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使節団滞在のために用意された迎賓棟のうち、自分達専用の談話室としてあてがわれた部屋の扉を開くと、中から楽しそうな声がこぼれてきた。
その数が主と一旦別れた時から増えていることに気付いたラグニルは、後手で扉を閉めると声が聞こえてくる方向へ首を巡らせる。
「あ、ラグニルさん!」
「レオ」
部屋の奥、窓辺の日当たりが良い場所に置かれたソファに腰掛けた主の傍らには、少年と少女が一人ずつ控えていた。既に常のキモノに装いを改めた主と、屋敷にいる時と変わらないメイド服に身を包んだ少女に対し、少年は見慣れない装いに身を包んでいる。
「どう? どう? ラグニルさん、俺、似合ってる?」
無言のまま驚きに目を丸くしたラグニルへ見せつけるかのように、少年は腕を広げるとその場でクルクルと回ってみせた。体の線に沿った漆黒の軍服は上着の裾をわずかに閃かせるだけだが、それでも少年は楽しそうな表情を崩さない。
「よく調達できたな」
そんな少年……イライザ暗殺部隊の一員、レオ・オデュニアへ、ラグニルは素直な賛辞を向けた。
レオもラグニル達と同じく、エルランテ使節団の一員に紛れてこの皇宮へ入った。それからラグニルと主は大公姫の
「次はラグニルさん達の分も調達してくるからさ、ラグニルさんも着てみせてよ。ラグニルさん、絶対にエルランテの軍服よりもこっちの方が似合うって!」
レオの屈託のない発言にラグニルは思わず眉間にシワを寄せた。
確かに自分にエルランテの紺碧の軍服が似合っていないということは自覚している。立場上、必要になれば袖を通すが、なるべく着たくはないというのが本心だ。
そんなラグニルの内心を表情の変化だけで覚ったのか、主はクスクスと微かに笑い声を漏らした。
「確かに、違和感がすごかったですわね」
「お嬢……何も笑うことはないだろ」
「ふふっ、ごめんなさい。普段の姿に戻った
クスクス、と続けて笑う主の声を受けて、ラグニルは己の姿に視線を落とした。
深い焦げ茶のジャケットと、同色のスラックス。白いシャツに、襟元には深く艶やかな真紅のリボンタイ。自身の髪や瞳の色と揃えられた装いは、どこまでも『青』とは相容れない。これはラグニルが『蒼』に仕えるために揃えられた装いだ。
「……レオ。『散歩』は終わったんだな?」
本国にいる時も度々イジられる恒例のネタに腕を組んで深く溜め息をついたラグニルは、気持ちを切り替えると鋭くレオを見据えた。そんなラグニルにレオは軽薄な空気はそのままにニッと凶暴性が垣間見える笑みを浮かべる。
「バッチリ! ラグニルさん達が派手に暴れてくれたお陰で立ち回りやすかった!」
だがその笑みは次の瞬間、何かを迷うようにかき消された。途端に迷子の子犬のような空気を醸したレオは、その表情のまま主を振り返る。
「なぁ、嬢さん。本当に命じられたままやっていいの? これ、嬢さんを
その不安の声に、お嬢は虚を衝かれたかのような顔でパチパチと目を
しかしその表情は次の瞬間には毒花の笑みにかき消される。
「女狐自身がわたくし達に命じたことですわ。安心なさい」
「でも……」
「万が一、これで責めを負わされるならば、皆で一緒にエルランテの外へ逃亡してやりましょう?」
今度は主の言葉にレオが目を瞬かせる番だった。思わぬ言葉に戸惑いを顔に浮かべたレオへ、主は毒が滴るような甘い笑みを向ける。
「わたくし達が揃って本気になれば、誰だって、何者だって手は出せない。そうでしょう?」
「……うん!」
その笑みと言葉の意味を数秒遅れて理解したレオは、嬉しそうに笑むと全力で首を縦に振った。そんなレオの様子に、主もまた満足そうに笑みを返す。
「さぁ、この仕事が終われば、わたくし達はもう自由行動が許されたも同然」
パンッと、主は一度鋭く手を打ち鳴らした。そのたった一打で、場の空気は染め替えられる。
赤く濁った光を落としていた夕日は落ち、闇が支配する時間がやってくる。
「皆、気を引き締めてかかりましょう」
その一言に、人ならざる暗殺者達はそれぞれの形で敬意を込めた礼を取った。
「
密やかに、だが力強く紡がれた声は、薄く青みががった闇の中に忍び込むように溶けていった。
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