10-5 学園長の戦い

「モーブ。どっちに進むの」


 一階。大階段下まで駆け下りると、ランは周囲を見回した。エントランスホール正面に、校舎入り口が見えている。


「誰もいないよ。魔物も」

「奴らは空から来たに違いないからな。全部有翼種族だったろ」

「そうだね」

「とはいえ、待ち伏せチームが、入り口の外で待ち構えているはず。――裏口に回ろう」

「そうだね」


 旧寮は裏庭に面している。表から回り込むより裏口経由のほうが近いし、なにより目立たない。


「ここからは音を立てないように注意して進むぞ」

「わかった」


 魔族の狙いは、ブレイズ。つまり教室が第一の標的だ。教室は二階以上にしかないから、一階は比較的安全なはず。だからといってドタドタ走り回って注意を引くのは得策ではない。


 裏口に着いたので、片目だけ出して、外を窺った。


 特に異常はない。うららかな春の陽射しに春風。どの大樹も、気持ち良さそうに青葉を揺らしているだけ。早咲きの花の香りに、焦げたような異臭が混ざっている。上の方からは、爆発音や悲鳴が聞こえてくる。


 背後のランを振り返った。


「いいかラン。裏口を出たら、裏庭の大樹の木陰まで、一気に走る。そこで周囲の状況を把握し、それから旧寮まで駆ける。襲歩しゅうほだ。……戦闘はあり得る。覚悟はいいな」

「わかった。早くマルグレーテちゃんを助けないと。いかづち丸やいなづま丸も心配だし」

「行くぞっ」


 ふたり飛び出した。二十メートルほど離れた大樹の裏に回り込む。


「どうだ」


 とりあえず攻撃は受けてない。静かに顔を出して校舎を見ると、あちこちの教室の窓から煙が上がっている。


「見て、モーブ」


 高く指差す方向を見ると、太陽の脇、虚空にどす黒い渦が巻いており、そこからモンスターが十体ほど、姿を現した。


「あそこから出てきたんだ」

「あれ、転送魔法だよね。王国中央部は魔法で障壁を築いているのに、どうやって……」

「かなりの魔法リソースを割いたんだ。魔王にとっては勝負どころだから」


 王国に攻め入るほどの大軍勢を送り込むのは無理だ。でものんきな学園に百体や二百体の魔物を送り込むだけなら、なんとかなるんだろう。


 ――と、出てきたばかりの魔物が数体、悲鳴を上げながら墜落していった。


「屋根っ!」


 見ると校舎の屋根、一番高い時計塔のきっさきに誰か立っている。信じられないくらい巨大な弓を構え、恐ろしい速度で次々に矢を射って。銀色の長髪をなびかせながら。


「校長先生だよ、モーブ」

「あの足場でバランスも崩さず、よく連射できるな」


 さすが昔日の英雄だけある。ふと下を見た校長が、こっちに向かい、小さく「隠れろ」という動作をした。この状況で俺とランの気配に気づくとか、どんだけ鋭いんだ。俺が頷くと校長は、また魔物の渦に視線を戻した。


「さあ行くぞ、ラン。校長が目立っているから、新しい魔物の目はあっちに釘付けだ。それに他の魔物は、教室を襲うのに精一杯。チャンスだ」

「うん」


 木々の間を縫うようにして走り、旧寮の裏、馬小屋入り口に着いた。誰もいない。魔族どころか、馬もマルグレーテも。


「マルグレーテちゃんっ」

「あっ待て、ラン。気配を探ってから――」


 もう遅い。ランは馬小屋に駆け込んでしまった。俺も続く。


 奇妙なことに、馬は入り口近くの柵には入っていなかった。いつもはそこに並んでいるのに。


「マルグレーテちゃんっ!」

「ここよ」


 小声で返してきた。ずっと奥のほうから。


「敵はいない。早くこっちに」

「わかった」


 マルグレーテは、馬小屋の一番奥にいた。全ての馬を飼料置き場に隠し、守るように入り口に立って。


「マルグレーテちゃんっ」


 飛びつくように、ランが抱き着く。ふたりはしばらく無言で抱き合っていた。


「なにがあったの、モーブ」


 俺は説明した。魔物が学園に襲来し、各教室を襲っていると。魔物を空に見かけたマルグレーテは賢明にも騒がず、馬と一緒に隠れていたらしい。馬を落ち着かせるようになだめながら。


「敵は来なかったんだな」

「うん。……今のところ」


 ぼろぼろの旧寮だけに、魔物も勇者が潜んでいるとは思っていないようだな。それはいい傾向だ。ここに三人揃った。マルグレーテひとりっきりよりは、はるかに安全。パーティーバランスが良くなったし基本、隠れていればいい。


 とはいえ……。


「ところでどうしたの、ふたりとも。体が緑に輝いてるし、胸章が変化してるじゃない。……その紋章、どこかで見たことがある」


 改めて、マルグレーテが驚いている。


「話は後だ。いずれここも魔物に見つかる可能性がある。そのときの準備をしよう」

「そうよね」


 マルグレーテは、唇をぐっと引き締めた。


「わたくしたちは、まだ身を守れる。でも馬がいる。馬もみんな、守らないと……」


「マルグレーテ、手持ちの武器やアイテムはあるか」

「ポーションなら持ってる。馬の疲労回復用に持ってきた奴が。魔物を見たから、ここに集めた」


 片隅を指した。たしかにポーションの瓶がいくつも並んでいる。どの馬も、魔物の気配に不安げだ。スレイプニールだけは、飼料置き場に連れ込まれて「これ幸い」とばかりに、なんかもぐもぐ食ってるな。相変わらず度胸のある奴だ。


「お部屋に、マルグレーテちゃんにもらった杖があるよ、モーブ。アクセサリーも」

「そうだな、ラン」


 卒業試験ダンジョンでゲットした武器防具もな。アミューレットと同時に、鑑定レベルの高い教師に正確に鑑定してもらってある。結果はこうだったよ。



銘「業物わざものの剣」

クラスB装備

長剣なのに軽く、刃こぼれしにくいのが美点

特殊効果:戦闘時敵HP吸収および敵速度ダウン。ただし敵にダメージを与えた際の限定効果


銘「支えの籠手」

クラスB装備

革製で軽く、前衛・後衛とも無理なく装備できるのが美点

特殊効果:戦闘時HP自動回復および戦闘速度アップ。ただし装備者に限る



 同じダンジョンにあっただけに、レベルや効果の方向性が似ている。要はゲームの中盤くらいまでなら、まあまあ使える装備ってことさ。装備クラスはレア装備のSからA、B、C、D、Eとある。そのBだからな。なんなら終盤でだって、サポート役のサブ装備としてなら、充分活用可能だ。


 例の「アドミニストレータ」戦のように俺の攻撃がほとんど通らない場合は、剣の効果を生かせないのが辛いところ。HP吸収も敵速度ダウンも、攻撃が通ったときの話だからな。HPは敵から奪った分からのパーセンテージだし。与ダメ二なら、こちらの回復分はたったの一かゼロだ。


 それでも、この緊急時にとりあえず使う装備としては、上出来だ。


「俺が行く。ふたりとも隠れてろ。魔物が来るとしても、ここは後回しのはず。今のうちに準備に動いておきたい」

「そうだね、モーブ」

「馬を守るには、ここにいるしかないしね」

「そういうことだ」


 ふたりを残し、裏の扉を開けて旧寮内に入った。こういうとき、寮改造馬小屋は便利だ。一度外に出て身を晒さなくても、寮内にアクセスできるからな。まあその分、寮全体が馬臭いわけだが……。


 とにかく必要な装備を抱えて、迅速に馬小屋に戻る。まずはそれだ。


 俺は、階段を一気に駆け上った。




●ついに馬小屋が魔物に襲われる。モーブとラン、マルグレーテは、どう戦うのか……。次話「トラップ発動」

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