5-7 底辺クラスZ、ランの後ろを争う

「さて、そろそろ泳ぐぞ」


 俺の声に、クラスメイトが反応した。


「待ってました」

「でもいいんか、モーブ。俺達、ゆっくり泳ぐだけで」

「ああいい。全員、自分のペースで進んでくれ。もうダメだと思ったら、すぐ救護船に合図を出してリタイアしろ」

「リタイア多いとスコアがなあ……。まあZはどうせ総合ビリ確定だから、関係ないとは言えるが」

「誰がビリだと言った」

「違うのか」

「俺は勝ちを狙ってる。俺達底辺Zクラスが総合優勝だ。ヘクトール史上最大の番狂わせ、ジャイアントキリングを見せてやるよ」

「マジか」


 もう俺達……つまり二十人くらいしかいないのに、今日イチ、浜が動揺した。全員、半信半疑……というか零信全疑といった表情だ。


「どうやる」

「どうって、俺とランがワンツーフィニッシュするのよ。そうなりゃ、残りはいくらリタイア多くても、なんとか優勝できるだろ」


 ブレイズの真面目戦略もあり、今年の上位クラスは潰し合いになる。どのクラスも、リタイアが例年よりはるかに多いはず。なら上位クラスが平均していいタイムを収めようが、ワンツーを押さえた俺達にも、充分優勝の可能性がある。そう俺は踏んでいた。


「どうやってワンツーするんだよ。もう一時間過ぎた。トップの連中は、半分くらい進んでる。モーブとランがどれほど速かろうが、今さらここ最後尾から追い上げたって、トップどころか、中位にすら追いつけまい」

「お前ら忘れたのか。この大会は、ショートカットありだ」

「そりゃそうだが」


 紋章オタク「ラオウ」が、眉を寄せた。


「その技を使えるのは、どこかのマーカーを回って方角を変え、別の島に行くパターンの場合だ。でも今年は潮の都合で、ほぼほぼまっすぐのコースだぞ」

「そうだそうだ。ショートカットしようがないだろ、モーブ」


 あちこちで首を傾げている。


「あるんだよ、それが。……ただ全員はできないんだ。俺と心が強く繋がった、俺のパーティーの奴だけ、ショートカットできる」

「それがランなんだな。なるほど」

「よし。わかった」


 立ち上がった奴が、クラスメイトを見回した。


「なあみんな。俺達、モーブにめいっぱい楽しませてもらった。これからモーブの戦略で負けても、なんの文句もないよな」

「文句なんかあるもんか。毎年最下位だぞ、俺達。むしろここまでで大感謝だ」

「そうだそうだ。うま飯にランの水着。楽しい宴会にランの水着だからな。この後遠泳と、ランの水着だ」


 いやお前、どんだけ水着に飢えてるんだよ。


「じゃあ始めるぞ。準備はいいか」

「いつでも来いっ」

「頼もしいな。……ラン」

「なあに、モーブ」


 ランが見上げてきた。


「ランは泳げるよな」


 ゲームの遠泳イベントで知ってはいるが、一応確認しておく。


「もちろん。村の小川の淵で、一緒に泳いだでしょ。子供のとき、裸で」

「だなー」


 言ってはみたが、悪いが知らないんだ。ゲーム開始は、あの魔族来襲のイントロイベント。それ以前のことは、プレイヤーである俺は、さっぱりだからな。ゲームの中のモーブは子供時代、貧乏なりにランと楽しく遊んでたんだろう。そうであることを願うよ。ランとモーブのために。


 本来のゲームでの遠泳イベントでは、ランはもちろんSSSドラゴン所属。主人公ブレイズと一緒に泳ぐんだ。


 ゲームではこのイベ、ちょっとしたミニゲームになっている。プレイヤーはブレイズを操作し、渦巻きや別チームの妨害魔法が仕掛けられた海を泳ぐ。SSSのクラスメイトは、自動でプレイヤー、つまりブレイズの後をついてくる。操作が下手だとひとりまたひとりと脱落し、プレイヤーのポイントが下がる。最終的に、別チームの総合ポイントとの比較で、プレイヤーの順位が決まる。


 ただただブレイズだけうまく泳がせればいいってもんじゃない。コースの障害を読みながらルートを変え、後続の脱落をいかに防ぐかがコツ。ミニゲームにしては熱い。


 ブレイズを操作してクラスが優勝から三位までに入れば、順位に応じたゲーム内通貨とレアアイテムが手に入る。四位以下は、ゲーム内通貨と消費アイテム。最下位でも一応お情け程度の報奨はあるが、ほとんどのプレイヤーは、成績が悪ければリセットしてイベントをやり直す。


 俺がゲームプレイ三周めに入る前には、すでにこのイベントの鉄板攻略法が発見されていた。俺はそれを使うつもりだ。……ただしそれは、バグ技ではない。


「いいかラン」


 俺はランに話しかけた。


「泳ぎ出したら、あの夫婦岩めおといわに向かえ」


 ちょっと離れた位置にある大小ふたつの岩礁がんしょうを、俺は指指した。


「いいけどあそこ、コースからかなり外れてるよ。ほぼ真横だもん」


 困惑顔だ。


「いいんだよ、それで。岩に着いたら、俺が先行する。俺の後に続け。こちらから見えない岩の反対側に、ちょっとした割れ目がある。そこに入るんだ」

「岩に着いたら、モーブの後ね。わかった」


 ランは頷いた。


「もう準備は大丈夫か」

「うんモーブ。ストレッチもしっかりしたし。それにさっき歌って踊ったから、体も温まってるよ。ほら」


 俺の手を取ると、水着の胸に導いた。


「ねっ。温かいでしょ」

「……ああ」


 ヤバっ。柔らかっ。


 思わず揉みそうになるのを、わずかしかない俺の理性全集中でなんとか回避。踊ったからまだ鼓動が速く、ランの胸はトクトク言っている。嫌がっているわけではないとランにはっきりわかるよう、ゆっくりと手を離した。傷つけたくはない。


 てか嫌がるどころか……って奴だけどな。考えたら女子の胸を手で味わったの、前世含めて初めてだわ俺。初体験超うれしい。とはいえラン、無邪気なのはいいけど、たとえ無意識とはいえどあんまり煽ると、もうとっとと子作りするぞ、お前と。


「よし、まずランが先行しろ。俺は全員が海に入ったのを確認してから、後に続くから」

「じゃあ行くね、モーブ」

「ああ」


 じゃぶじゃぶと膝まで漬かると、俺を振り返った。


「なるだけ早く来てね。寂しいから」

「わかったよ、ラン」


 頷くと、ランは泳ぎ始めた。


「よし」


 俺は仲間を振り返った。


「みんなも泳ぎ始めろ。ランはコースを外れるから、気にするな。まっすぐコースを辿って――って……」


 言うまでもなかった。俺の話が終わる前に全員、鬼の形相で海に飛び込むと、ランの背後を争って我勝ちに泳ぎ始めたからな。どえらい水しぶきが上がっている。水しぶきを見て判断するだけなら、SSSクラスより速いんじゃないかと誤解されるわ。


 いやお前ら、どんだけランの平泳ぎガン見したいんだ。海神ポセイドンの加護で水中でも地上同様よく見通せるとかいう、貴重な魔導ガラスのゴーグルを着けてる奴までいるからな。親元から送ってもらったんだろうが、金持ってるなー。


 水しぶきのあまりの激しさに毒気を抜かれて、そんなことを、俺はぼんやり考えていた。




●Zクラスwww

次話、モーブ「秘技」炸裂で、遠泳大会はヘクトール史上に残る大混乱・大混戦に!

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