12-3 ヴェーヌスの切り札

「モーブ……」


 恐ろしさから俺に抱き着いたままのランが、それでも健気に詠唱を開始した。


「魔王の風」


 宣言と共に、魔王からまばゆい波動が発せられた。


「嘘っ!」


 マルグレーテが叫ぶ。


「詠唱……できない」

「私も……」


 ランが俺を見上げた。


「呪文が出てこない」

「モーブ様、私もです」


 どうやら全員、呪文詠唱を封じられたようだ。巫女の霊力まで封じるとか、普通はありえない。あれは魔力を使う魔法ではない。本来キャンセルすら不可能な霊力だからな。


「モーブくん……」


 覚悟の瞳で、リーナ先生が進み出た。


「私がやる。補助魔法は封じられた。でも……一族の魔法なら……」

「いけません先生。そんなことしたら先生が――」


 ソールキン家だけに伝わる召喚魔法。あれを「自在に操る」形で起動したら、先生は死んでしまう。


「止めてもやるから。モーブくんのためなら、死んでも構わない」


 両手を前に突き出すと、印を結び始めた。


「ユグド――」

「……」


 無言のまま、ヴェーヌスが先生を殴り倒した。三メートルほども飛ばされると、リーナ先生は動かなくなった。気絶したのだ。


 ――ヴェーヌス!? 先生の必殺技まで封じて、まさか魔王側に立つのか……。


 最後の最後、俺や仲間より親を取るのか――。一瞬そう思った。だがヴェーヌスは、魔王をきっと見据えている。そして口を開いた。


「父上、あたしはもう一人前です。だから父上に上申じょうしん建議けんぎしてもいいはず。父上はおっしゃいました。そのような世迷言は、一人前になってから口にせよと。……今がその時です」

「一人前……だと」


 魔王の瞳が細くなった。


「どういう意味だ」

「あたしはモーブと情を通じています」

「なに……」

「モーブはあたしの婿。ここにいる仲間と同じく、あたしはすでにモーブの嫁です。婿を得た以上、あたしは一人前。それに婿ならばあたしの秘名を知っているのは当然。殺し合う必要もありません」

「なん……だと……」


 魔王から、強い怒りの闘気が立ち上った。あまりの恐ろしさに、俺は思わず膝を着いた。仲間も転がったり片膝を着いたりしている。なんとか毅然と立っているのは、VITに優れた獣人アヴァロンだけだ。


「貴様……」


 燃える瞳が、俺とヴェーヌスを交互に睨む。


「父上……」


 落ち着き払って、ヴェーヌスは最大の爆弾を放り込んできた。


「それにあたしの腹には、もうモーブの子が宿っております」

「!」

「それに関して、父上のそしりを受ける筋合いはありません。なぜなら父上も同じではないですか」

「……っ!」


 怒りに燃える魔王からなにか闇色の衝撃が走り、俺は意識を失った。


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