6-2 ゲーム時空の異変

 その晩、エリク家から与えられた寝室で横になりながらも、俺は眠れなかった。いつものように裸のランとマルグレーテが抱き着いてくれてはいるが、眠くはならない。


 ふたりは祝いの葡萄酒でほどよく酔っており、体が熱い。気持ち良さそうに眠っているから起こすのはかわいそうだが、早朝、人の目のないうちに起こして自室に引き上げさせないとならない。


 俺が眠れないのは、昨日のアドミニストレータ戦を脳内で細かく再現検討していたからだ。アドミニストレータからいろいろ思わせぶりな発言があっただけに、得られた情報は貴重だ。……ただ、考えれば考えるほど、謎は深まる。


 発言の端々から感じ取られたし、アドミニストレータは「運営」ってことで、まず間違いない。直接そう呼んでも否定せず、俺を「イレギュラー」扱いした。おまけに闘技場バグ技が封印されたことを利用して、俺を罠に嵌めた。それは当然、野郎側がバグフィックスしたからだろう。


「バグ技」「闘技場フィールド」「没キャラ設定」とも発言していた。こんなメタな言い方をするのは、ここが「ゲーム世界」ベースの現実と知っているからだ。さらに「マルグレーテを書き換えて本筋に戻す」可能性に言及したし……。


「バグ」である俺を、運営が潰そうとしている。――この構図に、まず間違いはない。今後も野郎は、なにかの仕掛けで俺を消去しようとするはず。俺はそれと戦わなければならない。


 だが、そう仮定すると、どうしてもわからない疑問が生じる。時空間がおかしいのだ。


 だってそうだろ。俺はゲームプレイ中に急死して、このゲーム世界に転生した。初期村で死ぬ運命の、即死モブとして。死にたくはないから、即死イベントをなんとか回避、メインヒロインのランと共に、ゲーム本来のストーリーからの逸脱を開始した。


 運営が俺を「ゲームストーリーを捻じ曲げる、有害なバグ」と認識したとしたら、その瞬間から。つまり、どんなに早くても、せいぜいゲーム内時間にして一年半前ってところだ。だからこそ、俺の動きをどうやってか把握し、ヘクトールに居ることをつきとめ念入りに準備して、卒業試験の罠を学園で張った。


 ここまではいい。整合性にも矛盾はない。


 だが、エリク家の罠についてはどうだ。エリク家領地が荒らされ始めたのは、約十五年前。隣接地であるトードル家領地が荒れ果てノイマン家に乗っ取られたのは、もっと前だ。つまりアドミニストレータは、二十年、ないし三十年ほど前から、傘下のゴーレムノイマン家を使い、俺への罠を準備し始めたことになる。俺が転生するはるか前、マルグレーテすら生まれる前から……。


 そんなことがありうるだろうか?


 いや、単になんらかの都合でエリク家領地に手を出していて、俺がマルグレーテと組んだのを見て、急遽、それを利用したのかもしれない。それなら整合性自体は取れる。そういう可能性はある。だが可能性はあっても蓋然性がいぜんせいがない。いくらなんでもそれは都合が良すぎる。そんな偶然、そうそうあるはずはない。


 これはいったい、どういうことだろう。ただ単に「たまたまそうだった、万にひとつの偶然が生じた」だけなのだろうか……。もちろん、それはありうる。だがこの手の「万にひとつ」が、今後も二度、三度と続いたら、それはもう、なにか別の理由があるってことになる。


「モーブ……ごめんなさい」


 マルグレーテがむにゃむにゃ寝言を言ったので、抱き寄せてやった。


「気にするな。婚姻契約は罠だ。お前が悪いわけじゃない。これから幸せになるんだ、マルグレーテ」

「モーブ……愛してる」


 夢うつつで、手を回してくる。


「よしよし」


 ふたりの背中を撫でてやる。


「とにかく……」


 アドミニストレータとアルネ・サクヌッセンムが対立しているのもはっきりした。あの砂野郎、俺が死ねば「アルネも時の琥珀こはくの中で悔しがる」と笑っていた。つまりサクヌッセンムって野郎は、敵の敵という意味で、俺の味方だ。


 ただ、直接接触してきてないだけに、意図は不明。必ずしも俺を助けるために加勢してくれているとは限らない。


 そもそも「時の琥珀」ってのが、さっぱりわからない。マルグレーテも家族も、もちろん知らなかったし。居眠りじいさん先生――つまり大賢者ゼニスの話によれば、サクヌッセンムは古代の大賢者にして不老不死だそうだ。「時の琥珀」というタイムカプセルのようなものに閉じ籠もっているのかもしれない。……つまり早い話、なにがなんだか……って奴さ。


 アドミニストレータの言い方を信じるなら、「羽持ち」って奴が、サクヌッセンムの仕掛けらしいからな。「ランは羽持ちにされた」とも言っていた。サクヌッセンムが仕込んだということだろう。……もしかしたら、俺を助けるために。


 なにしろランは、羽が発現して時間を戻し、俺を死から救うという、とてつもない大技を見せた。あれが毎回確定で出せるなら今後のボス戦に超絶有利だ。だがそれは期待薄だろう。狐の鍵も消えてしまったし、あれは一度きりの切り札だったと考えておいたほうが無難だ。「絶対死なない。死んだら巻き戻る」戦略で戦いを挑んで、見込み違いだったら取り返しがつかないし。


 いかづち丸にしてもそうだ。あいつにも幻の羽が生え、卒業試験ダンジョンの危機を救ってくれた。でもその後、羽が生えるようなことはない。たとえ俺がモンスターと戦っていてもだ。


 つまり最悪、羽持ちの効果は、たった一度ってことか……。


「それになあ……」


「イレギュラー」も謎だ。野郎の口ぶりではこれまでもイレギュラーが複数存在していたようだ。これはつまり、このゲーム世界への転生者が、俺以外にも少なくとも数人単位では存在していたということなのだろうか。


「今回も私の勝ちだ」と、アドミニストレータは勝ち誇っていた。つまり過去の転生者(?)は全て、運営との戦いに負けて「排除」されたのだろう。俺の後にも誰かが続くような言いようだったし。


「わからん」


 思わず口に出た。


「わからないことだらけだ、この世界も、人生も」

「なあに、モーブ……」


 ランが瞳を開けた。


「起こしちゃったか。……悪いな、ちょっと考え事をしててさ」

「考え過ぎは、体に毒だよ」

「まあ、そうだな」

「モーブはね、明日食べるおいしいご飯と、私達のことだけ考えていればいいんだよ」

「そうか……。そうかもな」


 いやマジ、そうかも。俺は前世底辺社畜で、生きるために必死で頭を使いドブの中を這い回っていた。そのせいか、考えすぎる嫌いがある。考えてみたら、どうせ一度死んで転生した身だ。今後どうなるかなんてわかりゃしない。「ふたりを幸せにするために生きる」なんて力まずに、もっと気楽に暮らしていいのかも。


 運営がどうとかとかアルネとか、面倒なことは、もう知らん。そういうのは、前世の仕事段取り地獄だけで、お腹いっぱいだわ。段取り組んでも次々トラブルが起こるし、どうでもいい細かな案件が飛び込みで入ってきて、やりたい仕事がほとんどできなかったりとか……。


 少なくとも、マルグレーテを家の重圧から救い、自由を与えた。今はそれだけでいいよな。この世界では、もっと気楽に生きる。なるようになるだろ。自由になって解放されたマルグレーテに天真爛漫なラン、ふたりと一緒に、めいっぱい遊ぼう。


「ランはいいこと言うな。重い心が、軽くなったよ」

「ほら。おいで、モーブ」


 腕を広げて、胸に導く。俺が顔を埋めると、腕で優しく包んでくれて。


「よしよし……」


 例によって、胸の先を当ててくれた。口を開くと、いっぱいに入ってくる。


「なにもかも忘れて、眠るんだよ。モーブは私やマルグレーテちゃんを救った英雄なんだから」

「眠れる……かな」


 男ならむしろ興奮しちゃいそうだが……。


「もぐもぐしゃべらないで。胸の先がくすぐったいよ」


 ランが、くすくす笑う。なんだか幸せな気持ちが溢れてきて、脳の奥に残っていた懸念を吹き飛ばす。


 まあいい。とにかく、長い一日が終わった。難題は、明日考えるわ。




●いよいよエリク家から旅立つ朝。準備を進めるモーブたちの前に、黒づくめの謎の馬上人が駆け込んでくる。彼が託したのは、王立冒険者学園ヘクトール学園長アイヴァンからの、謎の手紙だった……。次話、第二部最終話「新たなる旅立ち」、明日公開。


●引き続き、第二部愛読感謝のエキストラエピソードを公開! 第三部への橋渡しとなる、ヘクトール養護教諭リーナさん視点のSSです。


●さらに続き、休まずに第三部連載開始! すでに執筆しており、第一章から第三章まで11話を書き上げ、現在第三部第四章に取り掛かっています。モーブ冒険の舞台は、海岸のリゾート都市「ポルト・プレイザー」に。リゾートでランやマルグレーテと甘い休暇の日々を送るモーブの前に、新たなる謎と挑戦が立ち塞がる……。乞うご期待! ランちゃんファンの皆様、お待たせしました。第三部は冒頭からヤバいくらい甘いです……。

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