11-6 「居眠りじいさん」の正体

「どうしたの、モーブ」


 俺と一緒にけんもほろろに王宮を叩き出されて、マルグレーテは驚いていた。


「あなたまた、なにかやらかしたでしょう」


 呆れきったかのような声。背後の王宮門を、マルグレーテは振り返った。入るときはにこにこ顔だった衛兵が、今はこっちを睨んでいる。


「まあ、ちょっとな」


 ちょっと暴れすぎた。でもまあ、本音だ。後悔はしていない。


 エリク家荘園に出向いてマルグレーテの困り事を解決すると、決めている。近衛兵だの魔王討伐だのマジ、やなこった。人のために働くのは、もう前世で充分。転生したこの世界では、自分の心のままに生きていたいんだ、俺は。


 ……そして俺の心の羅針盤は今、マルグレーテを救うと示している。


「なにがあったの、謁見の間で」

「いや別に……」


 頭のいいマルグレーテのことだ。経緯を話せば、マルグレーテを救うために俺が自分の栄達えいたつを諦めたと、思い込むかもしれない。そんな心の負担を掛けたくない。俺は俺だ。俺が決めたことなんだから、全部自分で責任を取る。


「うそっ」

「まあいいじゃない、マルグレーテちゃん」


 ランが俺の手を取った。


「別に王様にほめてもらわなくても。これまでとおんなじでしょ」

「それはそうなんだけれど……」

「それより、卒業後のことがある。学園に戻って、計画を練ろうぜ」

「まあ……そうね」


 いかづち丸やスレイプニールを馬車に慣れさせてはおきたいし――と、マルグレーテは呟いた。


 ランとふたり、馬の世話や学園クエストをこなした報酬がある。それに男子寮女子寮を遠慮し、無料のボロ旧寮で暮らした分、寮費の返還も。一年で貯めた金で、学園から馬を払い下げてもらった。もちろん、卒業試験ダンジョンを共にクリアした戦友四頭だ。マルグレーテの金を足して、素朴な小馬車も発注した。それに乗って、エリク家の領地まで旅するつもりだ。


 最初は馬に乗って……と思っていたのだが、長旅となると荷物も多い。やはり馬車が必要だ。それに馬車なら、雨が降っても中で寝られるしな。言ってみればキャンピングカーみたいなもんだし。


「いくらなんでも、帰りも学園までは送り届けてくれるだろ。嫌々でも」

「嫌々でも……ってモーブ、あなた本当に、いったいなにしたの? 国王陛下の面前で」


 マルグレーテはやきもきしている。


「まあいいじゃないか。もう済んだことだ」

「済んだこともクソもあるか。この、大馬鹿者めが」


 振り返ると、Z担任の居眠りじいさんが立っていた。


「まあ、なにかやらかすとは思っていたがのう……」


 呆れた様子で、ハゲ頭など掻いている。


「すみません、先生。俺、どうしても自分の気持ちを抑え切れなくて」

「まあよい。国王の機嫌のいいときを見計らって後日、わしがとりなしておこう」


 苦笑いだ。


「助かります」

「先生って、国王陛下とも仲いいの」

「そうよの、ラン。国王にとっては、わしは幼馴染じゃ。……といっても、わしがこの王宮に出入りするようになってからの話だが」

「へえーっ」

「わしのほうが十は年上だから、鼻垂らして後をついてきたものじゃ。大賢者様とか言いおっての」

「それより先生」


 マルグレーテが割り込んできた。


「国王の幼馴染ってことは、王族だったんでしょ。それに学園長と同じパーティーで、先の大戦で大活躍した」

「王族ではない。いくさいさおしを上げて、王宮への出入りを許されるようになっただけじゃ」


 じいさん――英雄ゼニス――は、立派なカイゼル髭を撫でた。今日はまた、普段にも増してハゲ頭が輝いてるな。春の陽射しを受けて。


「どっちにしろ英雄じゃない。なんで名前まで隠して、ヘクトールに蟄居ちっきょしていたの」

「先の大戦はの、巷ではわしら人間の大勝利と伝えられている。だが、それは誤り。魔王が自ら、一時的に戦線を縮小した。それが真実じゃ」


 じいさんは説明してくれた。戦線縮小の理由は、魔王が新たな力を得るため。そのために侵攻を中断。自らの軍勢を育て、体内に大きなエネルギーを蓄積する儀式に没頭していると。


「いずれ魔王はまた攻めてくる。パワーアップした魔王軍に対抗するには、こちらも新たな才能を育てなくてはならん。……わしは、これまでの戦いの経験から信じておる。魔王を倒すほどの力のある戦士は、優等生ではありえないと。人並み外れた力を発揮するには、規格外のキャラクターでなくてはならんと」


 英雄ゼニスは戦死したと偽装し、盟友が学園長をしていたヘクトールに、正体を隠したまま潜り込んだ。規格外の人間を探すため、底辺Zクラスの担任として。


「でもそれなら、なんで毎日寝てたんですか、自習自習で。真面目に学園生を育てるとかもせずに」

「ドハズレはの、育てずとも勝手に芽を出すものじゃ。モーブと暮らしておるお前らなら、わかっておろうが」


 ランとマルグレーテに笑いかけた。


「それにの、モーブ、あれもわしが引き受けた、重要な任務だったからだ」

「任務?」

「そうじゃ。……のうマルグレーテ」

「はい先生」

「魔道士のお前なら知っておるだろう。幽体離脱を」

「はい。……大賢者魔法。しかも究極レベルの奴ですよね」

「まさか先生……」

「そうだ」


 頷いた。


「Zの学園生を観察しつつ、わしは毎日、幽体離脱して魂を飛ばしていた。魔物が支配する、荒廃した大地へと。そうして魔王の動向を探っておったのじゃ」


 遠い目をした。


「恐ろしい土地であった……。幾多の激戦を潜り抜けたわしでさえ、目を背けるほどの」

「あれは幽体離脱ですか」

「幽体離脱と居眠りの区別もつかんとか、モーブもまだまだじゃのう」


 ほっほっと笑う。


「わかるわけないじゃないすか。よだれ垂れてたし」


 どう見ても「のんきなじいさん」が晩飯の夢でも見てる雰囲気だったしな。王国――どころか人類の存亡を担った英雄が命懸けで幽体離脱している姿には、とても見えなかった。


「これは一本取られたわい」


 ハゲ頭を叩いて大喜びしてるがな。……はああれ、昼寝じゃなくて、魂が抜けてたんか。そりゃ凄いわ。そういや、いつぞや「ではわしは仕事に戻る。ぐぅ……」とか言って眠りに就いたことあったな。あれマジで「仕事」だったわけだ。


「さてモーブ。国王の後ろ盾を蹴ったお前は、徒手空拳じゃ。王の顔を潰した以上、もはや永久に、王宮からの援助は望めん。……これからどうする」

「そうですね……」


 仲間の顔を、改めて眺めた。俺を頼りにしているランとマルグレーテの姿を。まずはこのふたりを大切にしなくてはならない。そのために、エリク家領に赴くわけだし。


「心のままに生きていこうと思っています」

「うむ」


 じいさんは力強く頷いた。


「ならばいばらの道を進むお前に、これを預けよう」


 懐から、なにかを取り出した。紫色の袱紗ふくさっぽい布に包まれた、棒状のものを。紐を解いて、中身を俺に渡す。


 これは……。


「短剣ですか?」


 握りと鞘があるから剣だろう。匕首あいくちよりは、少し大きい。


「抜いてみい」

「はい」


 驚くほど滑らかに、鞘から抜ける。銀色の刀身は微かな青みを帯びており、陽光にぬらぬらと輝いている。刀身は三十センチ程度だろうか。わずかに湾曲している。刀身にはよくわからない文字のようなものが、びっしりと隙間なく彫り込まれている。


「美しい剣ですね」


 湾曲刀身により、鞘から抜きやすいはず。短剣であることと相まって、常時帯刀し、咄嗟のとき素早く抜くのに向いている。必殺剣スキル持ちのニンジャ系ジョブに最適だろう。


「銘を『冥王の剣』という」

「冥王の剣……」


 なんてこった!


 それ、聞き覚えがあるぞ、前世で。裏ボスが落とすレアドロップ、そのひとつじゃん。俺の手元には、レアドロップ固定機能を持つアミューレット「狂飆きょうひょうエンリルの護り」がある。裏ボス七種のレアドロップのうち、早くもふたつ、俺の手元に集まるってのか……。




●居眠りじいさんから授けられたレア剣は、とんでもないスキルを持っていた。三人の未来を祝福したじいさんは、モーブに謎めいた言葉を残す……。次話、「裏ボスレアドロップ」。

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