第5話

「それにしても、どうやってここを知ったんだ?」

 と八木が青い空を仰いだ。

 夏から秋にかけてとだんだんと高くなった空はもう冬の空だった。青く澄んだ空気には雲一つ見当たらない。風はなく、ヒンヤリとした空気が辺りを包んでいる。

「お母さんにね、聞いたの。ほら、転勤族の家以外結構繋がりが強いじゃない、うちの地域。だから、知ってるかなって思ったらドンピシャ。しっかり住所まで教えてくれちゃった」

 線香に火をつけた。

「で、彼の家まで言ってみたの。彼の家族、引越しとかしてなくて、まだそこに住んでいて、彼のお母さんに事情を話したら泣いちゃって」

「ふうん」

「今まで彼のためにお墓参りに来る人、いなかったんだってさ」

「そりゃそうだろうな。殆ど学校来てなかったし、友達作ることも出来なかったろうしな」

「一体どんな気持ちで同窓会に来たんだろうね」

 叶しゃがんで手を合わせた。

 目を閉じると、お線香の匂いが鼻をくすぐる。どこかで鳥がちゅんちゅんと鳴き声をあげている。死者に対して何かを語りかけたわけではない。ただ、無心で手を合わせた。

 もし彼が病気でなかったら、もし彼が毎日学校に来ていたら、きっと友達になってたんだろうなと思う。初めての隣の席で、仲良くなって、もしかしたら恋仲になっていたかもしれない。彼は一体どんな性格をしていたんだろう。僅かに話した記憶だけで、彼の性格を推し量ることなんてできなかった。あの時もっといっぱい話しておけばよかったなんて思っても、もう遅いのだ。

 何かに呼応するように柔らかな風がふわりと叶の頬を撫でた。

 ふと顔を上げて八木を見ると、八木も静かに手を合わせている。


 行きも帰りも八木が車を出してくれた。

「まさか、あのロン毛がなあ……」

 と運転席で八木が呟いた。叶が助手席で外を見ている。東京の郊外--最早山奥と言っていいくらいの田舎のお寺に彼のお墓はあって、免許のない叶一人で向かうのは骨だったのだが、それを八木に言ったらレンタカーを借りてくれた。二人が住んでいる23区からは遠くて、さしずめプチドライブのような感じになっている。

「普通に大人の姿だったよね」

 叶が言った。

「まあ、俺には大人に見えたな」

「大人になったらあんな感じだったのかな」

 会話が続かない。

 少し気まずいなと叶は思ったが、こういう時何を話したらいいのかわからなかった。沈黙が続く。空気の気まずさは八木も感じたようで、5分くらいの

 沈黙のあと、八木が口を開いた。

「そういえば、あの時何を話してたんだ?」

「んー……、それは……」

「何?何か話せないようなこと?」

 少し話づらそうにした叶に八木が訊く。

「ううん……別に大丈夫。彼が当時私のこと好きだったって話をしたの」

 そう言われて八木は少し詰まった。隣に座っているこの女の過去の恋愛話を聞かされるのは、よくわからないけれどもいい気分はしない。嫉妬と言うのかどうかはわからないが、それが例えこの世にいない人間でも同じだった。

 叶はそんな八木の気持ちを知ってか知らずか、顔を八木のほうに向ける。背の高い八木が古い片式のレンタカーの中でギチギチに詰まっていて、少し窮屈そうだった。その様子がおかしくて、叶はふふっと笑った。

「いい大きさのが、これしか残ってなかったんだよ」

 と言い訳がましいことを言っては見たが、狭い車の方が隣に座るはずの叶との距離が少しだけ狭まるのではないかと言う姑息な考えがあったことは否めない。実際乗ってみたらそんなことはなく、ただ自分の肩身が狭いだけだったのだが。

「そういえば--」

 叶が何かを思い出したように言った。

「あの時、あの人文化祭の話をしたの」

「文化祭?って確か10月だったよな」

「そう、彼確か亡くなったの5月だったよね」

「見てたのかもなあ……。よっぽど皆一緒に学校に来たかったのかもしれないな」

「……うん、そうだね」

 お墓参りの帰り道、本当だったら死んだ人間の思い出話で花が咲くのが普通だろうに、中澤雄大にはそれがない。思い出を作る前に亡くなってしまった。それがどれ程無念だったのだろうと叶は考えた。だって若者なのだ。普通だったら学校と家以外に世界がないようなそんな若者なのだ。世界の中心が自分と友人でしかないのが若者であるべきなのに。

 黙りこくった叶の肩を八木がぽんと叩いた。

 ぽんと一回叩いてハンドルに戻ろうとした手を、叶は掴んだ。そして、自分の膝の上に持っていってギュッと握った。

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旧友 神澤直子 @kena0928

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