11-7 裏ボスレアドロップの「必中剣」

「この剣はの、銘を『冥王の剣』というのじゃ」

「冥王の剣……」


 なんてこった!


 その名前、聞き覚えがあるぞ、俺。裏ボスが落とすレアドロップ、そのひとつじゃん。俺の手元には、レアドロップ固定機能を持つアミューレット「狂飆きょうひょうエンリルの護り」がある。裏ボス七種のレアドロップのうち、早くもふたつ、俺の手元に集まるのか……。


 原作ゲーム攻略ウィキの説明によれば、「冥王の剣」には、装備するだけでAGLとCRIにボーナスポイントが入る特徴がある。加えてなにより最大の利点は、「必中」スキルを持つ点だ。


 レア剣だけに攻撃力は短剣といえども高い。それに加え、「絶対に外さない」スキルはでかい。すぐ逃げるボーナスモンスターなども先手さえ取れば一撃で倒せるから、経験値もアイテムも稼ぎ放題になる。こいつを「レアドロップ固定」のアミューレットと同時装備したら……。


 とはいえもちろん、それはあくまでゲーム内での話。ここ「ゲーム原作の現実」では、俺がへっぴり腰なら普通に空振りするはずだし、このスキルが現実にどう落とし込まれているのかは、さっぱりわからない。多分その効果はないんじゃないかな。ただそれでも超強力な短剣というだけで、垂涎装備なのは確定だ。


「この紋は……」


 握りと鞘に、唐草模様のような紋が彫金されている。


「わしにその剣を託した、とある大賢者の紋じゃ」


 俺の知る限り、大賢者はふたり。目の前のゼニスと……。


「その大賢者って、もしかしてアルネ・サクヌッセンムでは……」

「ほう」


 じいさんは目を見開いた。


「その名をよく知っておるのう」

「でも先生」


 ランが口を挟んできた。


「アルネさんは、古代の大賢者でしょ。教科書に書いてあったもん」

「先生は普通の人間。古代の賢者から剣を授けられるほど、そんな長生きじゃないはずですよね」


 マルグレーテも参戦する。


「ああ。アルネ・サクヌッセンムは不老不死じゃ。……とある事情があってのう」

「えっ」


 マルグレーテが口に手を当てた。


「じゃあ、まだ生きてるんですか」

「それは受け取り方次第じゃ……」


 なぜか、じいさんは眉を寄せてみせた。


「なあモーブ、仮にわしが不老不死としよう。だが、お前がわしの首を斬り落とせばどうなる」

「それは……」


 人間の命は脳次第。首を斬り落とせば、脳への酸素供給も栄養供給も即座に途絶える。普通に考えれば、死ぬしかない。


「わしは死ぬ。不老不死というのはの、年は取らない、老化で死ぬことはないということ。永遠に生きられるわけではない」

「なるほど」

「アルネ・サクヌッセンムが今、どうなっておるのか……。それが運命なら、やがてお前も知ることになるだろう」


 俺の瞳を、じっと覗き込んでくる。


「先生。俺、こんな貴重なアイテムもらえません」


 鞘に収めた剣を、突き返した。


「そもそも悪いけど、俺は先生が思うような男じゃない。強大化した魔王を倒せる人間を、先生は探していたんですよね。俺、魔王と戦う気なんて、これっぽっちもない。冒険する気だってない。好きなようにふらふらしていたいだけの、ただの雑魚です」

「馬鹿者。誰がやると言った」

「でも今……」

「お前に預けると言ったのだ。もちろん返してもらう」

「はあ……」


 狐に摘まれた……ってのは、こんな感じか。じいさん、詐欺師のスキル持ちかなんかか。


「それにお前に魔王退治など、期待してはおらん。お前はただの馬鹿だからな」

「……」


 いやそうだけど。人に言われると微妙だ。


「好きなように生きろ、モーブ。ランやマルグレーテと共に、命を燃やして」


 俺達三人の手を、じいさんはひとつに重ねた。


「そしていつの日にか学園に戻ってこい、モーブ。もうこの剣は不要と感じたときに。わし……がおらなんだら、学園長に渡すのだ。その後は、あいつがいいように扱うであろう」

「お頂りしておきましょう、モーブ」


 遠慮がちに、マルグレーテが進言してきた。


「このアイテムは、絶対に役立つ。だってモーブの装備にぴったりだもの」


 まあそうだ。これで俺は、「冥王の剣」と「業物わざものの剣」、長短ふたつの剣を装備できることになる。「支えの籠手」という防具も。ランとマルグレーテをカバーして前衛で戦うのに、ちょうどいい。


「そうだよモーブ。アルネさんだって、モーブが使ってあげたらきっと喜ぶよ。草葉の陰で」


 いやラン。アルネなんちゃらは古代の賢者とはいえ、じいさんの話だとまだ死んだとは言い切れないっぽいぞ。勝手に殺すな。


「……では、遠慮なく借用します」

「うむ」


 うれしそうに、じいさんは瞳を緩めた。


「いいか。死ぬでないぞ。お前はわしに借りができた。この剣を返すまでは、死んではならん。……たとえ魂を引き裂く悲しみが、その身に訪れようとも。辛さのあまり敵の真っ只中に突進し自ら命を捨てるなど、言語道断。いいか。わしの言葉を忘れるな。毛ほども細くただひと筋、たしかに存在する救いの道を探すのだ」


 一転、厳しい瞳で、俺達三人を眺め渡す。


「大賢者ゼニスとしてモーブに命ずる。死んではならんと」

「……脅かさないで下さいよ」

「すまんすまん」


 まなじりが下がって、いつものひょうひょうとした「居眠りじいさん」に戻った。


「ちょっと言ってみたかっただけじゃ。……どれ」

「きゃっ」


 マルグレーテが飛び上がった。


「せ、先生がお尻触った。わたくしとランの」


 そうなのか。ランは特に騒いではいない。


「ほっほっ。もうお前らは教え子ではない。少しくらい手を出してもよかろう。減るもんじゃなし」


 楽しそうだなー、じいさん。


「わしがあと五十年若ければのう……」


 じろじろと、ランとマルグレーテの体を上から下から眺め回す。ほっておいたら、しゃがみ込んで制服のスカートを下から覗きそうな勢いだ。


「若い子はええのう……」

「この、すけべじじいっ」


 貴族の令嬢とは思えない毒舌と共に、マルグレーテがじいさんの頭をひっぱたいた。ぱちんと、大きな音がする。


「わ、わたくしに触れていいのは、モーブだけですっ」

「いいのう……。生きがいいわい」


 叩かれて喜んでるわ。こりゃ、なんの制裁にもなってないぞ。むしろ「ご褒美」って奴だ。


「元気でなによりじゃ。どれ……」


 またわしわしと手を伸ばそうとしたので、マルグレーテは俺の後ろに隠れてしまった。


「ほっほっ……。ほらモーブ、送迎の馬車が来たぞ。わしはまだ参謀と話すことがある。先に学園に戻っておれ」


 言い残すと、くるっと後ろを向いた。王宮の扉へと歩いてゆく。もう俺を振り返りもしない。


 だらけていた衛兵も、じいさんが近づいてくると慌てて直立不動になった。さっと扉を開け、じいさんに向け、最上級の敬礼をしている。正体は秘密でも、国王のトップクラスの賓客だ――くらいは、知らされているんだな。




●次話、第一部最終話「旅立ちのとき」

学園を去る朝が来た。挨拶のため保健室を訪れたモーブに、リーナさんは不思議な予言を与える。一方中庭では、学園生ほぼ全員が、モーブの出立を待っていた。大歓声を背にモーブは、ふたつの道のどちらを選択するのか……。


●皆さん、ここまで応援ありがとうございました。★やフォローだけでなく、楽しい応援コメントにも励まされ、毎日更新で走り抜けられました。明日公開の第一部最終話、楽しんで下さい。もちろん第一部完結後も、第二部へと続きますよ! 今、執筆中です。

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