11-5 国王謁見

 王宮。謁見の間。悪趣味と言えるほどやたらめったら豪華絢爛ごうかけんらんな部屋で、国王は俺達を待っていた。


 面前に引き出されたのは、ブレイズと、あとチーム代表の俺。それに引率の学園長にSSS担任、Z担任じいさんの五人だ。ランとマルグレーテは次の間に通され、茶と王室御用達の菓子など与えられて、謁見終了を待っている。


「そのほうがブレイズか」


 ばかでかい玉座から、国王は身を乗り出した。五十代くらいだろうか。ちょっと痩せ気味で、神経質な印象。きらびやかな装束。白髪交じりの金髪に王冠こそ被っていないが、手には権力の象徴、王笏おうしゃくを握り締めている。


 玉座の背後には、眼光の鋭い近衛兵やら侍従長やら、多数の人間が控えていた。


「はい。陛下……」


 ひざまづくと、ブレイズは優雅に頭を垂れた。


「ご尊顔そんがん拝謁はいえついたし、恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 元はただのド田舎育ち「村人A」なのに、貴族かよって挨拶。きっと後ろに立つ担任に聞いたんだろうな。俺の背後にはZのじいさん。学園長のハーフエルフは、担任ふたりのさらに後ろに控えている。


「なんでもそのほう、ヘクトールの長い歴史で、開校以来の成績で入学し、卒業したらしいのう」

「はい。実家も滅び、たのむは自らしかおりませんゆえ、才のままにて学びました」

「うむ」


 満足げに、国王は頷いている。


 しかしブレイズ、時代劇かよ。いくら王様の前とはいえ、もっと普通に話せばいいのに。それに成績優秀はそうなんだろうけどよ、卒業試験ダンジョンでボスのドラゴンに止め刺したの、ブレイズじゃなく教師だからな。一応言っとくと。


「ヘクトールは卒業した。そのほうのように優れた人材は、近衛兵としてぜひ迎え入れたい。……余と王国を守る任に就いてはくれまいか」

「ありがたきお言葉……」


 かしづいたまま、ブレイズはしばらく黙っていた。


「なれども我が故郷は、魔王によって焼かれました。ふた親共々」

「それは聞いておる。ガーゴイルに襲われたのだったな……」


 乗り出していた身を、王は改めて玉座に深く沈めた。肘掛けに置いた手を額に当て、顔を歪める。


むごいことじゃ」

「ならばこそ、僕は魔王を討伐する旅に出たく存じます」


 おおう――と、王の背後の連中がどよめいた。


「うむ」


 国王は頷いた。


「その心意気や良し」


 ほっと息を吐くと、また身を乗り出す。


「ならばそのほうに、当座の冒険資金を提供しよう。我が王宮宝物庫の宝も授ける。由緒正しき剣、古代のアーティファクト、なんでも好きなように選ぶがいい。全部……は、ちと困るが」


 笑っている。


「王っ」


 小柄な侍従長が駆け寄ってきた。白髪をきれいに撫でつけた、六十代くらいのおじさまだ。


「いくら豪儀な王とは言えど、報奨が過ぎますぞ。あれらは王の父祖が何百年もかけ、苦労に苦労を重ねて集めた品」

「いいのだ、アルフレッドよ」


 神経質そうな侍従長に、王は優雅に笑いかけた。


「宝物など、この国があってこその物種。魔王を滅ぼさんという心意気に応じずして、どこの王か。それこそ父祖先祖に申し訳が立たんわい」


 ブレイズに視線を戻した。


「ブレイズ、遠慮は無用じゃ。魔王討伐に役立つとお主が考えるアーティファクトを持つといい。それこそがこの王、そして王国のためでもある。後で案内させようぞ」

「ありがたきお言葉っ」


 ますます小さくかしこまって、もうブレイズ、かたつむりみたいになってるじゃん。笑うわ。ちらと俺に横目を飛ばし、「見たか」という自慢面をする。凄いドヤ顔。


 初期村ではメインヒロインのランをあっさり俺に取られ、冒険者学園ヘクトールでも本来のパーティーメンバーであるマルグレーテを失った。遠泳大会や大晦日の大遊宴、魔物襲来イベントでまたしても俺との差を見せつけられた挙げ句、学園中からうとまれた。そんな身の上でも、王のように優れた存在は、自分を認めてくれる。――そうドヤりたいんだろうなあ……。


 はあ良かったな。せいぜい俺相手にマウント取れや。もともとこっちはただの即死モブだぞ。それに王道主人公が精一杯のマウンティングとか、情けなくて泣けてくるわ。それでも魔王を倒すとか、鼻息荒く宣言したキャラかよ。嫉妬深い、ただの小物じゃん、まるで。


「そのほうがモーブであったな」


 国王が、俺に視線を移した。


「はい、王様」

「なんでもそのほう、ヘクトール最下層クラスZに配属されたものの、優れた統率力と謎の力をもって、Zを異例の好成績に導いたとか」

「はあまあ……」


 必要以上にかしこまった態度を見せつけて俺を見下したブレイズを見ていたせいか、つい言葉遣いがぞんざいになった。俺、ブレイズみたいなケツ舐め、したくないわ。


「夏のビーチで宴会したり大遊宴で馬術したりとか、人生を愉しむ見本を示しただけです」


 それを見てなにかを感じ取った奴がいろいろ出たわけで。「ラオウ」とか「トルネコ」とか。


「それに先日のヘクトール魔物襲来事件の折、先頭に立って戦い、学内を解放して回ったらしいのう……」

「担任教師のお導きです」


 まあ実際、居眠りじいさんに守護魔法かけてもらってなかったら、中ボスオークの一撃で死んでたしな。俺だけの力ってのはないわ。


「謙遜するな。余はいろいろ聞いておる」


 したり顔で頷いている。


「まあそうですね。そういう面もありますけど、魔物を排除できたのは、各クラスの面々が必死で戦ったからです」

「……っ」


 かしこまるどころか頭すら下げないざっくばらんな俺の口調に、脇のブレイズ、ひざまづいた姿のままこっち睨んでるわ。侍従長もはらはらしながら俺見てるし。


「モーブとやら、そちは統率力に優れておるの。王者の資質だわい」


 満足気に、王は俺を見た。


「カリスマというものは、一朝一夕で身に付くものではない。この王も、そこは苦労した。なれどもそのほうは、まだ十六。一国の王を前にしてまでも世慣れた態度にそのカリスマ、まるで長年最前線で揉まれ続けた手練てだれのようじゃのう。たしかに学園で話題を集めるのも当然じゃわい」


 そりゃあな。俺の中身は前世、ドブを這い回っていた底辺社畜だし。そのときの経験が、いろいろ役立ってるわけで。十五、六のガキじゃあない。


「カリスマを持つ男は、貴重である。ぜひとも我が近衛兵に迎い入れ、いずれ近衛兵のおさとして存分に力を発揮してもらいたいものじゃ」


 近衛兵長なら、王宮警護のトップ。現場叩き上げやエリート参謀ルートとはまた違う、兵士にとっての最高出世のひとつだ。それ含みで十六歳の孤児を誘うとは……。この国王、前例や相手の地位にとらわれない柔軟性があるな。さすがは一国を仕切るだけあるわ。才能がある。


 異例の勧誘に、王の背後がどよめいた。


「だがそのほう、孤児の身とはいえ、ブレイズと同じ村の出身であったな。ならばやはり魔王討伐のため、はるか荒野を目指したいと申すか。苦難の道のりを」


 優しげな瞳で、王が見つめてきた。俺の気持ちはわかっていると言いたげに、うんうん頷いている。


「ならば王宮の宝物庫で、なんでも好きな――」

「不要です」

「は?」


 言葉を遮られ、国王は素の顔になった。先ほどまでの威厳に満ちた表情は、かき消えている。俺がなにを言っているのか、さっぱりわからないという顔つきだ。言葉の通じないモンスターを初めて見るときのように、目を見開いた。


「近衛兵も魔王退治も、どちらもお断りです」


 俺は、はっきり口に出した。




●次話、「居眠りじいさんの正体」

王宮から放り出されたモーブ。そのモーブに、居眠りじいさんは自らの正体を語り、とあるアーティファクトを手渡す……。

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