第五部「愛読感謝」! エキストラエピソード

エキストラエピソード 嫁と薔薇の日々

●「5-10 出立」後、ポルト・プレイザーに辿り着いたモーブ一行の話。現地妻ジャニス視点の物語。第六部へのプロローグも兼ねています。




 カジノリゾートのビーチサイドカフェ。お客さんの残した皿を片付けていると、同僚のケイトが手伝ってくれた。


「ねえジャニス」

「なに、ケイト」


 皿を重ねて、トレイに載せる。このカフェの制服は超絶ミニだから、テーブルに屈むと見えちゃうのよね。後ろの席のおじさまの視線を感じたわ。まあ……奥様につねられてたけれど。……お気の毒。


「あんた、モーブ様とはどうなの」

「どうって……お友達だけれど」

「家に入れてるって噂じゃない」

「誰が言ってたのよ」


 やばっ。あたしがモーブ様の現地妻だって、バレてるじゃん。


「誰でもわかるわよ。あんた、モーブ様を見る瞳、恋する乙女丸出しじゃん」


 無駄話してるとばれないよう、ケイトは何度もテーブルを拭いている。お尻が揺れるからもう、後席の紳士は大喜び。今度は奥様に頭をはたかれてるわ。


 モーブ様がここポルト・プレイザーに戻ってきて、早ひと月。モーブ様ったらエルフのお嫁さんを三人も増やしてたからもう、リゾートの話題を集めまくってたわ。それも四部族が勢揃いでしょ。エルフ各部族の仲は悪いから、一緒なんて奇跡だからね。


 だから学術都市アテナイから学者が大挙して押し寄せる騒ぎになったもんね。全員、見たことも聞いたこともないアールヴのかわいいお嬢様に目を白黒してておかしかったわ。


「モーブ様……ねえ」


 ビーチ奥に見えるモーブ様のカヴァーンを、あたしは目で示したわ。


「ほら、カーテンを今、閉じた。モーブ様とお嫁さんたち、今からあそこでお楽しみよ。あたしの入る隙間なんてないわ」

「やだ、本当……」


 呆れたように、ケイトは腕を組んだわ。


「お嫁さん九人相手でしょ。午前中もあのカーテン一度閉まったし、モーブ様ったらどんだけ絶倫なのよ」

「だからモーブ様には、あたしなんか目じゃないわよ。モーブ様には、病気の両親の療養費を頂いた過去がある。たまにこうして、両親とあたしの暮らしぶりを確かめに来て下さってるのよ」


 まあ実際は、あたしもたっぷり愛してもらってるけどね、モーブ様に。泊まりこそ無理にしても。


 それに……なんだかマルグレーテ様とかの奥様方も、あたしとモーブ様との関係、なんだか気がついてるみたい。なにか困り事があったら相談してね……って、マルグレーテ様に言われたことだってあるし。そのときの視線、他のお嫁さんを見るときと同じだったもん。


 そもそもアヴァロンは獣人だし、あたしの部屋帰りのモーブ様に香りが移っているの、気付かないはずないし……。


「あんたの両親の面倒見てくれてるなんて、できたお方ねえ……」


 ケイトは遠い目をしたわ。


「同じヘクトール出身なのにスケベの塊だったゼーさんとは、大違い」

「大賢者ゼナス様ね。今頃どこにおられるのかしら」


 日がな一日このカフェに居座って、片っ端からあたしたちのお尻を触ってたの、なんだか懐かしいわ。あれでみんなに嫌われなかったのが不思議。あれも一種の人徳かしら。


「なんでも、アヴァロンの実家に押しかけてるらしいわよ」

「へえ……なんでかしら」

「アヴァロンのお母さんと昔、いい仲なったんだって」

「本当?」

「それに実は……」


 顔を寄せ、ひそひそ声になる。


「アヴァロンのお父さん、ゼーさんだって噂」

「全然似てないじゃない。アヴァロン、超美人だし」

「ほら、カヴァーンの屋根が揺れてる」


 ケイトは溜息をついたわ。


「モーブ様、どんだけ激しく動いてるのよ。……あたしも入れてほしい」

「なんだケイト、あんたも交ざりたいんじゃん」

「あたし彼氏いないし。それにモーブ様ならいつでも大歓迎だわ。……モーブ様みたいなたくましい男の赤ちゃん産みたい……」

「ケイトのエッチ」

「モーブ様のお嫁さんってみんな、自然にいちゃこらしてるもんね。あんだけ当てられたら、あたしだって発情するよ」


 くすくす笑って。


「この間なんかモーブ様がガラスで指切ったら、我先にと指舐めて取り合いだもの。ラン様がいるんだから回復魔法でいいのに。……あれ絶対、モーブ様の体液を舐めたいだけよ」

「体液とか言うと、エッチじゃん。血液って言いなよ」

「血液だって体液の一種でしょ。それに……下半身のアレだって体液って言えるし」


 ケイトの瞳が輝いた。


「いやあんた、もうガチ発情してるじゃん。笑うわ」

「そんなこと言うけどジャニス、あんただってモーブ様の指舐めたら発情するでしょ。そのまま……下半身に手が伸びるんじゃないの」

「エッチ」

「実際、モーブ様の指舐めたら、リーナ様の瞳がしっとり濡れてたもの。赤く。……あれ、下半身もアレよ」

「人のお嫁さんのこと、どんだけ観察してるのよ、あんた」

「リーナ様って、ヘクトールの教師だった人でしょ。それもモーブ様が学園生だったときの。教え子に手を出したんだから、相当なエッチよ」

「モーブ様が手を出したかもしれないじゃない」

「違うわね」


 腕を腰に当てると、ケイトは言い切った。いつの間にかトレイはテーブルに置いたまま。もう話に夢中になってるわ。まあ今、店長がちょうどトイレに立ってるし、しばらくはいいかな。


「モーブ様の側にいると、女子はみんなお嫁さんになりたくなるのよ。最高の男だもん。……今回エルフ三人増えたの見てもわかるでしょ」

「まあ……それもそうか」


 実際あたしも、自分からモーブ様の現地妻に志願したんだもんね。昨日かわいがってもらったときのことを思い出して、幸せな気分が蘇ってきたわ。


「ジャニス、あんたなにニヤけてるのよ。気持ち悪い」

「どうでもいいでしょ。ほら、店長戻ってきた。少し動かないと」

「あのハゲ、もっと長くトイレ籠もってればいいのに」


 毒づいてから溜息をひとつ漏らして、ケイトはトレイを持ち上げた。


「洗い場は今日も大混乱ね。お客様が多いから」

「モーブ様がご滞在だもの。人だって集まるわよ。すごろく完全制覇を知ってるギャンブラーからそれこそエルフや魔族を研究したい学者さん、それに英雄をひと目見たいと願う女の子まで」

「マネジャー、大喜びね。儲かって」


 洗い場を出て、あたしとケイトは次のテーブル片付けに向かったわ。


「モーブ様効果は大きいものね。あのテーブルは小さいからケイト、あんたひとりでいいわね。さて……」

「ちょっ……。あんたどこ行くのよ」

「ビーチカヴァーンよ。モーブ様の御用を聞きに行かないと」

「抜け駆けっ!」


 睨まれたけど知ったこっちゃないわ。そもそもあたしもう、モーブ様のお嫁さんだし。リゾートの誰にも知られてないだけで。


「モーブ様……」


 少し離れたところから声を掛けると、カーテンがわずかに開いたわ。


「ジャニス……」


 モーブ様だ。服は着てないみたい。背後にどなたかの裸も見えているし。


「なにか御用はありますか」

「いや、特には……」

「あら」


 マルグレーテ様が顔だけ出した。肩が見えてるから、マルグレーテ様も裸ね、きっと。


「ジャニスじゃないの」


 モーブ様の顔をじっと見て、それからカヴァーン内部を振り返ったわ。


「……あなたもここでひと休みしなさいな」

「えっ……」


 モーブ様、絶句してるわ。あたしもだけれど。


「で、でも……」

「もういいのよ、わかっているから」


 手招きされたわ。


「あなただって本当は、モーブと一緒に居たいでしょ。むしろわたくしたち以上かも。なんといってもあなたはモーブと旅を共にしていないし」

「でも、店長が……」

「いいのよ。モーブの用事だったって、後でわたくしから適当に説明しておくから。……ほら、早く」

「あっ!」


 引っ張り込まれた。カヴァーンにはお嫁さんが揃っていたわ。全員裸……というわけじゃなくて、リゾートウエアだったり水着だったり、水着が半分ずれてたり……。裸のラン様が、モーブ様の腕枕でうとうとしているわ。


「あの……」


 困ったような笑顔のモーブ様を、ヴェーヌス様がデコピンしたわ。


「モーブよ、があるずとおくを甘く見るでない。ジャニスのことはもう、嫁は全員知っておるぞ」

「この展開、前もあったな」


 苦笑いしているわ。


「まあ……みんながいいならいいや。俺も実はジャニスがかわいそうだと思ってたし。……おいでジャニス」

「モ、モーブ……様」


 夢のようだったわ。モーブ様に抱かれて、そっとキスされた。カフェの制服に手を入れられて、優しく愛撫されて……。気がつくとあたしは裸にされていて、モーブ様を迎え入れていた。モーブ様モーブ様……と、恋人の名前を呼びながら。


           ●


 それからも、あたしの幸せな日々は続いた。モーブ様との仲はいつの間にかなんとなくリゾートでも広まって、あたしはなんだかモーブ様専属スタッフのような扱いになった。といっても仕事はしないの。事実上、恋人としてモーブ様に付き従っているだけ。他のお嫁さんも、あたしを同格として大事にしてくれて……。


 幸せだった。でもある日、モーブ様に手紙が届いた。大賢者ゼナス様から。それを読んだモーブ様は、顔を上げてあたしを見た。そして言ったの。明日、このリゾートを出る、と。そうしてアヴァロンの実家、「のぞみの神殿」に向かうと。ゼーさんに会うために。


 危険な旅になるから、冒険者ではないあたしは残ってほしいと言ってくれたわ。そうして両親の面倒をみていろと、お金をたくさん置いてくれて。


 必ず戻るから、心配しないで人生を楽しめと言い残して。


 あたしは信じてる。モーブ様は人生を切り拓く男。どんな困難も必ずや乗り越えて、またあたしの元に戻ってくる。あたしはモーブ様という船の港となる。母なる港として、モーブ様を休ませる。


 そのためにあたしは強く、優しくなる。これもひとつの愛の形だと、あたしは信じてるわ。


 そうでしょ、モーブ様……。




●ジャニスかわいいなあ……。次話、第六部予告。続いて第六部公開!

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