5-4-2 コルンバ成敗
「モーブ!」
「ああ」
階段を下り切ると、すぐにわかった。助けを求める声が、地下の長い廊下の向こうから微かに聞こえてくる。コルンバの声だ。今すぐ縄をほどけ、約束が違うぞ――と。
「なんだ、縛られてるんかな」
「でもどうして。あの人、ノイマンさんのスパイみたいなこと、してたんでしょ」
「マルグレーテの婚姻契約書を勝ち取ったんだ。用済みってことじゃないか」
「お兄様……。情けないわ、曲がりなりにもエリク家嫡男なのに」
眉を寄せている。
「とにかく調べてみよう。先にコルンバが捕まってるとすれば、そこに異変の元凶が居るかもしれん」
「そうね」
「うん」
地下は奇妙だった。階段の近くの廊下には、倉庫や食料庫と思しき大きな扉が並んでいる。廊下を照らすランプは補給がされておらず油切れしたようで、光を放っているのは半分もない。だから幽霊屋敷のように暗い。
注意深く廊下を進んだのだが、これがやたらと長い。どう考えてもおかしい。屋敷の母屋の地下を越えたとしか思えない。しかもいつの間にか廊下でもなんでもなくなって、ただの岩肌、くねくね曲がりくねった洞窟になっている。
ランプなどないから、真っ暗だ。ランのトーチ魔法を最小限だけ灯し、音を立てないように注意しつつも、早足で進んだ。コルンバのキイキイ声が、次第に大きく聞こえ始めた。
角を曲がると、先が明るかった。はるか先で、岩肌に横からの光が当たっているのだ。コルンバの声は、その先からだ。
「気をつけろふたりとも。敵があそこにいる可能性は高い」
「そうだねモーブ」
「ええ、わかってる」
小声で返してきた。
「いきなり戦闘になるとして、魔法の組み立てを考えておくよ」
「わたくしも」
「頼むぞ、ふたりとも」
ヘクトール制服の上にまとった装備のスキルを、俺は改めて確認した。
銘「
特殊効果:戦闘時敵HP吸収および敵速度ダウン。ただし敵にダメージを与えた際の限定効果
銘「冥王の剣」:短剣
特殊効果:必中。AGLとCRIにボーナスポイント。
銘「支えの籠手」:ガントレット
特殊効果:戦闘時HP自動回復および戦闘速度アップ。ただし装備者に限る
銘「
特殊効果:レアドロップ固定
ランの装備は、魔力を増幅させる杖。それに神狐にもらった、よくわからん消費アイテム?「聖なる鍵」。マルグレーテは杖に魔法の
「さて……」
装備選択は重要だ。
「やっぱりこっちか……」
「冥王の剣」を、俺は抜き放った。短剣のため間合いこそ短いが、初手で即死させられるからな。サンドゴーレムが大群でいたとき、「業物の剣」より頼りになる。
「行くぞ、ふたりとも」
「モーブ」
「ええ」
光の直前まで来た。すぐ先で洞窟は右に直角に近いほど曲がっていて、そちらから強い輝きが漏れている。
角で止まると、様子を窺った。背後のランとマルグレーテは、小声で詠唱に入っている。振り返って合図を送ってから、角に踏み込んだ。
眩しい。
思わず目を細めてしまった。そこは小さな体育館くらいのドームだった。その丸い天井から壁にかけての岩肌が、魔法と思われる白い光で輝いている。床には大量の砂。敵は居ない。ノイマン家当主も、サンドゴーレムも。そして……。
「あっ。モーブ! 早く俺様の縄をほどけっ! 命令だ」
部屋の中央に、コルンバが転がされていた。脚と手を縛られて。目隠しやさるぐつわはされていない。
「騒ぐなコルンバ。敵に気づかれる」
この野郎、大声でべらべらと……。
剣を構えたまま、ゆっくりと部屋の中央に進む。
「なにがあった、コルンバ」
話しかけるのもムカつくが、状況は知っておきたい。
「約束を破られた。うまいこと魔導印を持ち出しマルグレーテを嫁に差し出せば、親父を潰して俺様を当主にしてくれるって話だったのに」
はあやっぱりか。そんなところだろうと思ってたわ。
「当主はどこだ」
「教えてやるから、まず俺様を解放しろ」
「ほどいてほしければ、まず当主の居場所だ」
転がされたまま、脚をじだばたしている。死にかけのゴキブリのようだわ。
「早く俺様を助けろマルグレーテ。なにをぼーっとしてる。俺様はエリク家の偉大なる次期当主。お前の上に立つ男だぞ」
「自分でマルグレーテちゃんを売ったくせに。なに、その言い方」
温厚なランも、さすがに頭に来たみたいだな。
「曲がりなりにも、マルグレーテちゃんのお兄さんでしょ。それなのに陰謀に加担して結婚契約書を偽造した挙げ句、ノイマン家がおかしな連中だとわかってからも、マルグレーテちゃんの心配すらしてないじゃない」
「お、俺様は知らん。結婚はマルグレーテの意志だ。大好きな俺様と家に大金をもたらすための」
「嘘つけ、さっきお前、陰謀を全部、自分で洗いざらいしゃべったじゃないかよ」
「あ、あれは嘘だ。助けてほしくて、つい嘘を」
この期に及んでも言い繕うとか、とことん見下げ果てた奴だ。
「コルンバ……」
コルンバの脇に、俺はしゃがみ込んだ。怒りを抑えて語りかける。なるだけ平静な口調にしようと努めながら。
「当主はどこだ。悪いことは言わん。思い出せ」
「……砂に還った」
「どういうことだ」
「マルグレーテの婚姻契約書を手に入れると、当主の態度ががらっと変わった。当主と侍従がいきなり飛びかかってきて俺様をぐるぐる巻きに……。こんな臭い地下に担ぎ込まれ、転がされた」
「そいつらは?」
「俺様を放り投げるとみんな、急に凍りついたようになって……。次の瞬間、ざっと崩れて砂になった」
「それでか、ここに砂がいっぱいあるのは」
改めて見回すと、あちらこちらに砂の山ができている。なにより不気味なのは、部屋の一番奥に、ひときわ大きな砂の山があることだ。高さ二メートルほどもある。
「あの砂は違う」
俺の視線を追って、コルンバが付け加える。
「あれは最初からあった。他の砂だ」
「砂に還ったということは、エリク家領地にいたサンドゴーレムと同じなんだね」
「ランちゃんの言うとおりね……」
情けない実兄の姿を見下ろして、マルグレーテは溜息を漏らした。
「俺は話した。助けてくれ。約束だぞ」
コルンバが叫んだ。
「約束なんかしてないな」
俺は言い放った。
「ほどいてほしければ当主の居場所を教えろ――と言っだけだ。俺がほどいてやるなんて、ひとことも言ってない。そのうち誰かがほどいてくれるだろ」
「この嘘つきっ!」
「どっちがだ、コルンバ」
「俺様を解放しなければ、大声で叫び続ける。ここにモーブの野郎がいるとな」
いやもう充分大声だわ。
「俺に助けてもらえるとか、どの面下げたら思えるんだ、このカスっ!」
剣を振り上げた。
「ぐふっ!」
刀身の腹で思いっ切り頭を殴りつける。ボキッと、頬骨が折れて陥没する感触があった。コルンバの頭が、ぐったり垂れる。
気絶しやがったか。
「てめえは地獄行きだ、アホ」
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