コーツの反応

 翌日、タフィたちは馬車に乗ってベルツハーフェンへと戻り、そのまま学園にいるコーツを訪ねていた。


「……ったく、あいつも余計なことをべらべらとしゃべりやがって」


 コーツはタフィからカーナヴォンでアグレと会った話を聞き、一瞬顔をしかめた。


「おじいちゃん、なんであんなおもし……甘酸っぱい思い出があることを教えてくれなかったの?」


「こういう風にからかわれるのが嫌だからだよ。それより、絵を見せてみろ」


 コーツは明らかにこの話題を終わらせようとしているが、カリンはもうちょっと何か聞き出したいと食らいつく。


「ねぇ、最近はあのニジイロソウの花畑には行ってないの?」


「……最近は行ってねぇな」


「そうなんだ。やっぱり、花畑がダメになったから行かなくなったの?」


「ダメになった?」


 初めて聞く事実だったのか、コーツは驚いた表情でカリンのことを見た。


「そう。なんかラッシャーさんの話だと、何年か前から黄色い花が咲き始めて、ニジイロソウがほとんどなくなっちゃったんだって」


「そうか……」


 コーツは再び絵を見始めたが、その顔はどこか寂しげだった。


 カリンもそれ以上は何も言わず、しばし無言の時が流れる。


「おもしろくねぇな」


 なんの前置きもなく、コーツはタフィに向かってそう言い放った。


「え?」


 カリンとのやり取りが間に挟まっていたせいか、タフィは何に対する言葉なのか理解できなかった。


「お前、儂が喜びそうなものとして、この絵を持ってきたんだろ?」


「そうだよ。あ、もしかしてその絵がおもしろくなかったの?」


「違うな。絵自体は儂好みの良い絵だ。あくびをしてるっていうのも、おもしろくっていいや」


「じゃあ、何がおもしろくないっていうんだよ?」


「お前、カリンに儂が猫好きだって聞いてこれを選んだんだろ」


「そうだよ」


「それがおもしろくねぇんだよ」


「は?」


 タフィは言っている意味が理解できなかった。


「猫好きに猫のものを送る。間違ってはいないが、当たり前すぎておもしろくない。もうちょっとこう驚きというか、感動的なみたいな心に響く要素がないと、儂は喜べないな」


「……つまり、この絵じゃ卒業できないってこと?」


「そういうことだ。だから、もういっぺん探しに行ってこい」


「マジか……」


 タフィとボイヤーの卒業試験は、また一からやり直しとなってしまった。




 学園を後にした3人は、タフィの家で昼食を食べながら、今後のことについて話し合っていた。


「相手の好きなもんをあげたんだから、素直に喜んでくれたっていいじゃんか。なんだよ、当たり前すぎておもしろくないって……」


 タフィは愚痴をこぼしながら、マッハお手製のチキンピラフを口に運んだ。


「うちも経験したけどさ、卒業試験は一筋縄ではいかないんだよ」


 カリンはやさしくフォローする。


「それでどうします? あの感じだと、普通に好きなものをあげてもダメそうですよね」


 ボイヤーは曇った表情でイカの串焼きにかぶりつく。


「そうねぇ、もっと柔軟に考えてみないとダメかもね」


 カリンは豚バラの串焼きを食べながら考える。


「逆に嫌いなものをやった方が心に響くんじゃねぇの。ラッシャーさんに聞いて、プロポーズの場面でも再現してやるか」


 タフィは少し投げやりに言ったのだが、意外にもカリンはこの考えに賛意を示す。


「それいいかもね」


「え、マジで学園長の前で寸劇やんの?」


「違う違う。うちらの手で、プロポーズをした花畑を元に戻してやるのよ」


 カリンの奇抜な提案に対し、ボイヤーは慎重な意見を示す。


「元に戻すって、おもちゃを直したりするのとは訳が違うんですよ。それにそもそも、そういうのってありなんですかね?」


 ボイヤーは「喜ぶもの=喜ぶ品物」という認識であった。


「ありよ。おじいちゃんの言った“喜ぶもの”っていうのは、別に物質的な“もの”だけを指してるわけじゃないんだから。それと、やる前から簡単に諦めるもんじゃないよ」


「すいません……」


 特に怒られたというわけではなかったのだが、ボイヤーはなんとなく謝ってしまった。


「じゃあ、ご飯食べ終わったら、早速花畑に行くよ」


 一切現状を確認していなかったが、タフィたちはコーツの思い出の地であるニジイロソウの群生地の復活に、挑むことにしたのだ。

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