2-4 神話時代以来の「大噴出」
「モーブ……様」
崩折れたアヴァロンは、俺に抱かれながら、荒い息だ。
「深い……。深いわ」
うわ言のように繰り返す。体は熱いまま。というかむしろ、さらに体温が上がりつつある。
「マナが……こんな……底の底まで枯れてしまうなんて」
アヴァロンの瞳から、涙がひと筋流れた。
「ハイエルフの苦難を思うと……」
「気をたしかに持て。しっかりしろ」
「私は大丈夫です……。モーブ様が……抱いていてさえくれれば」
「もう止めるか。負けたっていいぞ。恥でもなんでもない。俺の無茶振りが悪い」
「いえ……」
顔を起こした。
「ハイエルフのためにも、私がここで諦めるわけには」
決意を秘めた表情だ。
「アヴァロン……」
「抱いて下さい。モーブ様の、温かな心を感じられるように」
「ああ……」
体を抱く腕に力を込めた。アヴァロンのいつもの香りが、苔の匂いと混ざって心地良い。
「お前は三人だ。しっかり者の長女、冒険心に富んだ次女、そして甘えっ子の三女。三人の人格を、俺は感じるぞ。だから力を合わせろ三人で。お前は世界最強の巫女。俺は信じている」
「モーブ様……。私共のことを、わかって下さるのですね」
「もちろんだ。だってな、アヴァロン……」
さらに強く抱いてやった。
「だってお前は、俺の自慢の嫁だからな。ランやマルグレーテと同じく。俺の……大事な……大事な嫁だ」
「お慕い申し上げております、モーブ様」
俺に抱かれたまま、また瞳を閉じる。なにか口の中で呟いている。俺にはわからない、ケットシー巫女の真言かなんかを。
「アヴァロンちゃん」
「しっかり」
「わたくしもついているわ」
気がつくと、俺とアヴァロンの周囲を、俺の仲間が取り囲んでいた。皆で体を寄せ合い、アヴァロンを励ますかのように。俺達の陣地に残っているのは、シルフィーとカイムのみ。成り行き上、勝負の場では俺達の陣営にはいる。だがダークエルフとハイエルフだ。俺のパーティーというわけでもない。迷っているのだろう。
「お前達も来い。遠慮するな」
俺が手招きすると、ハイエルフのカイムは走ってきた。ダークエルフの戦士シルフィーもゆっくり、後に続く。塩が水に溶け込むように、ふたりは円陣に自然に収まった。
「ああ……力を感じる。みんなの……魂を」
うっとりと、アヴァロンが呟く。
「私……まだまだ戦える……。祖霊も祝福してくれている。仲間の愛を……」
アヴァロンの体が、さらにさらに熱くなった。血液が沸騰しないかと心配になるくらい。俺の体からなにかが汲み出され、アヴァロンに吸い込まれていくのを感じる。
「ああ……モーブ様……見えました……あそこに……」
「凄い……力だ」
アヴァロンの呟きに、ヴェーヌスの感嘆が重なった。その瞬間――。
俺達の体は、激しい噴出に包まれた。虹色の。地面から立ち上る激流に。
「これは……」
ハイエルフ陣営からの声が途切れた。皆、呆然としている。俺達を包みはるか上空まで立ち上る、虹色の煙をぼんやりと眺めながら。
「ス、
「まさか……マナが……」
「史上二度目の……大噴出か……」
「ああ……神話時代以来だ……」
「まさか……こんなことが。だってここ、枯れ井戸なのよ。なのにこんなに大量のマナが……」
「どれほど深く掘ったのだ……」
ぼつぼつと、呟きが続く。見ると老女巫女ベデリアは、立ち尽くしていた。目を見開いて。
「勝負あったっ!」
ティオナ女王が叫んだ。噴出したマナは樹冠すら超え、はるか上空まで立ち上っている。それが噴水のようにようやく降ってきて、女王やハイエルフの体を包みつつある。虹色に。
「もはや時間切れまで戦う必要すらない。アヴァロンの勝利じゃ」
「良かった……。モーブ様のためにも……ハイエルフのためにも」
俺に微笑みかけると、アヴァロンはぐったりと崩折れた。意識を失って。俺に抱かれながら。
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