10-7 レアドロップ固定

「むっ!」


 大きな体躯からは信じられないほど素早く、オーガはステップを踏んで後退した。さすが中ボス。馬鹿でっかい図体のくせに、AGIまでしっかりポイント振ってやがる。


 なに、あとはこのデカブツを倒すだけ。俺がなんとかしてやるさっ!


「雑魚ならではのセコい罠など張りおって……」


 俺達を見て、オーガは苦笑いしている。


「だからオークなど連れるのは嫌だったんだ。間抜け共。食欲に負けて油断するなど……」


 俺を睨む。


「小僧。俺を倒せると思うのか」

「倒せなきゃ、俺の未来は無いからなっ」


 駆け込むと、今度は脚を薙ぐ。またかわされた。


「元気な小僧だ。――だが、なんだそのへっぴり腰は」


 振り下ろしたウォーハンマーが、俺の腹を捉える。


「ぐへっ!」


 大岩火山弾が直撃したかのような衝撃。思わず、踏まれた蛙のような声が出た。


 打撃の瞬間、体を包んでいた緑色の輝きが、霧散むさんして消える。吹っ飛んだ俺は、ごろごろ転がされた。


「……ってーっ!」


 剣を杖に、慌てて立ち上がった。


「渾身の一撃を放った。普通は胴体がふたつに千切れるはず。……どうして死なん、お前」


 オーガは首を捻っている。


「聞いていた勇者のパワーとも違う。雑魚のくせになぜだ……」


 悪いな。俺にはじいさん先生の護りが利いてたからよ。……まあ今の一撃から俺をカバーしたことで、身代わりになって消えちまったみたいだが。


 さすがはオーガ。どんだけ馬鹿力だよ。


「今度はそうは行かんぞっ」


 駆け込んでくる。やばい。今度やられたら、確実に死ぬ。


「火球レベル二っ」


 マルグレーテの火球が飛んできた。


「くっ!」


 ボスの体が火に包まれる。どれだけ体を鍛えようが、魔法防御力は別だからな。


「ここにもいるよっ!」


 いつの間にか背後に近づいていたリーナさんが、分銅ふんどうを飛ばし、後頭部に打撃を与える。背後からの強襲に油断していたのか。後頭部を打たれて、一瞬、脚がもつれた。軽い脳震盪といったところだろう。


 それでも、炎に包まれ頭を強打されても倒れないのは、さすが中ボスの貫禄だ。


「戦闘中攻撃力二十パーセントアップっ」


 ランの声が聞こえ、俺とリーナさんに魔法が飛んできた。体に力が満ち満ちる。ランには胸章のパワーアップ効果がある。宣言自体は二割増の中級魔法だが、胸章の力で、上級魔法である「攻撃力倍増」くらいは発揮している。プラス、俺自身も胸章を身に着けている。こちらの効果が感覚的には五倍。ダブルで利いているから、合計十倍程度にはなっているはずだ。


「リーナさん」

「わかってる」


 長剣の俺が前から、鎌のリーナさんが背後から、野郎の首を狙う。


「くそっ! ちょろちょろと小賢しい雑魚どもめっ」


 前後ろとせわしなく頭を回しながらハンマーを振り回していたが、リーナさんの分銅がまた当たり、思わずよろけた。


「今だっ!」


 一気に間合いを詰めた俺が長剣で首を横に薙ぐ。ぐぐっと、たしかに切り裂く感触があった。


「よしっ」


 首を押さえ俺を睨んだが、背後からリーナさんの鎌が首に食い込む。手が離れたところを、俺がもう一撃。


「ぐ、ぐぐぐぐっ!」


 苦しげな唸り声を上げると、ボスは倒れた。巨体だけに、地面が揺れるほどの衝撃と轟音が響く。


「やったっ!」


 マルグレーテが歓声を上げた。


「モーブ、強いよ」

「油断するな、マルグレーテ。まだわからん」


 ボスが頭を起こしたところだ。俺を睨む。


「こ……小僧」


 瞳だけ動かして、俺を上から下まで、検分するかのように見つめている。体を覆う炎を、もう気にしてはいないようだ。


「お前、名前は……」

「モーブ」

「モーブ……。そうか。お前が『もうひとつの可能性』か」


 苦しげな息で咳き込むと、瞳を閉じた。


「先にこ……ちらに全……力になって……おけ……ば」


 なにか聞き取れない言葉をいくつか呟いていたが、やがて事切れた。他の魔物と同様、虹色の煙だか霧だかが立ち上ると、姿が掻き消える。


「勝ったね、モーブ」

「ああ」


 俺は周囲を見回した。


 幸い、後続の敵はいない。見上げると渦からはまだ魔物が湧き続けており、校舎内の戦闘音も続いている。


「見て」


 ボスが消えた跡を、ランが指差した。


「なにかのポーションだよ。しかも、こんなにいっぱい」


 たしかに。銀色に輝く清浄なボトルが、二ダースほども残されている。


「なんだろ、これ」

「触らないで。危険かもしれない」


 リーナさんがしゃがみ込んだ。


「今、鑑定する」


 詠唱を始めた。


「……わかった」


 一本取り上げると立ち上がり、ボトルを太陽に透かすようにしている。


「これ、珍しいよ。貴重なポーション」

「効果は」

「魔物消滅。倒すというより、消しちゃうの。これを掛けると」

「そんな貴重なアイテムが、なんでこんなにたくさん……」


 ランも目を見開いている。


「忘れたのみんな。モーブのアミューレットよ。それ」


 俺の胸を、マルグレーテが指差した。


「『狂飆きょうひょうエンリルの護り』って、レアドロップ固定効果があるでしょ」


 そういやそうだった。ボスが確率でアイテムを落とした。アミューレット効果で、それがレアドロップになったってことか。


「そういうことかあ……」


 感心したかのように頷いたランが、俺を見た。


「これからどうするの、モーブ」

「そうだな……」


 考えた。マルグレーテは救出し、初期の目的は達した。なら次は、「みんなの救出」だろ。


「校舎に暴れ込むぞ。このアイテムを使って、教室をひとつひとつ解放していこう。せっかく手に入った貴重アイテムだからって、出し惜しんだってしょうがない」

「そうだね、モーブ。みんなを助けるために使ってこその、レアアイテムだよね」

「モーブは頼りになるわね。さすがはわたくしの……」

「ふふっ。モーブくんって、さすがね」


 リーナさんが、俺の手を握ってきた。頼もしげに俺を見て。


「いずれなにかやってくれる男だって、あの入学試験の日からわかってた」

「いいかみんな。廊下側には敵もいない。そっちから教室に入ったら、一番強そうな敵に向かって、ポーションを投げるんだ。一本だけでいい。無駄使いをするな。とりあえずボスを消しちまえば、後は雑魚だけ。担任と学園生でもなんとかなるはず。そこはみんなに任せて、俺達は次の教室の解放に進む」

「わかった」

「うん」

「やりましょ」


 俺の作戦に全員、頷いてくれた。




●次話から新章。第一部最終章「俺達の選択」です。卒業式、そして旅立ち。モーブとラン、マルグレーテは、互いの関係をどう総括するのか。国王との謁見でモーブが取った、とんでもない行動とは。そして居眠りじいさんは、モーブにあるものを託す……。



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