10-6 トラップ発動!
「よし、トラップできたな」
「そうねモーブ」
頷くと、マルグレーテは額の汗を拭った。装備を運び込んだ俺が次にしたのは、罠を仕掛けること。これは籠城戦。籠城には籠城なりの戦い方がある。
「わたくし、力仕事は苦手で……」
「いや、充分役に立ってくれたよ」
頬に着いたほこりを拭ってやると、赤くなった。
「そうだよ、マルグレーテちゃん。みんなで力合わせたから、こんなに早くできたんだし」
「しっ……」
マルグレーテが声のトーンを落とした。
「誰か来るわ」
「隠れろ。トラップ準備だ」
「うん」
俺達は、馬の陰に隠れた。馬は全部それぞれの柵に戻し、尻を中央に向けさせている。
「モーブくん、ランちゃん、いるの」
敵に気づかれないよう、抑えた声だ。
「リーナさんだよ、モーブ」
ランが飛び出した。
「こっちこっち」
「ああ、良かった」
「足元、気をつけて。罠を仕掛けた」
「わかった」
入り口から、リーナさんが入ってきた。
「ふたりとも無事なのね。……それにマルグレーテちゃんもいたの。良かった」
自分の軽防具を装備した姿で、手に銀色の鎖鎌を持っている。
「面白い武器使いますね」
「私、それほど力ないし、魔道スタイルからしても、言ってみれば中衛だからさ。ある程度間合いの長い武具を習得してるんだ。
保健室で事務作業しているとき、校内の騒音に気づき、取り急ぎ装備を整え、馬小屋に来たのだという。俺とランが馬を守っているはずと考えて。
「それにしてもモーブくんもランちゃんも、どうしたの」
目を見開いている。
「体が輝いてるし、その紋章……ゼウスの神紋じゃない」
リーナさんは、学園の誰も、じいさんの名前を知らないと言っていた。おそらく正体を知っているのは、学園長だけだろう。本当に英雄ゼニスならば……だが。とはいえ実際、高レベルのマナ召喚魔法を連発していた。少なくともただの「居眠りじいさん」ではない。
「話は後よ」
入り口で外の気配を窺っていたマルグレーテが、駆け戻ってきた。
「魔物が来る。五体ほど。有翼オーク三、よくわからない魔道士一、鎧姿の……多分オーガかな。まっすぐこちらに向かってくる」
オーガがリーダーだと思うと、付け加えた。おそらくだが、勇者の血を引くブレイズが見つけられないので、校舎から捜索範囲を広げたってあたりだろう。
「よし。全員、持ち場に戻れ。リーナさん……」
リーナさんにも簡潔に作戦を説明する。
「わかった。私も参戦できるね。これなら」
「お願いします。さ、こちらに……」
全員、隠れたあたりで、入り口からオークの顔が突き出た。目だけで中の様子を窺って。俺は、長剣の柄を握り締めた。首から提げたアミューレットがどこかに当たって音を立てないよう、そっと内ポケットに収める。
「ここは馬小屋ですぜ、頭」
「安全か」
「へえ。見たところ馬しかいやせん」
「どけ」
「へい」
姿を現したのは、鎧姿のモンスター。真っ黒の金属製。ゴツゴツでこぼこの低質フルアーマーながら、胸のところに金色の模様が描かれている。しかも鎧から覗く腕はプロレスラーかという筋肉で、重そうなウォーハンマーを握り締めている。
てかこいつ、原作ゲームの「学園強襲クエスト」に出てくるメインの中ボスじゃん、普通に。お前、SSSドラゴンの教室に行けよ。そこに勇者の血をひくブレイズがいるから。それなら原作と同じ展開だろ。場所が道中から学園に変わっただけで。――とも言えんしなあ……。
腹の中で、俺は毒づいた。即死モブがまだ学園編でちょろちょろしてるだけだってのに、中ボスこれで二体目とか……。勘弁してくれや、マジで。
「たしかに……だが、人間臭いぞ、ここ」
顔を上げ、臭いを嗅ぐような仕草をしている。
「そりゃ頭、乗馬するからで」
「いや。残り香でなく、もっと濃い。オスとメスだ」
「それよりこの馬、食っちまいやしょう」
別のオークが口を挟んできた。
「野郎ども、思ったより抵抗しやしてこっちの被害も大きいし、勇者とやらは全然見つからない。どうやら留守でありやしょう。ならあっしらも、ここで馬の生肉くらい食ったって、親方は許してくれやすぜ」
汚い面によだれが垂れまくっている。そうだそうだと、オーク三体で勝手に盛り上がっている。針金のように痩せっぽちの魔道士は、ひとことも口をきかない。
「いいかマルグレーテ、あの魔道士は厄介だ。ボスと戦う前になんとかしないと」
俺の耳打ちに、マルグレーテが頷く。
中ボスのオーガは、脳筋前衛系。特段魔法や特殊スキルがあるわけではないが、その分、HP/VITが高い。ボスの相手をしている間、背後の魔道士から回復魔法攻撃魔法を飛ばしてこられたら、相当にヤバい。
「馬鹿オークはこっちの罠でなんとでもなる。でも後衛の魔道士は、率先して小屋に入ってくるはずがない。初手で生き残るのは確実だし、そうなると遠隔で魔法を撃たれる。だからお前、戦端が開くと同時にあいつを潰せ」
「わかってる。今から詠唱に入る」
ほっと深呼吸すると、静かに呟き始めた。
「入ってくるぞ……」
ランやリーナさんと目配せし合った。
「ぐえへへへ。うまそうな馬だ」
オーク三体が入ってきた。馬を見回して品定めしている。……あと一メートル進みやがれ。阿呆。
「俺はこの白い馬にする」
いなづま丸を指差す。
「見ろよどの馬も、こっちにケツ向けて。脚からまるかじりにしてくれって、言ってるようだぜ。ぐへへへへ――んっ?」
馬鹿め。罠の縄を足で引っ掛けやがった。
「ぐんっ」
大きな音を立てて、水樽が落ちてきた。その重さで、天井に取り付けた
「ぐええええーっ」
蛙のような叫びを上げ、倒れた。
「ラン」
「うんっ!」
俺とラン、リーナさんが、残りのオーク二体にランプを投げつけた。パリンっと、ガラスのホヤが割れる音が響く。
「うわっ」
「熱っち!」
火だるまになって、慌てて飛び込んでくる。
「よし。蹴れっ」
俺の大声で、馬がみな、後ろ脚でネコキックする。駆け込んだ俺とリーナさんが、長剣と鎖鎌を振りかざす。倒れたオークの首を薙いだ。
「火球レベル二」
宣言したマルグレーテの手からファイアーボールが飛び出すと、魔道士を炎で包んだ。
「うおーっ!」
俺は馬小屋を飛び出した。剣を構えたまま体当りして、魔道士の胴を貫く。胸章のパワーを得ているせいか、おそろしいほどスムーズに、刃が通った。自分の力が五倍くらいになったかのようだ。
倒れた魔道士は、動かなくなった。服がぶすぶすと燃え続けている。
「よし」
返す刀で、中ボスオーガの首を
「むっ!」
だが、大きな体躯からは信じられないほど素早く、オーガはステップを踏んで後退した。さすが中ボス。馬鹿でっかい図体のくせに、AGIまでしっかりポイント振ってやがる。
なに、あとはこのデカブツを倒すだけ。俺がなんとかしてやるさっ!
●すみません本話タイトル「レアドロップ」予定だったのですが、推敲により六千字になってしまい、さすがに長過ぎるので二話に分割しました。次話こそ「レアドロップ固定」です。ペコペコ 公開は明日土曜日昼12:09予定です。
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