第17話 アレクセイの想い人

「証拠、か。しかしですよ、大神官様。その証拠を告白する前に、証人を殺されたんじゃ元も子もない。その意味で、預かって頂きたい。ここは王宮の中でもっとも安全な場所の一つだ」

「確信犯か……だが、陛下はその言葉だけでは首を縦には降らないだろう。どうするつもりだ」


 お前は子供の頃からわしの手を焼かせる。

 ポーツマスはそうぼやくと、椅子に深く座り直した。

 もうすこし、時間が必要だと感じたらしい。


「陛下にお会いするのは、昼過ぎだ。まだ時間はある。お前の計画は」


 それくらい、用意してきているだろう? 訝しむ目つきで彼はアレクセイを試すように見ていた。


「担保としては、俺のこの眼が、担保になりますな」

「……魔眼、か。その呪われた『飽食』で、何を視た?」


 老人は怯えるようにそう言った。

 そこには自分が信仰し扱う神聖魔法とはまた別種の、はてしない力が存在していて、彼はをそれを本能的に恐れていた。


「あいつらと触れてから、はや三十数分。いまはこの魔眼の影響外にいる。距離が大事だ」

「それは知っている。お前の半径二メートルだったか。その中に入れば、すべてを貪り喰うように、意識も知識も記憶も、能力すら奪えるのだったな」

「奪うのではなく、簡易的に借りるだけです。俺単独では、何もできませんよ。それを知ること以外は。それも断片的だ‥‥‥大公殿下の執事がもっていた情報は、レゾンゾ伯爵という御仁は、大公様のかつて留学した先でどこかの女に身籠らせた私生児、ってことだった。あの五人が持っていた記憶は、王太子殿下が婚約破棄を聖女様に叩きつけた時に、騒ぎをなるべく広げるようにと。その程度のものだった。でも面白い情報もある」

「……それが、トマスとやらの妻と、王太子殿下の不倫、か。やれやれ‥‥‥このパルシェスト数世紀の平穏も、そろそろ破られる時がきたか」


 どうして平和が続くと、そんな愚かなやからが増えるのか。大神官はそう嘆く。

 この人の良い老人に提案するべきかどうかを、一瞬だけアレクセイは迷った。

 しかし、自分には時間が無い。


 魔眼を使うにしても、元の辺境伯領に戻らなければ、魔力が枯渇してしまうのだ。

 あの土地に住み、辺境伯の城の地下に眠るあるモノを、代々伝えられた『魔眼』を継承し、封じ続けることが、アレクセイに与えられた別なる使命であり、呪いだった。


「俺の祖先がパルシェストという国に属して、もう四世紀少し。あの遺跡はそれより前からある。正直、俺の一族だけで封印を守り抜くのには、限界を感じていましてね。最近は、魔族の手先になった獣人たちも多い。その合いの子が、あらたな氏族を形成して、俺の土地を狙っていたりもする。ようやく正統たる聖女様も王国に降臨された。ここいらで、そろそろ王国の代わりに肩代わりしてきたあの遺跡の呪いを清算してもらいたい」

「なに? お前、自分の発言の意味を理解しているのか?」

「もちろん」


 アレクセイは今までにない真剣な顔つきでそう言った。

 紅の瞳は、その能力を発動させていないはずなのに、どこまでも深く悲しみに満ちていた。

 余人には知れない苦悩をこの一族は抱えて来たのだろうと、大神官は心に同情めいた感情を見つける。

 彼らを解放してやれる方法があるのなら、それもまた、考え手伝ってやりたいと思わないこともない。

 しかし、それは聖女が突き付けられた、婚約破棄の問題を片付けた、その後の話だ。

 今ではなかった。


「もう疲れた、と言ったらいいかもしれん。俺の親父も、祖父たちもみな、早くして死んだ。これも魔眼の能力を多用するせいだ。俺は長く生きたい‥‥‥」

「だが、お前。それは今回の件と併せて行えば、王国を二分することにもなりかねんぞ!」


 大神官は一喝する。

 海外からの勢力がこの国に入り込もうとしているのに、そんな時に何を言い出すのかと。

 しかし、アレクセイの提案は続く。


「好きな女がいる」

「だからどうした。聖女様などはその恋すらも先ほど断たれてしまい、落ち込まれているわ。こんな時にお前というやつは‥‥‥」

「その聖女様だ」

「はあ?」

「だからー‥‥‥俺は、その聖女様の国を作らないかと。そう提案している。俺の辺境伯領にお越し頂いて。周辺諸国への同盟をそのまま、聖女様を頂点に戴く聖教国を頭に据えた、連邦国家にしてしまえばいい。どうせ、魔族だってあの遺跡に脅威を感じているから、自分たちで管理したいと言い、ちょっかいをかけてくる。それなら、女神様が直接‥‥‥」

「管理してしまえばいい、と? お前はどうするんだ。そのまま聖教国王にでもなるつもりか? 聖女様を。マルゴットを政治の道具にしてか?」


 考えすぎだ‥‥‥アレクセイは手で顔を覆った。

 どうして察してくれないのか。


 自分が望む彼女こそ、聖女なのだ、と。

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