花畑へ

 昼食後、タフィたちは再びカーナヴォンへ向かう馬車に乗り込み、群生地の最寄であるヴァネティ村で途中下車した。


「ラッシャーさんの話だと、こっから川沿いに歩いていくってことだったけど、一応誰かに聞いておこっか。……あ、すいませーん、ちょっと場所聞いてもいい?」


 カリンは通りすがりのおじさんに声をかけた。


「おういいぞ」


「この辺にニジイロソウの花畑があるって聞いたんだけど、おじさん場所知ってる?」


「ああ、そこだったらこのまま村ん中を突っ切って行くと川にぶち当たるから、そしたらそのまま上流の方へ行くんだよ。で、ずーっと歩いていくと人の頭みたいな岩があるんだけど、花畑はそのすぐそばだ。ただ、あそこは今黄色い花ばっかりで、ニジイロソウなんかほとんど咲いてねぇぞ」


「うん、それはわかってるから大丈夫。どうもサンキューね」


 おじさんは小首をかしげながら去っていき、タフィたちは言われたとおり川へと向かっていった。


「そりゃっ」


 川へ着くなり、タフィは川面に向かって石を投げた。


「あー、2回かぁ……」


 水切りの結果に満足できず、タフィは再び石を投げたものの、今度は1回跳ねただけで水中に没した。


「……もっかいだな」


「ちょっとタフィ、遊んでないで行くよ」


「はいはい、わかったよ」


 カリンに注意されてタフィは水切りをやめたが、良さそうな石がないか、キョロキョロと探しながら歩いていく。


「ったくガキなんだから……。ところでボイヤー、今更だけどあんたニジイロソウのことについてどれくらい知ってるの? 正直なとこ、うちその花のことよく知らないんだよね」


 カリンはタフィの石探しを黙認しつつ、ボイヤーに尋ねた。


「僕も基本的なことしか知らないですよ。とりあえず、ニジイロソウはバラ科の植物で大きさは50センチくらいです。名前のとおり、虹と同じ7色の花びらが特徴なんですけど、同じ場所で7本以上が集まって咲くと、花びらは単色になって、全体で虹色を表すようになるんです」


「え、全体で表す? それって何、集団芸みたいに赤担当の花、青担当の花って感じで花毎に色を分担するってこと?」


「そういうことです。なので、咲いてるのが6本以下だとこういう色の変化は起きないんです。逆に咲いてる数が多いと、その分だけ担当できる色が増えるので、グラデーションみたいな感じになるそうですよ」


「へぇ、それはちょっと見てみたいわね……タフィ」


 カリンはピシャッという水音を聞いてすかさず振り向く。


「……一投だけにしときな」


「はい……」


 タフィは手に持っていた平べったい石を、そっと静かに置いた。




「あ、なんかあそこに岩っぽいもんがあるけど、あれがそうなんじゃねぇの?」


 タフィの足の裏が少し痛み始めた頃、ようやく目印の奇岩らしきものが視界に入ってきた。


「あー、あれっぽいね。あ、ちょっとストップ」


 奇岩らしきものをカリンが確認したのと同時に、対岸に巨大生物が姿を現した。


「何?」


 タフィは振り返ってカリンのことを見た。


「向こう岸にアーチサウルスが出てきたのよ」


 アーチサウルスは二足歩行の肉食恐竜で、全長はおよそ5メートル。頭部には名前の由来となったアーチ状のトサカが付いていた。


「あ、本当だ。しかもなんかこっちに向かってきてるな」


 川幅は15メートルほどあるが、水深や流れの速さなどは、アーチサウルスが渡河するにあたって支障にはならない。


 なので、アーチサウルスはためらいなく川へ入っていったのだが、タフィはほとんど怖さを感じていなかった。


「おっし、俺が倒してやる」


 対人戦などを経験して、タフィは戦闘に対する自信を深めていた。


「このでかさなら一撃だろ」


 タフィは手のひらほどの大きさがある角ばった石を見つけると、アーチサウルス目掛けてそれを打とうとした。


「おわっ!」


 その瞬間、左足を乗せた石がズズッと動き、タフィはバランスを崩して派手に転倒した。


 アーチサウルスはチャンスとばかりにタフィとの距離を詰めていく。


「それっ」


 見かねたカリンは、アーチサウルス目掛けて勢いよく槍を放つ。


「グギャァアア!」


 槍は脳天に突き刺さり、アーチサウルスは断末魔の叫びをあげながら絶命した。


「ボイヤー、悪いけどあいつに刺さった槍回収してきてくんない?」


「わかりました」


 ボイヤーは槍を回収するため、アーチサウルスに向かって飛んでいった。


「随分と派手に転んだわね」


「あんな滑るとは思わなかったよ」


 タフィは擦りむいた手で汚れを払っていた。


「こんなのはまだかわいいもんよ。しかも石をどかしたりすれば、簡単に滑らなくできるんだからさ。ぬかるみとか氷の上なんかは、こことは比べ物にならないくらいに滑るんだから、滑りにくい打ち方っていうのも考えておいた方がいいわよ」


「例えば?」


「そうねぇ……足を動かさずに上体だけで打ってみるとか」


「足を動かさずに……おっと」


 タフィは試しにオープンスタンスのままバットを振ってみると、振った瞬間に体がのけぞり、そのまま後ろによろけてしまった。


「そのままじゃ使えないわね。あ、サンキューボイヤー」


 槍を回収し終えたボイヤーが飛んで戻ってきた。


「はい、姉さん。それと、僕上から見たんですけど、あの岩の近くで黄色い花がまとまって咲いてました」


 ボイヤーは槍を手渡しながら報告した。


「あ、やっぱあれが目印の岩だったんだ。じゃ、さっさと行こう」


 3人は岩の方へ向かって歩き始めたが、現状を見たタフィの顔はどこか冴えなかった。

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