10-4 イベント分岐

「せ、先生。俺達、どうすれば……」


 誰かが大声を出した。こうしている間にも、腹を揺する爆発音や悲鳴が、あちこちから聞こえてくる。


「うろたえるな。他クラスの心配は無用。担任がなんとかするわい」


 底辺Zクラス担任のじいさんは、背後の俺達を振り返った。いつもぼんやりと優しい瞳が、今はとてつもない力を秘めて輝いている。


「それよりここを死守せよ。まだまだ来るぞっ」

「は、はい」

「先生、この胸章……」


「ラオウ」が、青く輝く自分の胸を指差す。


「ゼウスの紋章だ。それに先生、ゼニスって、先の大戦の英雄じゃないすか。学園長と同じパーティーだった人ですよね。大戦最後の決戦。自ら犠牲になって、王国の敗北を防いで死んだって話なのに……」

「話は後だ。その胸章が輝いている間は、お前らの能力が増幅される。いいか、これは実戦。学園のぬるい実技とは違って、一撃食らったら死ぬぞ」


 じいさんの言葉に、どよめきが巻き起こった。


「そんな……」

「僕、女子と仲良くなりたくて入学しただけだってのに」

「ここで俺達、死ぬんか……」


 みんな、不安げな顔。瞳が泳いでいる。どうしていいのかわからず、うろうろ歩き回っている奴すらいる。


「気合を入れろっ! 金玉を握れっ」


 腹の底から、じいさんが大声を出した。


「魔道士はなんでもいいから詠唱を開始しろ。補助魔法回復魔法攻撃魔法、どれでも構わん。戦端が開いたら、状況を見よ」

「はい先生っ」

「教室には、まともな武器は無い。前衛職は、そこらの定規でもモップでも、とにかく構えよ。自分から攻め込んではならん。詠唱中の魔道士を守ることに徹せよ。正面に立て。交戦は最低限に絞れ」

「はいっ」

「前衛職は、攻めて来られたときだけ、防御的に戦え。深追いして致命傷を与えようとするな。ろくな武器無しのお前らには無理だ。とにかく自分と背後の魔道士を守るためだけに戦え」

「わかりましたっ」


 矢継ぎ早の指示に、クラスは統制の取れた動きをし始めた。指示が具体的だから、混乱した頭でも従いやすい。


「先生。俺、出ます」

「いかんモーブ」


 じいさんに睨まれた。凄い眼力だ。


「ここに留まれ。外よりは、はるかに安全だ」

「でも、マルグレーテが馬小屋にいます」

「旧寮か」

「はい」

「たったひとりなんです」


 ランが叫ぶ。


「大賢者の護りっ!」


 じいさんがいきなり大声を出すと、俺とランの体は、緑色の輝きに包まれた。マナの大量消費で、部屋がまた一段と冷える。三月も末だというのに、床には雪だか霜だかが積もり始めた。


「行けっモーブ」


 窓側に視線を戻した。もう俺を見もしない。背中で叫んだ。


「それが多少は攻撃を防いでくれる」

「はいっ」

「死ぬなっ」

「もちろんです」


 ランと手を取り合い扉を開ける。振り返ると、窓から教室に飛び込んできたガーゴイル三体に、学園生とじいさんが魔法を撃ち込むのが見えた。


「ラン行くぞっ」


 背後から轟音が響く。


「うんモーブ。マルグレーテちゃんを助けないと」


 飛び出した瞬間、教室内から、モンスターの苦悶の叫びが聞こえた。


         ●


「モーブ……」

「しっ」


 魔物による大規模襲撃が進行中というのに、廊下は信じられないほど平穏だった。魔物も学園生もいない。ただ、教室扉の窓が、時折明滅している。中で戦闘があり、魔法が飛び交っているからだろう。つまり魔物は、この校舎の外側、窓から攻略を開始したってことさ。


「大丈夫かな、みんな」


 ランは心配顔だ。


「とりあえず今は気にするな。まずマルグレーテだけ、救うことを考えよう」

「そうだよね。リーナさんは保健室に立て籠もれるし、教師だし。でも丸腰のマルグレーテちゃんは、大変だよ。馬を守って戦うだろうから、注意も分散するし」


 ランの言うとおりだ。リーナさんは教師だから、保健室に自分の防具やアイテムを常備している。学園クエストを共にしたとき、見せてもらったことがある。それに保健室だけに、回復ポーションなどは大量に備蓄がある。隠れていて、見つかったときだけ防御的に戦うなら、そう問題はないはずだ。


「行くぞっラン。旧寮に」

「うん」


 ランを背後に守りながら走る。誰もいない階段を駆け下りながら、俺の頭は混乱していた。


 ……なぜ「今」なんだ。


 実は、このイベントはゲームで知っている。勇者の血を引くブレイズがこの学園に潜んでいると知った魔王が、勇者の血筋断絶を狙い、魔物を送り込む。「学園編」クライマックスのクエストだ。


 だがそれは卒業式の後、ブレイズが学園から王宮に向かう道中の話だったはず。学園にも学園生にも、被害はない。だからこそ俺も、準備はしていなかった。ブレイズはブレイズで、主人公補正により危機を切り抜けられるのは自明だし。


 卒業式は一週間後。


 ――早い。魔族の動きが、ゲーム内史実より一週間以上早い。


「これはどういうことだ……」


 ゲームの世界線が原作から離れる方向に分岐していく中で、イベント自体が変化したっていうのか……。


「まあいい。考えるのは後だ」


 まずはマルグレーテを助けないと。話はそこからだ。


 俺の脇を、冷たい汗が伝った。



●次話、「学園長の戦い」。明日公開。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る