3-2 スペシャルスイーツで「あーん」ぱくっイベ

「ちょっと教科書、見てみるか」


 Zクラスの教室。ランと弁当を食べながら、午後イチ授業「魔法概論」の教科書を取り出してみた。今日の部分を開く。今日の部分たって、みんな勝手に読むんだから、俺が読んでる部分ってだけだが。


 えーとなになに……。




――魔法には、マナ召喚系と呪文詠唱系がある。それぞれは全く異なり、術者は生来、どちらかの魔法しか使えない。呪文詠唱系は、術者のスキルに威力が強く依存する。術者のレベルが上がれば強力な魔法を使えるようになるが、強力な魔法は詠唱にも時間が掛かる。詠唱中は無防備な欠点がある。マナ召喚系は瞬時に発動できるが、バトルフィールドに存在するマナ量に威力が左右されるので安定しない。――




「なるほど」


 とは思うが、それゲームで知ってるからなあ……。まあ、ゲームバランスをうまく取ってるのは認める。


「ここにいたずら書きがあるよ」


 覗き込んでいたランが、余白を指差した。




――とか書いてあるけど、世界には両方を使える術者とか、ハイブリッド魔法があるって言うからなー。この教科書古すぎるわ。何十年前の情報だよ――

――俺も聞いたことある。でも見た奴はいないって噂――

――どっちにしろ、Zクラスの俺達が使えるはずもないし無意味だわ。お前ら真面目かよ。もっと笑える書き込みしろ。あの居眠り教師のハゲ頭に消しゴムぶつけたら、どうなったかとか――




「みんな、いろいろ書いてるねー」

「ああ。この書き込みなんか日付書いてあるけど、二十年も前だぞ。てことはあの教師、その頃からZクラスで居眠りしてたんか」

「ふふっ。かわいいよね。あの先生」

「そうかあー。やる気ないだけだと思うが」


 呆れたわ。この教科書、何十年前から受け継がれてるんだよ。それにゲームでは、マナと詠唱のハイブリッドとか、ないけどな。攻略ウィキにも書いてなかったし。


「Zクラスは、のんびりしてていいよねっ」

「そうだな」


 一応同意はしてみたがラン、本気か……。


 Zクラス学園生は基本、やる気のない奴ばかり。貴族や王宮官僚にコネを作ろうと入ってきた金持ちの息子ばかりで、入試で「適性ほぼなし」と判断されたものの、寄付金たんまりだから落第放校処分にもできずにZクラスに配属、みたいなパターンだ。


 俺やランのような、実力枠の庶民はいない。そういった連中は実力があるからこそ無い金をなんとか工面して学園を受けたわけで、最低でもCクラスくらいには配属されている。


 そもそもDクラスの下なんだから、本来はEが妥当だ。なのにそれすらおこがましいってんで、「Z」って名前にされてるんだからな。どれほど実力ないクラスかって話よ。


 クラス名にしても、SSSの「ドラゴン」、SSは「サラマンダー」、S「キリン」とか、どのクラスも伝説のモンスターとか神獣とかが愛称になっている。それに基づいた凝ったデザインの胸章が制服に施され、クラスの団結を誇っている。


 Zクラスにひとり、紋章に詳しいオタクみたいな奴がいるんだ。SSS胸章のドラゴンが握っている「珠」は宝玉で、それは貴重な宝物ほうもつを隠して溜め込むという、ドラゴンの習性を象徴しててどうのこうのとか、誰にも聞かれてないのに、上から順に全部ペラペラ解説してたわ。


 なのに俺達Zなんか愛称なし、胸章はただ「Z」一文字だけの刺繍だ。放置扱い極まれりというかさ。紋章オタクもDまでは饒舌だったけど、Zまで来たら黙り込んでうつむいてたからな。こんなん笑うしかないだろ。


「ランは女子ひとりで寂しくないのか。……友達欲しいとか」

「寂しくなんかないよ」


 心底意外というように、目を丸くしてみせた。


「だってモーブさえ居てくれたら私、それだけで幸せだもん」


 Zクラスに女子はいない。女子のほうが男より多少は真面目だから、最悪でもDクラスにひっかかるからさ。なので女子はランだけだ。


 男ばかり二十人ほどのクラスに美少女ひとりだから姫化しそうなもんだが、意外なことに誰も近寄っては来ない。実力がSSSクラスと知れ渡っている上、桁違いにかわいいから、気後きおくれしてるんだと思うわ。


 おまけにランは、俺べったり。誰はばかることなくデレまくってるからな。それを間近に見ている分、声かける度胸もないんだろう。地元ではちやほやされていた金持ちがZに落ちた段階で、負け組コンプ凄いだろうし。


「大きな声では言えないが、Zは腐ってるからなー」

「そう? 授業もお弁当も楽しいけど」


 ランは気にもしていない様子だ。


 でもなあ……。Zの連中、多分、来年には退学する奴も多いだろうしさ。


 というのも、ここヘクトールには、学年という概念がないんだ。新入生は能力に応じ、既存クラスに配属されるだけ。


 一年間でひととおりのカリキュラムをこなすと、三月の年度末に卒業試験がある。ある水準に達し合格すれば、卒業。落第すると成績に応じクラス替えが行われ、また一年授業を受ける。もちろんそこに、新入生も入ってくる。


 当然、何年経っても卒業できない奴も出るわけだが、大体は数年で諦めて退学していく。Zに配属された連中なんか、卒業試験に合格するはずはない。だから多くは今から一年後、春の訪れと共に退学していく。Zに配属されたのに何年も粘る奴なんか、普通はいない。たとえ十年在籍したって卒業できる実力じゃないのは自明だし。


 一年でいなくなる率が突出しているのは、ZとSSSドラゴン。つまり両極端だ。Zは退学者が多いから。ドラゴンはもちろん、ほとんどが卒業するから。なんたって、最優秀クラスだからな。


「私は楽しいよ。モーブと一緒にいられるし。入試のときSSSクラスに配属されてたら、こんな風にふたりでご飯とか、できなかったでしょ」


 まあ、それはそうだ。


「それよりぃ……」


 食べ終わった弁当箱をふたつ、自分のバッグに仕舞う。


「じゃーんっ」


 机の上に、小さな瓶をふたつ置いた。中身は金色のスイーツ。


「今日はなんと、デザート付きだよー」

「マジか。これ発酵蜂蜜のケーキじゃんか」


 うまいんだよなーこれ。滅多に飯には出ないんだけど。


「多分、昨日の貴賓室の余り物だと思うよ。全員分は無かったから」

「なんでもいいよ。うまいんだから」

「えへっ」

「貴賓室で晩飯に出た残りってことか。ブレイズなんかは昨日、できたて食ったんだろうな」

「いいでしょもう、ブレイズのことは」


 手を伸ばすと、俺の頬を撫でる。


「せっかくふたりっきり、こうして楽しく毎日過ごしてるんだもん」

「そうだな、ラン。俺が悪かった」


 たしかに。そうは思うんだがブレイズ、やたらと俺に突っかかってくるからなー。俺も無視したいんだが、つい気になる。なにやってももうランが取り戻せないの、わかりそうなものだが……。


 そもそも厳密には寝取ったわけでもないからな。堂々たる主人公のくせに、チンピラみたいな逆恨みしてどうするって話。


 だってそうだろ。ランの心がまだ誰の物でもないときに、ランが俺にデレただけ。将来ブレイズのメインヒロインに収まるというゲームの既定路線から、世界線が分岐したわけで。俺が強引になにかしたって話じゃない。


「じゃあ食べようか。ふたりで」

「うん」


 嬉しそうに頷く。


 このスイーツ実際、ひと晩置いたにしても、味はいい。捨てるのはもったいない。ましてやランとのランチタイムイベントだからな。即死モブとしては夢のようなシチュエーションだ。


 それに俺、前世では半額弁当ハンターだったからな。それと同じだわ。SDGsで廃棄物削減に一番協力してたの、俺じゃね。もったいない精神が身に染み着いてるわ。まあ安いからってのが、薄給の底辺社畜にはでかかったんだけどさ。


「はい。モーブ、あーん……」


 ケーキを匙ですくうと、ランが俺の前に突き出した。


「あーん」ぱくっ。


 甘みとかすかな苦味が混ざり合った、発酵蜂蜜ならではの旨味が広がった。口から鼻へと、香ばしい香りが駆け抜ける。……こりゃ絶品だわ。


「おいしい?」

「ああ」

「やーん、モーブかわいいっ」


 腕を胸の前に立ててフリフリし、楽しそうだわ。ランの大きな瞳が、いつもより少しだけタレ気味になったし。ブレイズの奴、こんな楽しいランチタイムしてないだろうしな。「あーん」ぱくっイベントとか、あのド真面目キャラだと永遠に無縁だろうし。


 おう。教師が入ってきた。まだ時間前だけど、珍しくやる気があるんだな。


 教壇に座ると、寄り添って仲良くケーキを食べる俺とランを、ちらりと見た。なんか微笑んだような気がするわ。


 と思ったら、もう突っ伏してるし。なんだよハゲ。やっぱりやる気ないじゃん。一秒でも長く昼寝したかっただけだろ、これ。年齢不詳なほど歳取ったじいさんだし、首にするわけにもいかないからZクラス担任になっている。そういう、もっぱらの噂だからなー。


 時間になったら勝手に教科書開いて黙読しろってか。Zクラス、マジイベント起こらないなー、これ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る