泣き姫と道化師

ハットのうさぎ

前編 道化師と出会い

「お嬢さん、暗い顔をしてどうしたの」彼は唐突に私の前へ顔を出して聞いてきた。

「あなたは誰」

「観てのとおり、道化師だよ。ほら、この愉快な化粧。こんなことだって出来るよ」彼はそう言って、何処に閉まっていたのか不思議なほどの大玉に乗って、自分の顔を指差しながら、空いている片手でお手玉をしてみせた。

私はその光景に驚きを通り越して、思わず笑ってしまった。彼の遊戯は人を驚かせるよりも笑わせる事の方が得意らしい。

「そうそうお嬢さん、あなたは笑顔のほうが一段と素敵ですよ」道化師は微笑んだ。

「ふふ。はじめまして、私はアンナといいます」ハニカミながらアンナは道化師へ挨拶をした。

自然と笑顔になったのはいつぶりだろうか、わからない程に遠い記憶だった。


「ねぇ、道化師さんお願いがあるの。私の故郷を救ってはくれないかしら」アンナは道化師の顔を見て一呼吸置き、振り絞るように伝えた。

そういうと道化師は、化粧で大きく見える目をもっと大きく開いて驚いた。

「僕がお嬢さんの故郷を救うだって。そんなこと出来っこないよ」道化師は大げさに手と首を振っていた。

「道化師さん、あなたにしか私の故郷は救えない。泣き姫を助けて欲しいの」

「泣き姫...お姫様なんてなおさら僕には助けられないよ」道化師は容を変えながらも、相変わらず嫌々と素振りをする彼に、私は泣き姫について話を始めた。


「泣き姫は本当のお姫様ではなくて、国の人々からそう呼ばれているの。私の国は長い間、水不足に苦しみ、王様は魔術師に雨を欲した。魔術師は国で一番に優しく、美しく、笑顔の少女を満月の夜までに連れてくれば、その少女に雨を降らせる力を与えると伝えた。王様は僕に国中を回らせ、ある少女を見つけたけれど、満月の夜には少しばかし間に合わなかった。魔術師は怒り、少女に力ではなく呪いをかけてしまった」

「ええ、呪いだって。そんな酷いことがあるものか」道化師は白い顔をわっと紅潮させ、憤ってみせた。

「呪いは少女が涙を流す時だけ、国に雨を降らせるというもの。そして、この雨は降っても直ぐに乾いてしまい、バケツにも地面にだって一滴も溜まらなかった。この国を水不足から救い、潤わせるには少女が泣き続けるしかない。それから王様は国の人々を思い、心を痛めながらも少女をお城に住まわせ、笑うことを禁じ、泣き続けることを命じた。少女は家族とも逢えなくなりそれ以来、少女は国を救うために泣き続けた。だけれどもその雨はとても冷たく、少女の悲しみが溶けだしているようで、国中がその悲しみに埋めつくされ、いつしか誰も笑わなくなってしまったわ」


「なんてことだ、誰もが笑わなくなったなんて」大玉に座りながら聞いていた道化師が驚き声をあげた。


「少女は王様達とお城に住んでいたけど、たちまちお城の中は悲しみで満たされ、ついには王様達もお城から逃げてしまった。お城でただ一人、泣き続ける少女を国の人々は泣き姫と呼ぶようになったの。」


「なるほど、今もお城でその泣き姫は泣き続けているのだね。」道化師は考え深げに反芻していた。

「そう、でも今お城にいる泣き姫は、私の話している泣き姫ではないの」

「なら、今お城にいる泣き姫は一体誰なのです?」道化師は頭が一回転しそうなほどに大きく首を捻った。


「泣き姫に呪いが掛けられてから十数年余り、絶えず降り続いていた雨がある日ぱたりと止み、再び国は乾いていった。王様は僕に命じ、泣き姫を泣かせたけれど、どれだけ泣いても、雨は降ることがなかった。国の人々は乾きを恐れるあまり、広場に集まり泣き姫を怒り責めたわ」王様はそんな広場の様子を見て、頭を抱え困り果てた。そんな時僕が慌てて、外を観て欲しいと飛び込んできた。

王様が外を観ると先ほどまで怒号が響いた広場からは、安堵の声が聞えていた。

「空を見上げるとまた雨が降り始め、国の人々は皆、泣き姫が降らせたのだと思った。だけど、王様は雨を降らせたのは泣き姫ではないと悟った」

「なら一体誰が雨を降らせたのだろう」


「あの日、また雨が降り始めたとき、広場で一人の女の子が泣いていたの。王様はこの女の子に呪いが移ったのだと確信した。その女の子は泣き姫の幼い頃にとても似ていたから。女の子は直ぐお城へ連れていかれ、新たな泣き姫となった」

道化師は、呪いの解けた泣き姫はどうしたのかと聞いた。

「彼女の本当の名はアンナというの。アンナは呪いが解けた後、王様の厚意で王家に迎えられ、そして、泣き姫と国を救うために旅へ出たの」


道化師は彼女の言葉に驚き、焦りのあまりに大玉から転がり落ちてしまった。

どうやら、慌てると姿勢を保てなくなるようだ。


「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」そう言いながら、転がっている道化師に手を差しのべた。



「私が旅に出てもう数年、色々な場所に行ったけれど、解決策はみつけられなかった。あの子の雨は私よりも一層冷たくて悲しみが強いのです。このままでは一時に潤いが保てても、国が滅んでしまう。でもあなたなら、道化師さんなら、皆を救える気がするの」


道化師は話しを聞き終え、俯いたままに考え込んでしまった。

アンナが道化師の顔を窺いながらじっと黙っていると、道化師はハっと顔を上げて笑顔をみせながら再び大玉に飛び乗った。

「僕は道化師だからね。笑えない人が居るのなら、笑顔にしに行かなくちゃ」と胸を一回ポンっと叩いた。

「道化師さん、ありがとう。国までご案内します」アンナは喜び、道化師の手を取りそう伝えました。

「アンナ、あなたには笑顔が一番良く似合う。これからは旅をしながら世界をもっと楽しんで生きるんだ」道化師はアンナの手を強く握り返し、大きく頷きました。

道化師はアンナから国の方角だけを教えて貰うことにして、アンナが方角を示すと大玉に乗り勢いよく駆けていきました。

泣き姫と大切な国を救うためにずっと旅をしても、解決策は探し出せなかった。

しかし、遠く小さくなる道化師を瞳に写しながら、やっと巡り会うことが出来たのだとアンナは強く感じていた。

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泣き姫と道化師 ハットのうさぎ @hiyori_seisaku

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