2-5 アーティファクト「聖なる鍵」
「やったか……」
それから数分。決着はついた。触手はすべて分断された。援軍……というかさらなる触手が出てくることもない。
切断された触手はまだ蠢いてはいるが、もう攻撃してくる気配はない。連続で攻撃したからさすがに息が上がって苦しい。触手の臭いがキツいから、余計に辛い。
「敵は撤退した。俺達の勝ちだ」
「狐さんの言ったとおりだったね」
ランが、ほっと息を吐いた。
「ああラン。エネルギー収支がマイナスになったんだろう
「モーブ、早く御札を」
「わかってる、マルグレーテ」
狐に渡してもらった札を、祠の全周に一枚ずつ貼ってゆく。
「この穴は……塞がなくていいのかな」
こわごわといった様子で、真っ暗な触手穴を、ランが覗き込んだ。
「ほっとけばいいだろ。札でエネルギー吸収を封じられるなら、野郎がここにまた来る意味はない。来ても無駄だからな」
そのくらいの知能のある敵らしいからな。狐の言うとおりなら。
「それより気をつけろよラン。穴に落ちたら、救い出すのは困難だ」
「わかってる」
にじり下がった。と――。
「痛っ……」
しゃがみ込んで、足首を押さえている。
「どうした」
「だんだん痛んできた」
「どれ……」
見ると、触手に巻き付かれた足首が青く腫れている。
「毒でもあるのかしら。クラゲの刺胞のような」
マルグレーテが、服のポケットから解毒ポーションを出した。ランの足首に振りかける。
基本、回復系のポーションは、メイジ枠であるマルグレーテが保持している。ランは自分で回復魔法を使える。俺は前衛で戦う分、瓶の類を持っていると、戦闘中に割って無駄にしてしまう危険性がある。
「モーブは大丈夫なの」
「俺は服の上からだったからな。ランも体は大丈夫だったろ」
「うん。足だけ……」
「ランちゃん、まだ痛む?」
「ちょっと……ね」
ランは顔を歪めた。
「鎮痛と回復のポーションも出すわ。ちょっと待ってて」
「ありがとう、マルグレーテちゃん。……自分でも魔法撃つから」
詠唱と治療を終えると、ランは立ち上がれるようになった。
「なんとか歩けそう……」
「良かったな、ラン」
「モーブ、肩を貸してあげて」
「そうするよ。ほら」
肩に腕を回させ、ランの腰を抱くようにする。
「ゆっくりでいいからな、ラン」
「うん。……ありがと、モーブ」
●
「よくぞ果たした」
気配でも感じるのだろう。俺達が深い穴から戻ると、狐が迎えてくれた。
「これでここの
「ところであんた神の使いなんだろ。ここでなにやってるんだよ」
「土地神様に従い、使いとして水を管理しておる」
「水を……」
「そうじゃ」
狐の話はこうだった。ここは、清浄な水を地下から泉に供給する拠点。土地神がエリク領地に広げた霊的防壁のひとつということだ。神の命に従い、狐はここを守ってきた。だが不穏な存在が現れた後、地下水の聖性が失われつつあり、土地が痩せていっていると。
「そうは見えんがな。きれいな泉だったし、……なんというのか霊性を感じたというか」
「泉は直上だからのう……。泉から離れれば離れるほど、霊性は荒廃しておる」
「だからマルグレーテちゃんの土地が荒れてるっていうこと?」
「そうじゃ。聖なる娘よ」
「あのタコ野郎は消えた。もう泉は清浄だ。これでエリク家は救われるんだな」
「いや……そうはいかん」
顔を歪め、狐は唸った。
「本体を滅殺しなくては、おそらく土地神の勢いは戻るまい」
「でもあいつ、地下深く隠れていて、触手を伸ばしてエネルギーを吸うだけだろ。どうやって倒せばいいんだよ」
「村を辿れ、不思議の男よ。
「みんなの話? でも魔道士でもなんでもない、ただの農民とか木こりだろ」
猟師のクマ退治とかならともかく、モンスターと戦えるとは思えない。
「村人は土地の守護者よ。土地の異常があれば、必ずや気配は感ずる。彼らの声を
狐の姿をした赤い光が、ぼうっと揺らいだ。そのまま消えてゆく。
「お前たち三人からは、力を感じる。土地神を助け、エリク家を救うのじゃ……」
もうすっかり姿が消え、声だけが残った。
「祠の礼じゃ。これを授ける」
足元に、三つ巴の紋章が赤く現れた。ぐるぐる回っており、中央になにかが置かれている。
「銘は『聖なる鍵』。いつかその方らの力となることであろう」
「アーティファクトよ、モーブ。……力を感じる」
「私も感じるよ、モーブ」
「これを手に取るがよい、聖なる娘よ。そしてエリク家の娘、不思議の男よ」
「は、はい」
ランが俺を見た。
「いいかな、モーブ」
「大丈夫だろう。取ってみろ」
「うん」
罠ってこともなさそうだしな。土地神の使いがくれるんだから。
「小さいのに重いね。……それに熱い」
しゃがみ込んだランが、アーティファクトを手に取る。三つ巴の光は徐々に薄くなり、消えた。
「わあ、かわいい」
ランが手を開いてみせた。
「ほら、モーブ。きれいなお花みたいだよ」
「本当だ」
透明オレンジで、丸くて平たい。まるでキャンディーだ。有機的な曲線で、花のように形作られている。言う割には、鍵の形じゃないんだな。万能解錠アイテムってわけじゃないのか……。
「これは……」
摘むと、マグルレーテが目の前に持っていった。
「アミューレットじゃないわね。消費アイテムかな」
「裏側に、びっしり文字が書いてあるよ、モーブ」
「読めるか、ラン」
「ううん」
首を振った。
「全然」
「どうやって使うんだ、これ」
俺の問いに、声だけの狐は、なぜか唸った。
「使うときが来たら、自然と使うであろう」
「はあ? どういう意味? 鍵ってくらいだから、宝箱かなんか開けるんだろ」
「それが良いことであるのか、我にはわからぬ。はるか昔に預かった品だし。ただ……やっと使える存在と巡り合ったとしか」
「はあ……」
どうにも会話が成立しない。そもそも原作ゲームには、こんな名前のアイテム――ましてやアーティファクトなど存在しない。
「まあいいや。スキルの高い誰かに、いずれ鑑定してもらおう。それまでランが持っててくれ」
「えっ、私でいいの」
ランが手を差し出した。
「モーブが持ってなよ、ほら」
「かわいいアーティファクトだから、女の子が持ってたほうがいいかな。狐も最初にランの名前呼んでたし」
「そっかー」
嬉しそうに、アーティファクトを握り締めた。
「ならモーブからの贈り物と思って、大事にするね」
狐の笑い声が響いた。
「いやラン、それ狐の贈り物だから」
「それもそうか」
ランは手を振った。
「ありがとうねー、狐さん。また来るから、そのときは遊ぼうね」
「神狐様、これからもエリク家を見守って下さいませ」
狐の含み笑いが聞こえた。
「面白い仲間であるな。お前達の活躍、楽しみにしていよう。そして――」
祠に通じていた通路が消え、赤い光もすっと消えた。
「エリク家の娘よ、いずれその命に――」
なにか続けたようだったが、声は小さくなり、聞き取れなくなった。
それからしばらく待ったが、もうなにも起こらない。
「……なんだか、懐かしい気持ちになったわ」
マルグレーテは、ほっと息を吐いた。
「なぜかしら」
「そりゃお前がエリク家で、ここがエリク家興隆の歴史と深く関係していた聖地だからだろ」
「護り神みたいなもんだもんねー、狐さん」
「そうね……」
マルグレーテが、俺の手を握ってきた。
「ありがとうモーブ。エリク家を代表してお礼を言うわ」
「まだ早い。狐の話では、これで終わりってわけじゃなさそうだからな」
「うん。村のみんなに会いに行こうよ」
ランが微笑んだ。
「私、田舎育ちだから楽しみだよ。だって私の村も、マルグレーテちゃんの荘園も、そんなに違いないでしょ」
いや多分、俺達の故郷くらいど辺境のど田舎はないと思うぞ、ラン。
●次話「即逃げモンスター説」。お楽しみにー。
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