5-8 隠しルート技
「うおーっ!」
「あそこ見ろっ! 海っ」
透き通った深い水中から水面に。俺とランが顔を出すと、小島のビーチから、どよめきが沸き起こった。
「なんだあいつら。どこから来た」
「ゴール直前に、急に現れたわよ」
「馬鹿言うな。スタートから、まだ一時間半も経ってない。泳げるわけない速度だ」
見ると、ゴールの浜に、審判や教師連中だけでなく、結構大人数の学園生が立ってるわ。全員水着姿。多分だけど、早々リタイアした連中が、船で先に送られてきたんだろう。
「いや。よくわからんが、魔法かなんかでショートカットしたんだ」
「そんな魔法あるわけないだろ。瞬間転移魔法は、上位職の大賢者にならないと使えない。何十年も修行が必要だってのに」
「伝説の男でさえ、十年で大賢者になって奇跡と称えられたのよね。学園生レベルでなれるはずない。転移アイテムじゃないかしら」
「それならまだわかる。……でも極レアアイテムだぞ」
「そんなことより誰だ、あいつら。SSSのドラゴンか」
「まだよく見えん」
「……Zよ」
「は?」
「んなわけあるか。あいつら浜辺で宴会やる構えだったじゃないか」
「だよなあ。今頃まだあそこで楽しく飲み食いしてるだろ。全員リタイアする気満々で」
「いや、Zだ。入試で天才ブレイズを謎技でぶっ飛ばした、例の野郎だ」
「モーブだってのか。……じゃあもうひとりはランか?」
「そうよ。今、女の娘の顔がはっきり見えた。ランよ。ということは、片割れは相棒のモーブに決まってる」
「あいつら、早くもパーティーになってるからなー。プライベートでも恋人同士って噂だし」
「それにしてもモーブの奴、またしてもどうやって……」
大騒ぎになってるな。ランと恋人と思われてたんか、俺。……まあ嬉しいけど。
「ラン、水飲んでないか」
「うん。平気」
隣に浮かぶランが、俺に微笑んだ。
「面白かったーっ。岩の割れ目に入ったら、すうっと水中に吸い込まれて。ねえ子供のとき、岩の上から小川の淵に飛び込んだじゃない。あんな感じで」
「だよなー」
「で、ここどこ」
見回した。ランの金髪が、今は濡れてしっとりしている。
「あの島がゴールだ」
「へえーっ。モーブの言うとおり、本当にショートカットしたんだね」
「そうそう。……じゃあ、ちゃちゃっとゴールするか」
「わかった」
ランと一緒に泳ぎ始めた。てかラン、犬かきなんだよな。ちょこちょこ動くから、どえらくかわいいわ。それに犬かきにしてはえらい速く進むんだけど。謎だわ。
ランが速いから、平泳ぎの直後狙いだったクラスメイトも半数くらいは、途中結構離されてたわ。残念だったな。でも全員、かわいい尻くらいは見られただろ。それでカンベンしてくれや。
「おっ。泳ぎ始めた」
「マジかこれ。記録とんでもないことになるぞ」
「歴代一位は確実だ。しかもふたりも」
「歴代一位どころじゃないわよ。こんなの、百年後でも破られない。……だってあり得ないもの」
「実際どうやったんだ。モーブとランは」
このショートカットは、バグ技じゃないんだ。ゲーム開発者が、テストプレイの確認用に作った抜け道。シューティングゲームで、コマンド入力による無敵モードってあるじゃん。開発者がルートを確認するための。あれと同じようなもん。
それがとあるゲーマーに発見され、ミニゲーム攻略法として、ユーザーに広まったわけよ。
開発元は修正しなかった。闘技場バトルバグは、ゲームバランスを崩すから露見から早々に修正された。でもこれは、しょせん一過性のミニゲームだけの話。プレイヤーに有利に進められても、大きな問題はない。そもそもバグでもないし。それより次々現れるガチバグの穴を塞ぐのに必死だったからな、運営は。
この抜け道を、今回利用したってわけさ。
「海って気持ちいいねー、モーブ」
すいすい進みながら、ランは楽しそうだ。
「だなー」
いや俺もそう思うわ。前世でも、辛いとき、仮病で会社サボって反対方向の電車に乗り、湘南の海眺めて何時間も過ごしたもんだわ。……まあ翌日、鬼のように詰められるんだけどさ。
「それに私、海って初めて。広くて波がざぶーんっとしてて、見てるだけで気持ちいい」
そうか。考えたらランは山奥の寒村育ち。海なんか話に聞くだけで、見たことないに決まってるもんな。
「さて、もう足着くだろ。さっさと上がろう。冷たい飲み物でももらって、初めての海見て夏を楽しもうぜ」
「わあ楽しそうだね。さすがモーブ」
腰くらいの水深だ。俺とランが立ち上がると、大歓声が上がった。
「うおーっ。これゴールまであと一分もないぞ」
「てかそれより、ラン見ろよ。……すげえ」
「スタート地点では黒いローブで隠されてたからな」
「め、女神の水着姿……」
「スタイル奇跡だろ。神のご加護でもあるんか、ランに」
「俺、生きてて良かった」
こいつらSかSSか知らんが、感想だけは底辺のZと変わらんな。
「ほらラン、手を繋いで」
「うんモーブ。離さないでね」
「安心しろ。お前は俺がずっと守ってやるから。これからもずっと」
「……モーブ」
ふたり手を繋いで浜に上がり、仲良くゴール地点のマーカーを超えた。
「ゴールーッ!」
審判が絶叫した。
「一位Zモーブ、二位Zラン。時計を確認するまでもなく、ふたりともヘクトール記録だ」
誰か事務方がタオルを持ってきてくれた。フィニッシャー――つまり完泳者の席に案内される。簡素な木と布のデッキチェアに腰を落ち着け、ランと手を繋いだまま海を眺めた。
出された飲み物もこれ、貴賓食堂の品だろ。魔法で冷やされてるし、やたらとうまい。
「気持ちいいねー、モーブ」
「そうだな、ラン」
俺の肩に頭を預け、ランは楽しそうだ。
「……おっ、誰か見えてきたぞ」
三十分も寛いだだろうか。遠くの水面が白く波立つのが見えた。近くに救護船がいるから、誰かが泳いでいるのだろう。
「うおーっ!」
遠くから、泳ぎながらの吠え声が聞こえる。これ、ブレイズだな。いつもながら、熱血の叫びだし。ブレイズあっぱれ。あんだけ他クラスのヘイト集めて魔法で妨害されつつ逃げ足使ったのに、潰されなかったんか。さすが本来の主人公だけあるわ。
だんだん人影が大きくなってきた。ブレイズの後ろ、約一分遅れあたりに数人いる。二、三人ずつ別行動をしているから、それぞれクラスは別だな。多分だが、ブレイズを守ってきたSSSドラゴンと、潰そうとしてきたSSかSだろう。その後ろ、わずかに離れて、十人くらいの大集団がいる。これがどのクラスかが、結構ポイントになりそうだ。
「やったーっ。一位を守り切ったぞっ!」
高く拳を突き上げ、ブレイズが立ち上がった。ざぶざぶと水音を立てながら浜に駆け上るとゴールマーカーを通過して、そのままぶっ倒れる。
「はあ……はあ……」
肩で大きく息をして、いかにも苦しそうだ。
「ゴール。三位SSSドラゴン、ブレイズっ」
審判が右手を上げた。
「さ、三位!?」
倒れたまま、ブレイズが顔だけ起こした。まだ立ち上がれないらしい。信じられないといった顔つきだ。
「バカな。僕は一番で飛び込んで、途中誰にも抜かされなかったはず。どういうことです」
「審判のミスだと主張するのか」
厳しい表情で、審判がブレイズを見つめた。
「いえ。ただ、なにかの間違いではないかと」
黙ったまま審判は、フィニッシャー席を指差した。ブレイズが顔を回す。
「まさか……」
涼しい顔でデッキチェアーに横たわりドリンクを楽しむ俺とランを見て、口をぱくぱくさせている。なんの言葉も出てこない。
ひと目で、俺とランがずっと前に海から上がったのはわかったはず。ランの髪は乾いていて、海風に優しく揺れてるしな。
「……どうして」
ブレイズは、泣きそうな顔になった。
●モーブの「みんなで夏の海を楽しむ」路線と、ブレイズの「全員真面目」決議。ふたりの戦略が真っ向からぶつかりあったクラス対抗遠泳大会。次話、その最終結果が明かされる。そしてハーフエルフの学園長が、モーブに謎の助言を残す……。
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