5-3 アーティファクト「従属のカラー」

「それでわしを誘ったのか」

「はい。居眠り……じゃないか、大賢者ゼニ……でもないか、とにかくゼナス様」

「ふん……」


 見透かすように、居眠りじいさんは俺を見た。


「こんなときだけ持ち上げおって……。食えん『馬鹿枠』だわ」


 サングラスを外す。


「さすがに地下だと暗いからのう……」


 カジノ地下、すごろく場を見回している。俺達や他の客、スタッフはみんな着飾った姿だが、急いで連れ出してきたので、じいさんだけはアロハのようなド派手模様のリゾートウエア。今の今までサングラスまでかけてたわけで、場違い感凄いわ。


「ここがすごろく場フロアか……。ビーチカフェの女の子からわしも、地下の特別コーナーの噂だけは聞いておった」


 すごろく場フロアといっても、すごろく自体はない。それは特別な亜空間に設けられた巨大スペースで、ここからは魔法で飛ばされる。このフロアにあるのは、その転送口、それに賞品交換カウンター。さらにどえらく長いバーカウンターと、ふかふかのソファーで寛げるラウンジスペースだけ。


 すごろく場各部の様子は、フロア中央の多面モニターディスプレイに映し出されている。今も何人かの挑戦者が映ってるな。各マスに設けられた罠やモンスターエンカウントで、どのパーティーも悪戦苦闘しているようだ。


 フロアには、カジノ客が十数人ほど散らばっている。ディスプレイを見ながら皆、笑ったり歓声を上げたり、連れの女と酒など楽しんでいる。


 難易度の高いコーナーだけに、挑戦する奴より娯楽として覗き見る客が多いってことだな。


「すごく難易度が高いんですよ、先生。独りでなくチームを組んでの挑戦も可能。基本、人数が増えても敵の人数や攻撃力は変わらない。だから上限人数のパーティーで挑むのが基本戦略なんです」

「上限は四人ですのよ、先生」


 俺が言い足りなかった部分は、マルグレーテが付け加えてくれた。用心深く、ドレス姿のマルグレーテは、じいさんから遠い位置に立っている。また尻を触られたくはないだろうしな。


「あのね先生、私達、あの賞品――かわいいネックレスが欲しいんだ」


 交換カウンターに立つバニー姿の獣人、その背後の壁に、魔導ガラスで守られたアイテム棚がある。魔導スポットでライティングされた中央の棚を、ランが指差した。


 直径十五センチくらいの、漆黒の輪っかが、そこに仰々しく飾られていた。


「ラン、あれはネックレスじゃないよ。どちらかというと……」


 首輪と言おうとして、やめた。


「首に巻くアクセサリーなのは確かだけどな」


 でもまあ実際、見た感じ、それはまさに首輪まんま。異世界の黒竜の革で作られたとかいう漆黒の奴で、周囲に輝くルーン文字が刻まれている。あれミスリルの彫金だってさ。首の前面に来るところには、小さな透明カプセルが取り付けられている。あそこに「契約主」の血を封じてから、首輪をさせるんだと。


「マルグレーテなら、あの首……アクセサリーが似合うぞ」

「そうかしら……」


 品定めするかのように、マルグレーテは賞品を見つめた。


「たしかにものすごい魔力を感じるわ。装備による特殊効果は、なんと言ったっけ」

「DEFパラメーターにどえらい効果がある。物理ダメージ八十パーセント削減。刃物による斬撃無効。あとAGI系の特殊効果が、二回攻撃。剣士系なら『燕返し』、魔道士系なら同じ魔法のダブル掛けになる。特にこのアイテムならではの効果として、『契約主』との、魂の意思疎通だ」


 銘は、「従属のカラー」。交換には一億枚ものコインが必要。もちろん、この世にひとつしかない品だ。


 俺は、こいつを知っていた。いや、カジノ賞品としてではない。原作ではこのカジノに、こんな特別なアーティファクトは無かったからな。


 この「従属のカラー」、これは裏ボス七種のレアドロップ品のひとつだ。裏ボスレアドロップのドロップ率は、一パーセント。これを七種で分け合うから、ひとつのアイテムにつき、ドロップ率は〇・一四パーセントしかない。


 あの苦行のような裏ボス戦を戦って、奇跡的に勝った上での、たった〇・一四パーセントだからな。そのまぼろし同然のレアアイテムを俺は、マルグレーテのために入手したいと考えていた。


 何と言っても、マルグレーテは攻撃型の魔道士。雑魚戦向けの範囲魔法、ボス戦向けの個別魔法と、強力な魔法攻撃力を誇る。その一方、物理攻撃にはいちばん弱い。それでいてプレートメイルなど、防御力があっても重い防具は、装備できない。なんせ魔道士はVIT――つまり体力が弱点だからな。


 おまけに二回攻撃も魔道士向きだ。ファイターの二回斬撃なら対象モンスターは一体止まり。だが魔道士が全体魔法を使うなら、敵全体に二回も魔法攻撃できる。詠唱時間も消費MPも一回分なので、マナ召喚系でない、呪文詠唱系の魔道士――つまりマルグレーテやラン――にとって、この効果は大きい。


「なんだか名前も恥ずかしいわ」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「あのカプセルにモーブの血を封じて、わたくしがあの首輪……カラーを装備するのよね」

「ああそうさ」

「そうするとわたくしの魂はモーブを『契約主』と認めて、戦闘中にモーブの意思を感じ取れるようになる」

「俺が前衛で戦っている間、特に最後衛に位置するお前とは意思疎通がいちばん難しいからな。防御力強化効果だけじゃなく、その面でもいいだろ」

「でも意思疎通は一方的よね。わたくしは、モーブの意思に従うことになる。だから『従属のカラー』か……。モーブは名実共に、わたくしのご主人様になるのね」

「嫌か」


 瞳を伏せ、しばらく黙っていうた。それからふと俺を見上げる。


「嫌……じゃない」


 腕を後ろに組み、俺に胸を見せつけるような形で、いやいやしてみせる。


「モーブなら……いいわ、わたくし。……愛しているもの」

「マルグレーテちゃん、きっとかわいいよ、あれ身に着けたら」

「ランちゃんも、そう思う?」

「うん」


 頷いた。


「きっとモーブだって、あれを着けたマルグレーテちゃん、今よりもっともっと好きになるよ」

「そうかな……」


 少し発熱した頬に、手を当てた。


「それなら嬉しいけれど……」


 熱い瞳で、マルグレーテは俺を見つめてきた。俺のマーキングを隠す治療布を、首筋に貼ったまま。




●交換に一億枚ものコインを必要とする賞品「従属のカラー」。明らかに客寄せのためのお飾り賞品であるこのアーティファクトだが、たったひとつ、一億枚ものコインを稼ぐ裏技があった……。モーブは、そのわずかな可能性に懸けるが……。


次話「すごろく大記録」、明朝7:08公開!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る