5-6 底辺クラスZ、意地の団結力

「す、好き……」


 熱い吐息が、首に掛かった。瞳を閉じたランの唇が、俺を求めて近づいてくる。


「おい、モーブ」


 脇から声が掛かった。


「飯もあらかた終わった。そろそろどうよ。……約束の」


 はあー……。


 今、いいところだったのに。


 告白イベとか、元のゲームだと学園編ではまだなくて、その後の新米冒険者編のラスト中ボス戦直前くらいだぞ。それだってキスシーンはまだないからな。キスイベは、もっともっと後だわ。


 それがここまで早くなっている。ゲーム内の恋愛フラグに大変動が起こっている証拠だ。……ということはやはり、幻に終わったR18版のシナリオを取り入れ始めているのか。ハーレム展開するR18版で、キスイベントをそこまで終盤に置くのも不自然だ。ゲーム開発者がイベントを前倒しに配置し直した可能性は高い。


 死ぬはずの俺が生き残り、このゲーム世界に干渉したからだろうが、世界線が今、ゴリゴリ音を立てて変わり始めている。だというのに、お前は邪魔するのか……。てか、ややこしい理屈は抜きに、シンプルに俺のファーストキス(前世含む)返せ。


 俺は、ほっと息を吐いた。


 だがまあ約束だ。仕方ないか。


「じゃあ宴会を始めるか」

「待ってましたっ」


 拍手が巻き起こった。


「んじゃあ最初は、約束どおり、ランのオンステージな」

「昨日夢に見た」

「母ちゃん俺、生きてて良かった」

「んふーっ」


 わけわからん溜息をついてる奴までいる。


「ラン、一発かましてやれ」

「いいよー。モーブも聴いてねっ」


 立ち上がったランが、みんなの前の砂浜「ステージ」に立つ。黒いローブをぱっと脱いだ。現れたのは、購買部マネキンで男子垂涎の的の、例の「けしからん水着」だ。


「うおーっ」


 Zの連中が、ランの周囲に殺到する。


「お前、前に出すぎるな。約束は二メートルだ」

「わかってる。お、押されたからだ」

「ほら早く場所代われ」


 大騒ぎになっとるな。


 それもそうだろ。ランが着ているのは水色に大きな花柄のワンピース。胸と腰にひらひらフリルの付いた、ちょっと子供っぽいデザインだが、なぜか胸ぐりが大きい。それを着ているのが、「スタイル抜群」の標準から胸だけ百二十%拡大コピーしたような美少女だ。


「きえーっ生きてて良かった」

「お前、さっきもそれ言ってただろ」

「ま、魔導カメラが欲しい」

「あんなもん、王国で三つとないぞ。アーティファクトだからな」

「め、目が乾くう」

「どうした」

「ランの姿を一秒でも長く焼き付けたくて、まばたきしとらん」

「アホ」


 まあ気持ちはわかる。興奮しなかったら、男じゃないね。俺がこの遠泳大会参加を決めたのも、「ゲームの水着イベント無視する馬鹿おる」って発想だし。また巻き毛の長い金髪が、ランの真っ白な肌に似合ってるのよ、これが。


 砂浜に寝転がって、なんとか下からのアングルを楽しもうとするやからまで出たからな。たちまち引きずり出され、最後尾に回されて涙目になってたが。


 多少ハメ外そうが構わん。遠泳中ランのすぐ後ろを全員に見せるのは、無理だ。でもこれならみんな、少なくともランというキャラクターを楽しむことはできるからな。ボディーという意味じゃなく、ランという人間性を。


「一番、ラン。村の民謡を歌います。はあーっ」


 きれいな声で歌い始めた。


「やれんソーランソーランソーランはいはい」


 アイドル丸出しの美少女が、野太い民謡をがなり始めたので、クラスメイト、やんやの大受けだ。


「空の小鳥にきのこを問えばあ、わたしゃ蜜鳥みつどりわしにぃけやい。やさえーえんやーあーのぉどっこいしょ」

「はーどっこいしょーどっこいしょー」


 適当にメロディーを拾いながら、全員、ランの歌に合わせている。合いの手を受け、ランも楽しそうに踊る。水着の胸がばるんばるん揺れて、ランの汗を弾いた。いや破壊力凄いわ、これ。


「雪の小栗鼠こりすにどんぐり問えばぁ、わたしゃ子持ちで、どんぐり欲しいやい。やさえーえんやーあーのぉどっこいしょ」

「はーどっこいしょーどっこいしょー」


 大受けのまま、ランのオンステージが終わった。


「二番、俺。先生の物真似しますっ」


 誰かが立ち上がった。「ステージ」真ん中まで出てくると突然、砂浜に突っ伏す。白い水泳帽を頭から被っているのは、ハゲ表現だろなあこれ。


「誰じゃ、わしを起こしたのは。モーブ、お前か」


 顔を起こして見回している。


「なんだかわからんが、とにかく多数決で否決された」


 全員、どっと笑った。


「ではわしは仕事に戻る。ぐぅ……」


 寝たままになったのを、二、三人で引きずり出す。


「次、三番。魔法を使った手品をしますっ」


 楽しい宴会が続いた。


 浜にいるのは、俺達Zと、すっかり空になったケータリングを片付けている料理人連中。それにスタート監視員の事務方。それに俺達をサポートする救護船。あとはこっちを遠巻きにしている、俺達底辺Z担任のじいさんくらいだな。じいさん、さっきまで学園長となにか話してたわ。学園長はもういない。船に乗って、ゴール地点の小島に先回りしているはずだ。


「さて、そろそろ泳ぐぞ」

「待ってました」


 宴会もだらけてきた。ちょうど一時間くらい経ったし、いい頃合いだろう。俺の言葉に全員、立ち上がってストレッチを始めた。




●今回もやや短くて恐縮です。推敲しているうちにまたしても五千字をはるかに超えたので、読みやすくするため二話に分割しました。今回も次話は本日昼12:33に公開します。一日二話の変則的な公開になりますが、よろしくお願いします。コロナ禍のゴールデンウイークだし二話、じっくり楽しんで下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る