8-2 大洞窟攻略の絵図

「『突然隆起した大洞窟』、か……」


 ボロ旧寮深夜の寝台。背板ヘッドボードに寄りかかったまま、俺はダンジョン資料を広げていた。晩飯前に大会議室から借り出した奴だ。ランとマルグレーテは俺の脚を裸の胸に抱え込んだまま、すやすや眠っている。いつもどおり、ランが左脚側。マルグレーテは右だ。


 今晩は資料を読み込まないとならない。眠っているふたりには悪いが、ランプは消していない。ブランケットもふたりの腰までまくっているから、胸も脇腹も、きれいな体が丸見えだ。なんだかそそる光景だが、今はそれどころじゃない。


「さて……」


 俺は資料に集中した。


 どうやら大陸中央の大平原に突如として隆起した岩山に、ぽっかり開いた大洞窟らしい。モンスターは出ない。そこに入り、宝を回収して時間内に戻れば成功だ。


「しかし奇妙だ……」


 この詳細資料は、妙に親切だった。なんせダンジョンの全体地図が、隅々まで開示されている。しかもキーになる七箇所の宝箱、全ての場所すら明記されているし。


 前世、ゲーマーとして俺がクリアした三つの卒業ダンジョンでは、宝箱の場所どころか、ダンジョン地図すら無かった。それは攻略しながら作っていくものだ。


 この親切さ……。おまけにモンスターまで出ないんだろ。まるでクリアを待っているかのような布陣だ。一見、楽勝ダンジョンのように思える。


「だがこれ、簡単というわけではないな」


 なんせ八十五もの高難易度が示されている。男子寮食堂で晩飯を食いながら資料をぱらぱら読み込んでわかったが、それには明白な理由があった。


 まず、洞窟がとにかく広い。地図だけに目安の距離目盛りが端にある。それで計算してみたんだわ。パーティーでのろのろ歩いて宝箱を拾っていては、決められた制限時間内でのクリアなど、到底不可能。つまり非現実的なほど効率良く回らなくてはならない。


 だが学園生レベルでは転移魔法など使えるはずもないし、極レアな転移アイテムなど夢のまた夢。


 つまりこうした手段を使える高レベル冒険者でないと、クリアできっこない。さすがは八十五ってことさ。


「うーん……モー……ブ」


 マルグレーテが寝言を口にしたから、手を伸ばして頭を撫でてやった。安心したように脚を抱え込んだので、胸の先が俺のすねを柔らかく刺激してくる。


「……ん」


 夢うつつのまま、俺の腰に頭を乗せてきたため、下半身が顔のすぐ前に来た。腰が枕ってことだろうが今、目を覚ましたら、飛び上がって驚くな。いきなり男を見ちゃうんだから。すうすうと寝息がくすぐったい。このままだと変化が起きそうだ。


 そっと手をやって頭を下ろそうとしたが、マルグレーテは首を振った。


「……いや」


 俺が逃げるとでも無意識に思ったのか、むにゃむにゃ言いながら、逆に強く抱いてきた。……って、もう唇が当たってるがな。


「もういいわ。勝手にしろ」


 どうなっても知らんぞ。俺の意思に反して硬くなった奴が熱くて起きるとか……。そんとき驚くなよ、マルグレーテ。


「えーと、どこまで考えたかな……」


 雑念を散らす意味でも、俺はまた資料を掲げた。


 とにかく、宝箱を高速に回収する手段を、なにか考えなくてはならない。


「……やはり、またいかづち丸たちに頑張ってもらうしかないか」


 この洞窟は長いだけでなく、幸い幅も広い。しかも資料によれば足場は平坦で、段差や別階層なども無い。馬で回ることは、充分可能だろう。馬の脚なら、人間がてくてく歩いて回るより、はるかに速く移動することが可能だ。


 風呂で洗いっこしながらマルグレーテに教えてもらったが、馬は常歩なみあしが時速七キロ弱、速歩はやあしはだいたい倍というから、約十三キロ。駈歩かけあしが三倍で二十一キロほど。つまり自転車の速度くらいだ。俺達の徒歩の五倍だから、はるかに速い。


 さらに襲歩しゅうほ、つまり競馬並の全力疾走ともなると、時速六十キロに達する。


 モンスターが出ないから警戒不要とはいえ、これだけ広い大洞窟を端から端まで全力疾走させたら、馬が倒れてしまう。常歩かせいぜい速歩で進み、見通しのいい直線などで駈歩をさせる程度が、無難だろう。


 平均で時速十キロ出せるとして、この地図を全部回るとする。宝箱開封と中身回収にそれぞれ五分間掛かると仮定する。これが七箇所。これらを足すと……。


「入り口まで戻ってきても、ぎりぎり時間切れか……」


 ダンジョンクリアの制限時間は、三時間だ。くそっ。よくできてるわ、このダンジョン。


 ……となると、基本速歩で、駈歩の場所も多くしておいたほうが無難だ。マルグレーテもランも乗馬は得意だから、速歩駈歩も対応は楽なはず。つまり俺がネック。なんせ前世で馬なんか、小学校低学年でポニーに跨ったくらいだからなー。


 こりゃ明日から、馬術の特訓だわ。


「あと考えなきゃいけないのは、明かりとかか……」


 当たり前だが洞窟内は基本、真っ暗だろう。ところどころ天井に穴が開いていて陽が射しているかもしれないが、全部真っ暗の前提で戦略を組み立てておいたほうが無難だ。


 松明たいまつを持って進む手はある。だが風で火が消えないよう進むとなると、馬の脚も遅くなる。クリアは無理だ。


 つまりトーチの魔法で、周囲を明るくして突き進むしかない。それほど高位の魔法ではないが、術者のレベルに応じて照射範囲が異なる。学園生レベルでは、遠くまでは照らせないはず。歩いて進むならそれでも充分だが、馬を駆けさせるんだ。やはり遠方まで明るくしないと危険だし、馬も怖がるに決まってる。


 第一、マルグレーテもランも、トーチの魔法はまだ習得していない。即死モブに転生した俺は、もちろん魔法なんかひとつだって使えやしない。


「モーブ……」


 今度はランがもぞもぞした。頭を撫でてやる。ふふっと微笑んで、ランはまた夢の世界に落ちていった。見るとまだ、マルグレーテが俺の下半身に口を着けている。ダンジョン検討に夢中になっていたせいか、俺の体には変化が起きてない。


「これ写真に撮って朝、見せてやりたいわ」


 真っ赤になって飛び上がるだろうな、マルグレーテ。俺が無理やりさせたとかなんとか言い訳しながら。魔導カメラとかいうアーティファクトが王宮にはあるそうだ。なんとか借りられないかね、それ。


「じゃあやっぱり、リーナさんに頼むか……」


 何度考えても、考えはそこに戻ってきた。養護教諭のリーナさんは、俺と(多分)パーティー組みのフラグが立っている。いつぞやの馬小屋イベントで。だからパーティーに誘っても、嫌がらずに加わってくれるはず。ランと三人で、その後も細々した学園内クエストをこなしてきたから、仲だっていい。


 補助魔法と回復魔法の使い手だし教員だから、高レベルのトーチ魔法が使えるはず。とても助かる。


 それに、宝箱の問題もある。中身一覧には、「謎のアーティファクト」とかいうものも含まれていた。それだけ貴重品が収められているのだから、施錠されていたり、魔法でロックされている宝箱だって、無いとは言えない。


 モンスターが出ない限定ダンジョンだから、宝箱に偽装するモンスターがいないのは助かる。だがいずれにしろ、解錠スキルないしアイテムが必要だ。


 解錠アイテムは持っていない。スキルで言えば、初期職なら「盗賊」限定だ。上級職ならニンジャやスカウトなど、いくつかのジョブが解錠スキル持ちだ。だがもちろん、俺のチームにはいない。なんせ俺以外のふたりは詠唱型の魔道士だからな。


 だが、リーナさんは補助魔法の使い手だし、教師だけにレベルも高いはず。トーチだけでなく、解錠スキルも持っているに違いない。回復魔法も使えるから、万一馬が怪我したとき、ラン共々頼りになる。


 実は、卒業試験ダンジョンには、教師を加えることも可能なんだ。ただ、当たり前だがその分、減点される。このため「どう工夫してもあとひとつ、なにかが足りない」チームが活用するくらい。あまり一般的な戦略とは言えない。


 だが、俺のチームは減点なんかどうでもいい。卒業後の出世だの名誉だのは、俺には関係ない。教師を使ったと陰口叩かれようが減点されようが、卒業さえ勝ち取れば、目的は達せられる。


 とにかく、卒業試験に合格できるだけのポイントさえ稼げればいいんだ。幸いこのダンジョンは、難易度八十五。しかもクリアさえすれば満点通過になる変わった設定だ。教師ひとり分の減点くらいあっても、合格は鉄板だろう。


 俺は雑草、即死モブだ。全てに恵まれたブレイズと違い、ゲーム開発者がなんのスキルも特技も設定してくれなかった。与えられた条件で、生きていくしかない。


「ならこれで決まりだ」


 自分に言い聞かせるように呟くと、資料をテーブルに放り投げた。もう寝る。


 ……って、マルグレーテの奴、いつの間にか俺の下半身、握り締めてるじゃん。こんなん笑うわ。ますます写真に撮っときたいな、これ。なにか喧嘩になったら、それ見せて「でもお前、こんなことしたよな」って言いたいというかさ。


 マルグレーテお前、お父様に殺されるぞ。……てか、むしろ殺されるのは俺か。そらそうだ。


「ほらどけ、マルグレーテ。俺も横になるぞ」

「モー……ブ」


 頭をずらして仰向けにさせた。きれいな胸が丸見えになったが、ガン見するのも悪いしな。一瞬だけ鑑賞すると、寝台に滑り込む。もう眠いし面倒だ。ランプはつけっぱでいいわ。


 俺が体を横たえると、ランがくっついてきた。


「モーブ、お疲れ様」


 今は瞳を開けている。


「起こしちゃったか。悪かったな。俺も寝るわ」

「モーブ、体冷えてるよ」

「真冬だからな」


 裸で起きてたんだし。


「私があっためてあげるね」


 俺の体を包むようにすると、頭を胸に抱え込んだ。


「こうすると温かいでしょ」

「ああ。温かい」


 てか、夢のようだわ。柔らかいしすべすべしてるし温かいし。胸の先だけぷっくりしてて、俺の頬を刺激してくるし。


「ほら寝よっ、モーブ」

「ああ」


 てか眠れるかなー、これ。むしろ目がバキバキに覚めて襲いかかるまでありそう……。


 目をつぶると、ランが頭を優しく撫でてくれる。背後からマルグレーテの腕が回ってきた。こっちがもぞもぞやってるから、夢うつつでくっついてきたんだろう。


「モーブ……」


 俺をぎゅっとして、肩に唇を当てている。背中に温かな体と柔らかな胸を感じる。硬くなっている胸の先も。冷え切っていた俺の体は、ふたりに優しく挟まれて温まってきた。


 マルグレーテ、母親に甘えられなかった過去のせいか、俺の体に口を着けるの好きなんだよな。キスとかそういう意識じゃなく。


 多分、授乳の代償行為なんだと思うわ。さっきだって俺の下半身に、無意識に唇で触れてたし。あれ意識的にやられたら俺、前に立ち塞がるフラグいくつもなぎ倒して、一気にR18展開まで突き進む自信あるわ。




●次話、モーブの依頼を快諾した養護教諭リーナさんは、ブレイズのとんでもない行動を明かす……。


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