6 俺の誕生日イベント

6-1 バースデイディナーの誘い

「ねえモーブ。今日の晩ご飯は、特別だよ」


 馬の匂い漂うボロ旧寮、俺達の居室の夕方。制服姿のランは楽しげ顔だ。


「はあ? なんかあったっけ。特に学園創立記念日でもないよな」

「忘れてるの、モーブ」


 マルグレーテが、呆れたように笑った。いつものように寝台に腰を掛け、脚を組んで俺を見ている。制服のスカートが短いから、そうするといろいろ微妙に見えてしまいそうだ。


「な、なんだよ……」


 そう言われても、なんの心当たりもない。


「今日は九月二十一日。モーブの誕生日でしょう」

「……そうなのか」

「そうなのかって……モーブったら。受ける」


 ケラケラ笑っている。


 いやそもそも、即死NPCキャラ「モーブ」に、ゲーム内で誕生日なんか設定されていたはずはない。てか、「俺の誕生日」じゃねえか。リアル俺の誕生日。


 なんだよ、転生したついでに、それが上書きされたってことか。Zクラスは学園イベントすら設置しないで放置のくせに、変なとこだけ凝ってるな、このゲーム。


「マルグレーテちゃんと、いろいろ相談したんだよ」

「私達三人、晩ご飯はいつも別でしょ」

「まあな」


 俺が男子寮、ランが女子寮、マルグレーテはSSSクラスだから、貴賓食堂で教師連中と特別食だ。


「誕生日でもそれって、寂しいじゃない。……だからわたくしが手配したの。貴賓食堂の個室を」

「三人で晩ご飯、食べられるよ。モーブと晩ご飯、初めてだぁ」


 ランはもう、うっきうきだ。


「俺とラン、Zだぜ。貴賓食堂に入ったら、叩き出されるだろ。負け犬は自分の餌場で餌食えって」

「大丈夫。話は着けてあるから」


 マルグレーテは頷いた。さすがは上流階級の娘。地方貴族とはいえ、それなりに力は使えるんだな。


「今日は貴賓食堂の料理人が、モーブのために特別料理を作ってくれるのよ」

「マジか」


 あそこの飯、ガチうまいからなー。俺がそれ腹いっぱい食ったのは、七月の遠泳大会でのケータリングだけ。あんときゃ食堂使うって話でもなかったから、「遠泳大会のクラス戦略」って絵図で、なんとか手配できたんだわ。


 それ以外だと、たまーにランが弁当箱に詰めてくる、「前日の貴賓食堂晩飯の残りを一般食堂の朝食に出したときのさらに残り」を、ごく稀に味わうだけだからな。


「その……費用は」

「気にしないで」


 マルグレーテが、俺の手に手を重ねてきた。


「これはわたくしの気持ち。エリク家の者は、礼儀を尽くすのよ」


 前も言ってたなーそれ。


「ならまあごちそうになるか」


 この借りは、どこかで返せばいいや。


「やったっ!」


 ランが飛び上がった。


「さっそく行こっ」


 立ち上がって、俺の手を引っ張る。まあランも喜んでくれてるし、いいか。それに俺も三人で食べるの楽しみではあるし。


          ●


 貴賓食堂は、本校舎内の最上階、つまり五階中央にあった。ゴシック建築的ってのかこれ。とにかくハリーポッターみたいな玄関ホール脇の重厚な階段をぎしぎし軋ませて五階まで上ると、正面廊下。足首まで埋まる豪勢なカーペット。左右の壁には、誰だか知らんおっさんや姫様のポートレイト絵画が、ずらっと並んでいる。


「うわ。立派だねー、ここ」


 ランが見回している。


 この階にあるのは、学園長室と大会議室、貴重な書籍が収められているという王立学園図書館。それに武器庫とかいう物騒な噂のある大倉庫。あとは貴賓食堂だけだ。


 調理場は四階にあり、校舎裏手の隠し階段で貴賓食堂と繋がっているんだと。


「そうだな、ラン」


 考えたら俺もランも、五階なんて来たことなかったわ。底辺Zクラスとは、食堂どころかどの機能も縁が無いしな。


「マルグレーテはこの階、飯以外でも来るのか」

「そうね。図書館は割と使うわよ。貴重な魔道書がたくさん収められてるし。……というか、ヘクトールの魔道士系学園生は、だいたいここで、一心不乱に呪文丸暗記してるわね」

「はあ、なるほど」


 Zの連中でそんな殊勝な心掛けの奴、皆無だからなー。ランは俺といるのが一番大事だから、呪文にしたってマルグレーテにもらった例の辞書、俺の隣で読んでるだけだし。


「さあ、行きましょ」


 ふかふかの廊下を進んで正面の扉を開けると、そこが貴賓食堂だった。開けた途端、香草やクリーム、調理中の高級肉の匂いなど、得も言われぬほど心地良い香りが、俺達を包む。男子寮一般食堂の、古く劣化した揚げ油の臭いとは大違いだな。


 男子寮食堂は全員大テーブルで養鶏場のように並んで飯を食う。ここは違うな。数人掛けの丸テーブルが、二十いくつか並んでいる。なんての、「結婚式の披露宴会場」というかさ。


 もちろんあんなハリボテ食堂とは違って、テーブルから調度品まで、歴史を感じさせる高級感に溢れた品ばかり。処女航海に出たタイタニックとか、こんな感じだったんじゃないか。天井の高さだって、五メートルくらいはある。


 三メートルほどの重厚な大理石彫刻が、正面に飾られている。これ多分、正義の女神テミスだな。ギリシア神話の。左手に善悪を計る天秤、右手に悪を滅ぼす長剣を掲げてるから。本来のゲームでは食堂イベントとか特に無かったから、俺も貴賓食堂を見るのは初めてだ。


「おっ!」


 叫び声がして、俺達に視線が集まった。落ちこぼれ底辺Zクラスとはいえ、俺とランは学園の有名人になっている。誰かが気づいたんだな。場違いなZ野郎が貴賓食堂に入ってきたと。なんせ本来、立ち入り禁止だからな。


 つい今の瞬間まで各テーブルごとの談笑で賑やかだった食堂だが、潮が引くように静かになった。なにが起こったのかと、みんながこちらを見つめている。


 いや別に殴り込んだわけじゃないし。飯ゴチに来ただけだし。


「行きましょ。こっちよ」


 それだけ口にすると重圧に負けず、マルグレーテは風を切って進んだ。ランと手を取り合って、胸を張り。俺も続く。


 貴賓食堂を使えるのは、S「キリン」、SS「サラマンダー」、SSS「ドラゴン」の三クラスだけ。ぱっと見た感じ、どのテーブルも、各クラスごとに固まっているようだ。見覚えのある顔から判断する限りではあるが、各クラス七つかそこらのテーブルを使っている感じ。


 別レベルのクラス混成テーブルはないんじゃないか、これ。席次は決まってないというから、自然に分かれてるんだろう。なんせ王立冒険者学園ヘクトールは、クラス階級が全てのカースト制度みたいなところだからな。


 でもなんだなー。そういう世界なのに、これでマルグレーテは、Zクラスの俺やランと仲がいいと、全校に宣言したも同然だ。SSSの奴が絡むのは、SS、よっぽどのことがあって、Sまで。


 そんな学園なのに、自分の立場を悪くしてまで俺の誕生日を祝ってくれるとか、マルグレーテ、いいとこあるじゃん。


「おう、教師もいるんだな、やっぱ」


 ただ、教師テーブルがあるわけじゃない。教師連中は、多くがSSSクラスのテーブルに散っている。ごく一部がSSやSのテーブル。多分いろいろあるんだろな、これ。教師については適当にローテして毎日飯食うテーブル変えるんだろうし。


 ちなみに、どのテーブルを見ても、我らがZクラスが誇るハゲ担任はいない。Zは学園生だけじゃなく、担任まで差別されてるのかよ。笑うわ。あのじいさん、男子寮でも食ってないし、どこで飯にしてるんだろな。謎だわ。


「こっちよ、モーブ」


 マルグレーテが、テーブルの間を器用に擦り抜けた。どうやら個室は、食堂最奥部らしい。そこにある仰々しい扉に向かって、歩いている。


「いた」


 ブレイズ発見。個室脇、女神テミス前の、上座席。ハーフエルフの学園長や数人の教師と同じテーブルだ。他に学園生は居ない。なんだよ特別扱い中の特別扱いじゃんか。さすが主人公。


 俺達を見て、自慢げに胸を反らしている。俺を見下す瞳で。まあせいぜいランにアピールしろ。自分は特別な存在、選ばれた男だって。


 今さら無意味だけどな。俺が毎日ランと添い寝してると知ったら、こいつどう思うんだろ。


「入りましょ」


 重厚な仕掛けを操作して、マルグレーテが扉を開けた。




●次話、ついに始まった個室での誕生日ディナー。蜂蜜酒に、王室由来の伝統料理の数々。モーブを前にしたマルグレーテは……。

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