若き日のコーツ

「今から50年以上昔の話だ。コーツの親父さんは独立闘争で活躍した凄腕の武道家だったんだが、ある時自分を高めるために『俺は誰のどんな挑戦でも受けて立つ』って宣言したんだよ。そしたら腕に覚えのある猛者たちが各地からどんどん挑戦しにやって来たんだけど、そのうちの一人がサマンサの親父さんだったんだ」


「へぇ、それはうちも知らなかった。ひいおじいちゃんが武道家だっていうのは聞いてたけど、おばあちゃんのお父さんもそうだったんだ」


 カリンも初耳だった。


「違う違う。サマンサの親父さんは学者で、学力で勝負を挑んだんだよ」


「え、学力? ……あ、もしかして、“どんな挑戦でも”って言ったから?」


「そういうことだ。まぁ、挑む方も挑む方だが、受ける方も受ける方だよ。男に二言はないってことで、その挑戦を受けたんだ」


「どうやって勝負したの?」


 カリンは勝負している様子が全く想像できなかった。


「問題はそこだよ。異種すぎて同じ土俵では戦えない。かといってどちらかに合わせれば、その時点で勝負がほぼ決まってしまう。困ったコーツの親父さんは、タフィのひいじいさんに相談したんだよ」


「え?」


 突然の親族登場に、タフィはびっくりした。


「話を聞いたタフィのひいじいさんは、即座に勝負は無理だと判断したらしい。で、なんとか勝負しない方向で話をまとめたんだが、折角武道の達人と学問の達人が出会ったんだから、2人で学校を作ったらどうだって言って、そのまま流れで学校ができちゃったんだよ」


「流れでって、流れで学校ってできんの?」


「そこがお前のひいじいさんのすげぇとこだな。2人をその気にさせただけじゃなく、場所やら何やら段取りをあっという間に整えちまったんだから」


「へぇ~、ひいじいちゃんすげぇな。今度じいちゃんに話聞きに行こう」


「話が逸れたな。それで2人の年齢や実績からコーツの親父さんが学園長、サマンサの親父さんが副学園長になって、互いの苗字を合わせてゴッチ・エルシア学園って名前になったんだ。でな、さらに折角お互いに年頃の子供がいるんだから、一度引き合わせてみたらどうだって話になったんだよ」


「……もしかして、それを言ったのもタフィのひいおじいさん?」


 カリンは話の流れからなんとなくそう思った。


「そのとおりだよ。ただ一応言っておくが、あくまできっかけを作っただけで、2人をその気にさせたりはしてなかったぞ。付き合うのを決めたのもあの2人だし、結婚を決めたのもあの2人だ。俺はどっちの場面も見届けてるから断言できる」


「え、見届けた? ちょっとそれ詳しく聞きたい」


 カリンは逃さず食いついた。


「あいつら、2人とも恋愛に関して奥手でな、互いに好意を抱いてるのがわかってるのに、どっちも自分から告白することができないんだよ。もうやきもきしてさ、仕方ねぇから俺が骨を折って、サマンサが好きなニジイロソウがたくさん咲いてる場所へデートに行くように仕向けて、そこでコーツの背中をバシンと叩いてやったんだ。プロポーズの時だってそうだよ。付き合って2年の記念だってことで、2人をまた同じ場所に連れ出して、告白の時と同じようにコーツの背中を叩いてやったんだよ」


「そうだったんだ。ちなみに、その場所ってどこにあるの?」


「あそこはな、こことベルツハーフェンの間にヴァネティ村ってとこがあるんだけど、その近くを流れてる川を上流に向かって歩いていくとあるんだよ。ただ、何年か前から背の高い黄色い花がたくさん咲き始めて、ニジイロソウがほとんどなくなっちゃたんだよ」


「あ、そうなんだ……」


 アグレの思い出話はここで一旦終わり、午後からはいよいよタフィたちをモデルにして絵の作成に着手した。


「じゃ、タフィはフルスイングするバッター、カリンは『しまった……』という雰囲気を醸し出すキャッチャー、ボイヤーは審判な」


 3人はアグレの指示に従ってポーズをとる。


「カリンとボイヤーはそれでいいな。タフィ、打球はレフト方向に飛んでるから、視線もそっちに向けてくれ」


「……こんな感じか?」


 タフィはレフト方向に大飛球を放ったイメージでポーズを直す。


「おお、それでいい。じゃあ、描くか」


 絵の構図が決まったところで、アグレはおもむろに猫耳が付いたカチューシャを頭につけた。


「ちょ、ちょっと待って、それつけて描くの?」


 アグレは平然と絵を描こうとしたが、タフィはスルーできなかった。


「そうだよ。これをつけないとな、猫の気持ちになれないんだよ」


「猫の気持ち……」


「描くもんの気持ちがわかんないとな、良い絵は描けねぇんだよ」


「それをつけると、猫の気持ちになれるんすか?」


「当たり前だろ、だからつけてんだよ。……そうだ、お前らも猫耳をつけろ。猫の気持ちがわかってた方が、モデルもやりやすいだろ」


「え!?」


 タフィたちの反応など無視して、アグレは半ば強引に猫耳カチューシャをつけさせた。ただし、サイズがなかったので、ボイヤーにはつけさせていない。


「よし、これで良い絵が描けるな」


 満足したアグレは快調に絵筆を走らせ、日暮れ前には絵を完成させた。


「ご苦労さん、お前たちのおかげで良い絵が描けたよ」


 絵が描き終わるのと同時に、アグレは猫耳カチューシャをとった。


「あー、やっと終わったか」


 それを見てタフィとカリンも猫耳カチューシャを外す。


「お茶入れるから家ん中入れ。それと、欲しい絵も選んでおけよ」


「ほーい」


 タフィたちは家の中に入ると早速絵を吟味し始め、アグレは画材を片付けながらお茶の支度をする。


「僕はこの絵がいいと思います」


 色々とあるなかで、ボイヤーが選んだのはブランコで遊んでいる猫の絵。


「うちはこの絵がいいかな」


 カリンが選んだのはあくびをしながら本を読んでいる猫の絵。


「俺はやっぱこれだな」


 タフィが選んだのはギターを弾いている猫の絵。


 3人はどれをもらうかで迷ったが、最終的にカリンの「おじいちゃんの好みはこの絵だよ」の一言で、あくびをしながら本を読んでいる猫の絵に決まった。


「おい、お茶が入ったから飲め」


 テーブルの上には人数分の紅茶と、少し深めの木皿に盛られたクッキーが置かれていた。


「あ、クッキーもある」


 タフィは椅子に座るなりクッキーに手を伸ばす。


「それは俺の手作りだ。見た目は多少不格好だが、味は保証する」


「確かにうまいよこれ」


 タフィはバクバクとクッキーを食べる。


「それで、どの絵にするか決まったのか?」


「うんほねぇ……」


 タフィは口いっぱいにクッキーをほおばっている。


「お前、その状態でしゃべるんじゃないよ」


「あ、あの本を読んでる猫の絵です」


 タフィに代わってボイヤーが答えた。


「あれを選んだのか。あの絵を描いた時は、俺もちゃんと眠かったんだぞ。気をつけて持ってげよな」


「はい」


 こうして、依頼は無事終了したのだった。

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