1-2 モブの俺に、メインヒロインがデレた

「これでいいかな、モーブ……」


 ひざまづいて墓に土を盛っていたランが、振り返って俺を見上げた。


「もう充分だよラン。ほら、立ちな」

「ありがと」


 手を貸して立ち上がらせてやる。


「魔物って残酷だよね。死体は全部燃やしちゃうんだから」

「そうだな」


 魔法を使って高温の炎で焼くから、骨すら残らない。俺とランでわずかに残った灰を集め、土に埋めて村人全員の墓としたんだ。


「お祈りしよう」

「うん」


 俺に寄り添うと、ランが瞳を閉じた。鎮魂の詩を呟いている。俺も目を閉じ、死者が平和な黄泉の国に辿り着けるよう祈った。転生してすぐこのイベントになったんで、正直、村の人にはなんの感情も抱けないが、孤児として育ったモーブは違うはず。モーブの気持ちを推し量って、俺は祈った。


 それにしてもラン、ゲームでは回復系の強力な魔法使いに育つんだが、この現実?てかこの時点ではまだあんまり魔法に目覚めてないみたいだな。目覚めていたら、鎮魂魔法を使って魂から祝福アイテムを入手できるんだが。


「さあ、もういいんじゃないかな」


 背後から声が掛かった。ブレイズが突っ立っている。


「早く王立冒険者学園に行こうよ。親や村人のかたきを討ちたいからさ」


 焦れたような口調だ。


 ブレイズ、両親が死んだってのに泣きわめくどころかたいした動揺すらせず、随分あっさりしてるな。まあゲームキャラがこの村で一年も二年もうじうじ悩んでたら話が進まないしな。こういうものなのかもしれないが。


「勝手に行けばいいだろ。俺とランは別行動だ」

「そ、そんなこと言うなよ」


 困ったように眉を寄せている。


「幼馴染じゃないか、僕達」


 そうは言ってもなー。それはゲーム内でのモーブの話で。お前と知り合って俺、まだ半日とかなんだけど。ろくに会話もしてないしさ。


「どうする。モーブ」


 俺の手を握り、ランが見上げてきた。この世界での俺、ちょっと背が高いからな。


「そうだな。とりあえず村外れの倉庫を調べよう。そこで当面の食料や必需品を見繕って、その後のことは、そこで考えよう」

「そうだね」


 ぱあっと、ランの顔が明るくなった。


「モーブって、頼もしい」

「なんでいちいちモーブにお伺い立てるの、ラン。ここに僕がいるじゃないか」


 お前はゲームの主人公だもんな。しかも本来、ランはお前にくっついていってそのままパーティーにも参加し、ハーレムのメインヒロインに収まる役だ。悪かったな。序盤イベで死ぬはずのモブ役が生き残って。


「だってモーブは……」


 眩しそうに俺を見上げる。


「私の命の恩人だもん。モーブがいなかったら私、死んでた」

「そ、それは……たまたまモーブが居たからだよね。僕がキノコ採取に行ってなかったら、それは僕の役だったかもしれないのに」


 いや本来のストーリーでもお前は不在なんだよ。ランが自分の判断で生き残っただけで。


「そもそもブレイズお前、なんでまだここに居るんだよ。学園に行くって、さっき息巻いてたじゃないか」


 なのに俺とランが行かないと言うと、なんだかんだぐずぐず言い訳して、俺とランが村人を葬る後をついてきたし。申し訳程度に手伝いながら。


「それは……僕だって……両親を弔いたいからね」


 口ごもっている。正直に言えよ。パートナーとしてランが欲しかったって。


「もう弔い終わったよ、ブレイズ」

「そ、そうだね、ラン……」


 ランにまで塩対応されて、ブレイズは諦めたかのように溜息をついた。


「……なら僕、先に行ってるよ、学園に。ランも後で来てよね。……モーブが一緒でもいいからさ」


 言い残すと、すたすた歩いていく。ランにまで拒絶されて恥ずかしいから、逃げたな。「自分が先に行く」体にして、かろうじてプライドを保って。


 なんかかわいそうな気がしたが、こっちはこっちで生きてかないとならない。金持ちのブレイズと違い、俺もランも一文無しだ。悪いが自分の命を優先させてもらうわ。


 まだくすぶっている煙の向こうにブレイズが消えるのを、ランは黙って見送っていた。煙で見えなくなると、俺を見上げる。


「さて、私達も始めようか。これからどうやって暮らすのか、ふたりっきりで考えないとね」

「そうだな、ラン」

「私、ちょっと怖い……あっ」


 寄り添ってきたので、肩を抱いてやった。


「モ、モーブ……」


 恥ずかしそうに下を向く。


「ランは俺が守ってやるよ。だから安心しろ」

「う、うん……」


 俺の胸に手を置くと、頬を寄せてきた。


「頼りにしてるよ、モーブ」

「任せろ」


 とは言ったものの、これからどうなるかは正直、よくわからん。


 でも俺はこのゲームを三周プレイした。その知識があれば、なんとかなるだろ。そもそも魔王を倒すとかそんな危険に飛び込む気、さらさらないし。そういうのは主人公たるブレイズに任せる。せいぜい世界を救ってくれ。俺は俺で、ゲーム世界の隅っこで楽しく暮らすわ。


 低収入激務童貞の底辺社畜が、十五歳に若返ったんだ。これまでできなかったあーんなことやこんなこと、経験するチャンスじゃん。


 メインヒロインのランが、早くも俺にデレた。これだけでも、前世よりはるかにマシだわ。


 ゲームでもランは素直な性格。主人公の言いつけをよく守るし、困ったときは頼りになる。主人公が疲れたら、豊かな胸で思う存分甘えさせてくれて、エッチなイベント寸前まで進むし。そりゃファンコミュニティーで鉄板人気になるはずだわ。二次創作も、ラブラブ系から鬼畜系まで、ランが一番人気だしな。


 そのヒロインと、俺はこの世界で人生をやり直すんだ。開発者が俺のストーリーを考えなかったくらい、なんてこたないわ。俺が自分で作ってやるよ。俺だけの物語をな。


「任せとけ、ラン」


 俺は、もう一度繰り返した。


「この世界でふたり、楽しく暮らそうな」

「モーブ……」


 ランは、うっとりと瞳を閉じた。

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