

 彼女は余計な気を使われることを、先に制した。

「独り暮らしなんだ」

 当然そっちに驚いた。

「家、遠いから。電車で2時間かかる」


 彼女の家は、かなり遠かった。同じ県内だが、俺も行ったこと無い。小さな市で、山と海しかない港町。

「近くに進学校無かったから。こっちに部屋借りたの」

 彼女の地元に高校がないわけではないが、進学校を選んでこの街に来たらしい。


 彼女は話しながら俺の手をとって、手をつないできた。

 2回目だから断りもないらしい。話しながらつないだ手をもてあそぶ。自分の手が下になるようにして俺の足の上に置いたり、俺の手が下になるように彼女の足の上に置いたり。

 指を絡めてつないだ手のひらに、彼女の手のひらの温度と汗を感じる。指を絡めてつないだ手の甲に彼女の太腿の温度とスカートの布地を感じる。

 彼女の足は張りがあって、けっこう筋肉付いてるな、とか思っていた。

 話し入ってこない。


 彼女が借りている部屋は、今いる駅前から、少し高校の方に戻った住宅地にあるらしい。

 学校に通うのに楽で良いな。


「那智くんの家はどこ?」

 俺の家は電車にのって、隣街まで。そこからさらに自転車で10分ぐらいの郊外の一軒建てに家族で住んでいる。


 こんな話をしている間、彼女につながれた手は、俺の足の上と、彼女の足の上をいったり来たりしている。つながれた彼女の手の甲で俺の太腿をすりすりされたり、俺の手の甲で彼女の太腿を刷り刷りさせられたり。

 話をしている時の無意識で、手をもてあそんでいるのだろうか?

 違うよな。わざとだ。


 お互いの、今、住んでいるところの話しに区切りがついた頃、つながれた手は、密着している俺たちの体をすり抜けて、後方の椅子の上に置かれた。

 お互いの手が後ろに引っ張られたため、体が少し斜めに向かい合う。もともと腕や腰が引っ付くくらい近かったので、二人の間にあった手が後ろにずれると、お互いの体が触れるようになった。

 中肉中背の範囲内の体型と思っていたが、胸は思っていたよりあるらしい。


 当ててんのよ、の上位攻撃で劣勢に立たされつつある。


「付き合ってると、言える事なんだけど」

 形から付き合う、彼女の思考はまだこの程度では無いらしい。

 並んで座って、お互いの方に体を向けて、お互いの方に顔を向けて、至近距離で見つめあっている態勢になってる。

 彼女の背は低くないが、俺よりかは低いので上目使いに見上げられている。


 可愛い。

 悪意ある攻撃ですね。


「キスしても良いですか?」

「ダメです」

 これは即答させてもらう。

 彼女は少し驚いた表情をする。予想外だったのか?

「街中だよ」

 通りから丸見えのオープンカフェだ。

「店の人にも迷惑だろ」

 俺ってこんなに常識人だったっけ?彼女に比べたら、断然常識人だな。


 彼女は不満顔だ。

「人がいないとこなら良いですか?」

 人気の無いところに連れ込まれるのか?

「普通の付き合ってる人でも、付き合ったその日にキスはしないものと思うよ」

「そう」


 そろそろ至近距離で上目使いに見上げられる態勢は解消したい。

 人通りのあるところでキスをしない常識が、吹き飛ばされる前に。

 後ろに引っ張られている手を、前に戻そうとするが、全く動かない。

 三鬼さんは、腕力俺より強くないか?!


 手を戻そうとしたのが、彼女の気にさわったのか、彼女は少しつないだ手の角度を変えた。

 なぜか、それだけで俺の態勢は崩れて、俺の方から彼女に引っ付いていった。

 彼女の胸を俺の胸が押し潰しにいく。

 彼女の顔に、俺の顔がかぶさっていく。

 他人が見たら、俺が彼女にキスしようとしてるように見えないか?


 なにこれ、怖い。格闘技かなんかやってない?!


「すぐじゃなければ良いですか?つきあってどれくらいたてばキスしても良いですか?」

 顔が近すぎる。目の焦点が彼女の顔に合わないくらい近いよ。

「明日ならキスしても良いですか?」

 つきあって24時間でキスですか。


「いい雰囲気になったときにお願いします。僕も三鬼さんと、キスしたいけど、付き合い始めたばかりでしょ。付き合い始めてから、キスするまでの過程も楽しもうよ」

 俺の言葉に彼女も納得してくれたようだ。

 キスまでのドキドキ胸キュンな過程も、付き合い始めたばかりの、普通だと言うことを。


 でもこの胸のドキドキは、甘くないぞ。恐怖を感じたときのドキドキに近くないか?

 これが吊り橋効果か?

 うん、違うと思う。


 彼女は後ろに引っ張っていた手を前に戻してくれた。

 これで至近距離で見つめ合う苦行から解放された。

 普通に並んでお互い前を向く。目の前には平和な観光地の通りが見える。


 彼女はつないだ手を自分の太腿の上において、繋いでない方の手で、つないだ俺の手を包み込む。

 俺の腕ごと、からだの前で包み込む。俺の上腕は彼女の胸に押し付けられた。更に、彼女の頭が俺の頭に乗るという追加オプション。


 当ててる攻撃の手は緩まることは無かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る