5-4 すごろく大記録

「でもモーブ……」


 カジノ地下のすごろく場で、マルグレーテは俺を見上げた。


「あのアーティファクトを獲得するには、カジノコイン一億枚が必要。途方もない金額よ。一階の賞品見たでしょ。最高額の賞品が、中ボスクラスのレアドロップ武器。それでもコイン数万枚なのに……。その数千倍とか基本、獲らせるつもりはないってことでしょ」

「客寄せのためのお飾り賞品じゃろうて……」


 通りがかりのバニーを捕まえると、居眠りじいさんは酒などもらっている。……さすがにここでは尻撫ではしないみたいだな。セキュリティーに摘み出されるのは見えてる。そのくらいの常識はあるってことか。前大戦の英雄にして、曲がりなりにも王立冒険者学園の担任教師だからな。


「実際、あの賞品をひと目見るためだけにも、このカジノを訪れる客も多いじゃろうし」


 まあ、そりゃそうだ。


「すごろくで、そんなに稼げるのかなあ……」


 ランも心配顔だ。


「普通にやる限り、このカジノでは事実上、無理だ。だがこのすごろくコーナー限定の話なら、理論上は可能だけどな」

「どうやるのー、モーブ」

「それはなラン、すごろくの受付バニーが教えてくれた、『従属のカラー獲得、たったひとつの道筋』って奴だよ。まず、最初のルール説明を思い出してみろ」


 すごろくといっても、駒を使うものではない。俺達自身が駒になるのだ。参加すると特別の空間に転移させられ、そこで魔導サイコロの目に従って、複雑に分岐したルートを進む。


 進んだり戻ったり、もう本当にボードゲームのすごろくと同じさ。特殊効果のあるマスがある。たとえば三つ進むとか別ルートへのワープ、それにHPやMPへのダメージ、ポップアップモンスターとの戦闘。逆にHP全回復とか、カジノコインゲットのマスもある。


 すごろくは、四つのループゾーンに分かれている。「ファースト」「セカンド」「サード」「ファイナル」と。スタートマスから入れるのは、もちろんファーストループゾーンだ。


 各ループは閉じられたサーキットも同然で、条件を満たすまで、何周もぐるぐる回ることになる。各ループにはいくつかのワープマスがあり、運良く停まったときだけ、次のループゾーンに進める仕組みだ。


 ファイナルループゾーンまで辿り着ければ、ゴールマスがひとつだけある。ただし当然、ゴールぴったりに着くサイコロの目を出さない限り、クリアはできず、やはり何周も空しく周回させられる。このファイナルループ部分が凶悪なんだわ。そこまでと比べ、ヤバいマスが格段に多いらしい。


 道中イベントをこなしたりマスで拾ったりで、カジノコインを稼ぐことができる。ゴールさえすれば、そのコインを入手できるって寸法さ。参加費用分以上を稼げれば、ギャンブルとしては勝ち越しってことになる。


 プレイする上で重要なのは、失敗条件に引っかからないことだ。途中で全員分の持ち点が尽きたらすごろく失敗で、このカジノに戻される。持ち点は、戦闘などによるダメージ累積、特殊マスによるポイント喪失などにより減ってゆく。増えることは滅多にない。


 すごろくをクリアできず失敗でフロアに戻されたらもちろん、それまで稼いだコインやらアイテムは、全部没収される。持ち点は、最初に人数に応じて割り振られる。


「ルールを思い出したら、次だ。もうひとつ説明を受けたろ、大量コインゲットの裏技を。……あれを見ろ、ラン」


 俺は、中央多面モニターの上を指差した。


 そこにはモニターとは別の魔導ニキシー管が並んでおり、オレンジ色の魔光で、「120843903」と表示されている。つまり約一億二千万ということだ。下二桁ほどは見ている間に数字が切り替わっており、一分ほどの間に、もう「10」まで増えている。


「あれはな、このカジノの過剰利益だ」


 プレイヤーへの還元を待つ、過剰利益。ざっくり言えば、宝くじのキャリーオーバーみたいなもん。カジノはもちろん客が遊ぶと一定割合の儲けを抜いていくわけだが、儲け過ぎの分があそこに貯まっていく仕組みになっている。それが、カジノコイン一億二千万枚分に達しているってことさ。


「そう言えば、そんなこと言ってたねー」


 瞳を細めたランが、大きなニキシー管を見つめた。


「あれがもらえるの、モーブ」

「これまでのすごろくプレイヤーのコイン獲得記録、その歴代一位を抜けばな」


 すごろく挑戦者が過去のベストスコア記録を塗り替えれば、それまでに貯まった過剰利益は全額、その挑戦者に支払われる。そこからは過剰利益がまた「〇コイン」に戻って、徐々に貯まっていくってことさ。


 この方式だと、徐々に記録塗り替えが難しくなっていく。トップ記録は上がる一方で、下がることがないからな。オリンピック記録がなかなか破られなくなるのと同じで。その分、過剰利益も貯まりがちってことさ。


 現在の「過剰利益一億二千万コイン」は信じられないほどの高額だが、それは、今から九十年前にとあるプレイヤーパーティーによって打ち立てられた記録が、桁違いだったから。


 それまで払い戻しされてきた過剰利益は、いってもせいぜい百万とか数百万クラスだったらしいわ。ところが九十年前の記録があまりにも凄すぎて、そこからは過剰利益は貯まる一方。誰もその記録を破れないから。


 過剰利益が一千万コインを超えたあたりから評判を呼んで、すごろく挑戦者が増え、すごろくクリア者も桁違いに増えたという。客が激増してカジノも大儲けだったんだとよ。


 だがすごろく自体はクリアできても、道中で稼いだポイントは、累計トップの足元にも及ばない。結局、過剰利益はまるで「見せ金」のごとく、無慈悲に貯まる一方の、「ただの数字」も同然になった。


 そのため最近はむしろすごろく場へのアクセスを制限している。参加希望者も、年一度の挑戦しか許されていない。挑戦者の参加費用で儲けるというより、他人の挑戦を面白がって観る金持ちの浪費を誘う。言ってみればプロスポーツとか総合格闘技の観戦場も同然らしい。それでカジノは儲けてるって話だ。


「歴代記録は?」

「あっちにある」


 多面モニターのひとつを、俺は示した。そこにはこうある。




すごろくフィールド「コイン獲得」記録


一位 390万5824コイン リオール・ソールキン様パーティー

二位  11万0233コイン ハンゾウ・ミフネ様パーティー

三位   8万9714コイン ベアトリス・ミランダ様パーティー




 さらに二十位までが続いていた。見ると十八位だけはパーティーじゃなく個人名だ。たったひとりで十八位の記録を残したこいつも凄いが、一位は圧倒的だ。


 このリオールなんちゃらって奴。二位の三十倍以上って、どういうことよ。さっきスタッフに聞いた話では、すごろく中の全戦闘で圧倒的な一方的勝利を収めたのが大きいんだと。リオールは魔道士らしい。一族だけに伝わる特殊な魔法を駆使した、って話だったわ。


「凄いねー」


 呑気なランも、さすがに目を見張ってるな。


「あんな化け物記録に勝てるかな、私達」


 そりゃ当然の感想だわ。


「そこで、大賢者ゼニス様だよ」


 もう思いっ切り持ち上げておく。だってそうだろ。圧倒的な記録を打ち立てたのが魔道士中核のパーティーだった以上、その戦略を取るのが定石ってことだ。俺のパーティーにはマルグレーテとランという、原作ゲーム最強クラスの魔道士がいる。だがふたりとも、まだ成長途中という弱点はある。


 ならどうする。決まってる。偶然、この街には世にも稀なる大賢者がひとりいる。俺達の教師だった居眠りハゲが。これもう、切り札として抱え出すしかない状況だろ。


 凄い能力だったのかもしらんが、少なくともリオールは、歴史に名前は残ってない。理由はわからんが……。それに対し、大賢者ゼニスは、数十年前に世界を救った英雄で、誰でも知っている。そのリオールなんちゃらに負けるわけないわ。


 モブにしてリーダーの俺プラス、強キャラ魔道士三人のパーティー。魔道士中心のパーティーという定石を踏まえてるし、これなら一位記録をぶち抜ける可能性はある。


「ねえ先生。よろしくお願いしますね」

「うひょーっ!」


 大賢者ゼニスは、奇妙な声を上げた。発情したマントヒヒというか……。


「見よモーブ。あの交換カウンターのバニーちゃん、ただの獣人ではないぞ。あれは幻のケットシーじゃ」


 なんやら知らんが、興奮してるな。


「くそっ、地下には下りられなかったから知らんかったが、こんな奇跡あるかいの。ケットシーはなにしろ、新大陸の超秘境『のぞみの神殿』にしかおらんはず。あそこの巫女一族じゃからの。あそこはわしも、一度だけ訪れたことがある。懐かしいのう……」


 ほうと息を吐いた。


「瓜二つじゃ……」

「誰とです」

「なんでもないわい。まあしっかり瞼に焼き付けておけ、モーブよ。ケットシーなぞ、二度と会えんだろうからなのう、お主では」


 はあ大賢者だけに、レア種族には興味津々ってところか。


「かわいいのう……。ああ、なにもかも懐かしい……」


 自慢のカイゼル髭に、よだれを垂らさんばかりだ。いやたぎってるのは、魂じゃないだろ。下半身の謎棒だろうが。


「本当に大丈夫? モーブ……」


 心配げに、マルグレーテが眉を寄せた。呆れたようにじいさんを見つめている。


 すまんマルグレーテ。やっぱりこいつ、大賢者じゃなくて居眠りじいさんだわ。今、改めて確信した。




●明日公開の次話からは、新章「第六章 すごろく攻略クエスト」に入ります。


すごろくは厳しいマスが続き、四つのループゾーンで構成される、複雑なものだった。コイン一億枚獲得を目指し、無謀な挑戦を開始したモーブ。だが、最初に停まったマスで早くも中ボス戦となり、行く手に暗雲が立ち込める……。


居眠りじいさんは、大賢者としての実力を発揮できるのか。九十年前に打ち立てられた圧倒的な歴代一位記録を、四人は更新できるのか。そしてモーブを待っていた、前代未聞の凶悪な「罠」とは……。


すごろく大攻略に挑むモーブとランやマルグレーテの大活躍、おまけの居眠りじいさんの活躍にもご期待下さい。した。

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