1-3 R18世界線に分岐するか考えた

「こんな感じでいいかな」

「そうだなラン。いいと思うよ」


 倉庫で、当面の食料や必需品を入手した。それを分野別に床に並べ終わったところだ。


「これだけあれば、何か月は暮らせそうだね」

「そうだな。その間に森で果物や木の実、肉なんかも手に入るし、冬も越せるだろう」

「みんな居なくなって寂しいけど、モーブが居てくれたら私、なんとか元気でいられそう」

「俺もだよ、ラン」

「モーブ……」


 また抱き着いてきたので、頭を撫でてやった。


「モーブになでなでされると、なんか落ち着く」


 タレ気味の瞳を閉じて、うっとりしている。


 なんかラン、ゲームの印象より随分早くデレるな。ゲームだと学園編の後半くらいからだからな、主人公ブレイズにデレ始めるの。それまではただの友達ルートだし。


 これ、モブの俺が生き残ったからかな。それで予定外のシナリオに世界線が分岐して、世界の運命が変わり始めてるのかも……。


「じゃあ休憩だ。お茶でも飲もうか」

「なら私、井戸から水汲んでくるね」

「頼む」


 初期村イベントは終わった。もう魔物が来るわけもないから安全だ。


「おいしいね、お茶」

「ああ。誰が残してくれたのかしらんが、一級品だな」


 実際、香りもいいし、甘みと渋みが入り交じった、複雑な旨味がある。リアルという名のクソゲーでは飲んだことのないうまさだ。ゲーム内のが現実より茶がうまいとか、どういうことよ。


「きっと村長さんのだよ」

「ブレイズの家じゃないのか。あいつんち金持ちだし」

「あそこは大きいから家に保管してただろうし、それに……ケチだったから」


 くすくす笑っている。


 そっかー。主人公ブレイズの家はケチなんか。そんな裏設定、ゲーム内では語られなかったわ。


「あっ見て」


 なにかを見つけたランが、木のカップを置いた。倉庫の隅にあるキャビネットから、なにかの書類がはみ出している。


「なんだろこれ」


 見てみると、王立冒険者学園の受験許可証だった。ブレイズのものではなく、モーブとランと、名前が書いてある。


「後見人の欄に、村長さんの名前があるよ」

「本当だ」


 言ってはみたが、まあ俺、村長の名前なんか知らないけどな。ゲーム上ではそこ、深堀りするまでもなく皆殺しになったわけで。


「どういうことだ」

「そう言えば前、村長さんが言ってたよ。私とモーブからは、なにか力を感じるって。こんな辺境の村で一生を終えるのは、もったいないって」

「へえ……」


 初期村とはいえ、それなりのドラマがあるもんだな。まあゲームが現実化したんだとしたら、考えてみたら当たり前かもしれん。


「私達の分の願書、ブレイズの分と一緒に出してくれてたみたい」

「受験費用も出してくれたんか」

「うん……」


 書類と一緒に添えられていた村長の書付を、ランは読んだ。


「貧乏な村だから、受験の費用だけでごめんって書いてある。でも私とモーブなら、絶対特待生になれるって。学費免除の」

「そうか……。村長に見る目があるといいけどな」

「あるよ」


 珍しく、ランが俺に反論した。


「村長さん、昔は名の通ったパーティーで冒険してたんだし」

「そうなんか」

「いやだモーブ、忘れたの」


 くすくす笑ってる。


「魔法の怪我でろくに動けなくなったから、国王陛下にもらった報奨のお金で、ここ辺境を開墾して村を開いたんでしょ。酔っ払うといっつもその話だったじゃない」

「そうだったっけか」


 ランには悪いがまあ正直、知らんからなー。ゲーム内のモーブなら知ってるんだろうけどさ。


「ねえどうする、モーブ。ブレイズの後を追う形になっちゃうけど、学園に行ってみる?」

「そうだなあ……」


 この倉庫を拠点にして、ここで暮らすのはたやすい。冬を越せばまた新芽も出るし、そこで食料を調達するなりすれば、何年も過ごせるだろう。


 ……ただし、俺とランが健康であれば、の話だ。村の医者はもう殺された。ここはゲーム世界のど田舎。なにか病気になれば、隣村に行かなければならない。ランの話では、隣村まで、歩いて二日ほどだそうだ。病気の身で、露営までしながらそれはキツい。食あたりとかでふたり共倒れれば、どちらかが看病するわけにもいかない。


 それに……。


 俺の手を取り大人しく返事を待つランを見て、俺は考えた。このデレ方では、遅かれ早かれここで子供が生まれるだろう。いくら俺が前世童貞だとはいえ、こんなかわいい娘にデレられて、長いこと我慢できる気はしない。この世界に避妊具とかないだろうし。


 元のゲームはR15レーティングだが、ハーレム展開が大好評でR18版の開発も進んでいたという。だがR15版のバグがあまりに多く、対応に忙殺された開発元は、R18版を開発半ばで封印した経緯がある。


 俺とランの物語が、幻に終わったR18版世界線に分岐していくのだとしたら、その先が心配だ。ゲームの展開からして、たとえR18ルートに分岐しても、早々と妊娠イベントはないだろう。だが、ここはゲーム内とはいえ現実だ。実際どうなるかは断定できない。


 万一そういう事態になれば産婆の手配もあるし、乳児の世話と日々の家事をふたりっきりでこなすのは、かなり難しいだろう。


 社会的インフラの整ったどこかの村なり都市なりに、いずれ落ち着かなければならない。なら、生活機能を完備した全寮制の学園というのは、当面ひとつの選択肢になりうる。


「運試しに受験してみるか、ラン」

「うん」


 頷いた。


「モーブが決めたなら、私はそれでいいよ」

「ふたりとも特待生にならないとな。でないと学費なんか払えない。俺達は孤児。金が有り余ってるブレイズとは違うんだ」

「そうだね」


 ランは顔を引き締めた。


「モーブの足手まといにならないように、私も頑張る」

「まあそう緊張するな。ダメならダメでいいんだ。そんときゃまたこの村に戻って、なにか別の方法を探そう」

「わかった。……モーブって頼もしいね」


 眩しそうに、俺を見上げてきた。


 実は問題は、ランより俺だ。なにせランは、もともとゲームのメインヒロイン。イベントとしての学園入試は、クリア保証も同然だ。だが俺は違う。本来ここで死んでたキャラで、特殊能力なんか、ゲーム開発者が設定していたはずもない。


 王立冒険者学園は、基本、貴族の子弟が経歴に箔を付けるための存在だ。そこに地方豪族やら豪商やらのガキどもが、寄付金をたんまり積んで、お情け入学を許される。残りの数少ない枠が、真の実力枠。そこを、王国各地の天才秀才が奪い合う修羅場になっている。


 ブレイズとランは、主人公補正で楽勝。だが、ただのモブである俺はなあ……。


「ま、なんとかなるっしょ」


 絶望的な状況でも俺は、一縷いちるの望みを持っていた。


 俺は、この世界を外部からプレイしていたプレイヤーだ。そしてこれは有名なバグゲー。とにかく大量のバグが存在する。バグってのはうまく使えさえすればある意味、チートのようなもの。それこそマリオの昔から、バグを利用した裏技を、ゲーマーは活用してきたんだし。その手を使えば、なんとかなるかも……。


         ●


 それからいろいろあって、俺とランは王立冒険者学園「ヘクトール」の門を潜った。もちろん入学試験を受けるためだ。講堂と呼べるほどにだだっ広いエントランスホールに受付が設けられ、受験生が何人か列を作っている。俺とランは最後尾。てことは今日の受験枠、俺達で最後だな。


 冒険者を育成するこの学園の受験は、もちろんペーパーテストではない。すべて実技。そのため全員揃っての同時受験など必要ない。一定の期間内に試験を受けるだけでいい。合格者は五月雨さみだれ式に決まっていく仕組みだ。


「あっラン。やっぱり僕を追ってきてくれたんだね。ありがとう」


 知った声が、横から掛かった。


「ブレイズ。……もう入学したんだね」

「そうだよ。ランも早く入ってよ。楽しいからさ」


 歴史と伝統に彩られたヘクトールの制服ブレザーを身にまとい、今の立場が楽しくて仕方ないといった表情だ。それから、俺にちらりと視線を飛ばした。


「モーブもね。せいぜい頑張ってね」

「制服、似合ってるな、ブレイズ」


 なんか自慢したいオーラが凄かったから、試しにこすってみた。


「気がついた?」


 嬉しそうに舌を出した。


「僕、ドラゴンクラスになったよ。SSS級なんだ」


 胸のクラス紋章を、指差してみせた。ドラゴンが二匹絡み合う、複雑な模様が、刺繍で形作られている。


 さすがは主人公。あっさり最上位クラスに配属とか、よっぽどいい成績だったんだろうな。


「ランなら、絶対SSSだよ。せっかく僕を追ってきてくれたんだもの。同じクラスで過ごしたいよね。そうだ。僕が、学園長にこっそり掛け合ってあげようか」


 いや無理だろ。どんだけ好成績を出したのかは知らんが、入学したばかりのただのガキに、学園長が便宜を図るわけなんかないわ。


 俺の前世、つまり底辺社畜の経験からして、あり得ないとわかる。社畜バカにすんなや。自分を大きく見せるのも大概にしとけ、ブレイズ。それじゃ、ブラック企業によくいる、「うまくいったら俺の手柄、失敗したら部下のせい」ってクズと同じじゃんよ。


「ねえラン」


 ブレイズは、ランの手を取ろうとする。


「いやっ」


 ランは俺の陰に隠れた。


「別にブレイズを追ってきたわけじゃない。私とモーブの未来のために来ただけだもん」


 俺を見上げる。


「ねっ、モーブ」

「そうだな、ラン」


 腰を抱いて、ぐっと抱き寄せてやった。


「ふたりで頑張ろうな、ラン」

「モーブ……」


 熱い瞳で、じっと俺を見つめるラン。俺達ふたりの様子を見て、さすがにブレイズも、なにかを悟ったようだ。


「そ、そんなあ……。僕、僕とランの未来のために頑張ったのに……」


 がっくりと肩を落とした。




●次話から新章「王立冒険者学園ヘクトール、入学試験」

なんの能力も与えられていないモーブは、この難関クエストをどう攻略するのか……。

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