ep.47.5 この恋に蓋をするための口づけを(主人公・由依視点混在)
◇◆ 主人公視点 ◆◇
――なつ海ちゃん、さすがにその一言は由依も傷つくよー……
なつ海が自室に戻ったあと、少し落ち込んでいた? というか拗ねてた由依ちゃんに、フォローを入れるために声をかけた。
先程、妹と話をしたように。
由依と縁側でふたり座りながら俺はあらためてそのシナリオを語ろうと思った。
端的に書き記しただけのプロットとしてではなく。
情感を伴う物語として。
コンシューマー版のRe;summer、追加ヒロイン 日向由依というキャラクターのエンディングを。
***
◇◆ 由依視点 ◆◇
明日はなつ海ちゃんと一緒にお買い物いって……カズキさんカレー好きだったから、夏野菜いっぱい入れた野菜カレーなんてどうかな。
喜んでくれるといいけど――
「あれ? なつ海ちゃんのアカウントどこ?」
端末の液晶をスライドして、SNS画面からなつ海ちゃんのものを探してみるけど。見つからない。
なにかトラブルでもあったのかな。
「……あ。連絡帳に電話番号登録してたはずだから……」
SNSでの通話が主流になってから、あまり使うことがなくなっていたけど。小学生のときはよくなつ海ちゃんと電話をしていた。
あ、あった。
真田なつ海の文字。そして、懐かしい番号。
『……この番号は、現在使われておりません』
あれー? 番号かわったとか言ってなかったんだけど……。
仕方ないね。
明日学校で直接聞いてみようかな。
少し前までは、私、日向由依は真田家に居候をしていて。
その部屋はなつ海ちゃんと一緒で、寝るときのベッドも一緒だった。だから、すごく近い存在で。
姉妹みたいな感じで。
でも、彼女は由依にとっての恋敵でもあって。
そんな気難しい関係が、ちょうどいいスパイスでもあって。
だから、一人で眠る自室のベッドはちょっと退屈。
(なつ海ちゃん……カズキさんとのこと、すごく悩んでたし。心配だなぁ)
――そうね、いっしょ、だね
由依はなつ海ちゃんのことを『いっしょ』と言った。
そして、なつ海ちゃんはそんな由依のことを『いっしょ』と言ってくれた。そんなことが嬉しくて、涙が出るくらい切なかった。
でも、そんな今だから。
この夏がずっと続けばいいって思ってた。おもってたの。
***
「あれ……」
由依の席、じゃない。
窓際から一つだけ横の席だったのに。
間違えちゃったみたい。あれ? 由依のキーホルダー……なつ海ちゃんの席についてる。
なんで?
「あ。えっと。あの。由依の席って……」
「副会長どったの? ほら、ここでしょ?」
「え、あの、じゃあなつ海ちゃんの席は?」
「なつ海? って、だれ?」
「――え?」
――なつ海ってだれ?
一瞬その言葉の意味がわからなかった。
だって、3年間一緒にこの東華女学院に通ってたんだから。
由依が副会長として生徒会の企画を提案したときに、なつ海ちゃんと一緒に快く賛成して……。いっしょにボランティアにも参加してくれたりした。……だから、知らないはずないのに。
「えと……なんの、冗談かな」
「冗談なんて、言うわけない、でしょ? ほんとに変よ?」
あれ……れ?
可笑しいのは、変なのは、由依のほう?
なんかが違う。
昨日までと。
消えたなつ海ちゃんのアカウント。
使われていない電話番号。
まるで彼女が最初から存在していなかったかのようで――。
そうだ、プリクラ。
いっしょに撮影した……。
「……なんで、なんで! なんで!!」
手帳に張ったふたりのプリクラ写真。
だったはずなのに。
消えてる。ううん、最初から由依ひとりだったみたい。
「……ちょっと副会長、どうしたの?」
「なつ海ちゃんが……いないの。なつ……あれ? そっか」
なつ海ちゃんは、3年前にもう。
海難事故で……。
あれ、なんで忘れてたの。
由依……なつ海ちゃんの通夜にも出て……。
お兄さんが、すごく泣いてて。
ああ……そうだ。そこでカズキさんと初めてお話したんだ。
そして、由依は彼が心配で。
由依は……彼の……恋人になって。
そして。
いつかは、なつ海ちゃんに取り替わるように、彼の傍にいるようになったんだった。
そうだった。
そうだったのに。違うって思う、気持ちが消えない。
「あの……由依、早退するって先生に言っておいてくれますか」
「え? ああ、うん……そのほうがいいかもね」
***
逃げ帰るようにして、学園をあとにした。
すぐにも会いたかった。
彼に。
真田一樹さんに。
――カズキさんなら……この違和感の理由、知ってるかもしれないから。
急いでいるとき、見知った人影を見かけた。
それは、カズキさんのたしかクラスメートで、さやかさんのお友達の、たしか、佐藤沙織さん……?
「あの沙織さん。ですよね」
「……あ、そっか。うん、そだよ。佐藤沙織。たしか由依ちゃん、だったよね」
「はい……。あの、へんなことお尋ねしますが、カズキさんの……。妹さんのことなんですけど」
「……なつ海ちゃんのこと?」
こくん。
首を縦に小さく振ることで肯定の合図とした。
沙織さんは、いつもはもっと明るいイメージだったけど、何か少し真剣な面持ちで。
由依はそれがちょっと怖かった。
「あの……。なつ海ちゃんって」
「そういえば、もうすぐ命日だったよね」
「……ッ」
命日。
当然だよね。もう亡くなってるんだから。
でも。
由依は。私は3年前の彼女より、その先を知ってる気がして……!
だから、もしかしたら。
って。思ってしまっていたんだ。
「そう……なんです。それで――、カズキさんの様子が心配で」
「普通だよ、いつもと変わらない、この夏も」
――また同じくり返しだから。
え?
まるで由依の言葉に被せるように、そう口にした。
無表情なその人は。
一瞬、銀髪の子供の姿に見えた。
まるで死神のような、鎌を手にしているように見えた。
それもまた、揺らめく陽炎の見せた幻影だったのかもしれない。
気づけば、いつもの沙織さんの姿で。いつも通りの笑みを浮かべていた。
「じゃあ、またね。由依ちゃん」
「……はい」
***
ピロリロンピロリロン。
電子音が鳴り響くも、インターフォン越しに返事はない。
仕方ないので、あずかっていた合鍵を使って真田家の玄関を開ける。
誰もいない。
当然だ。カズキさんの両親は、海外への出張。
そして残ったカズキさんはいまは高校の授業中。
(あれ? 沙織さんは良かったのかな……)
そして。
縁側に通じる通路の先の仏間。そこに置かれた仏壇には、なつ海ちゃんの写真。
いわゆる遺影があった。
「そっかぁ、たぶん、認めたくなかったんだよね」
なぜか、すっと心のざわつきが消えた気がする。
マッチでロウソクに火をつけて、線香を二つに折る。
それに火をつけて、線香を立てた。
お鈴を鳴らして、手のひらを重ねる。
夢のなか、だったのかもしれないけど。
一緒にベッドで寝て、ときおり彼女が由依のことを、だれかと勘違いして寝ぼけて手をつないできたときみたいに。
私は、私の手のひらを重ね合わせて。
そのぬくもりを確かめる。
そうだ。
もう早退してしまったのだから。
カズキさんのために、カレーでも作るかな。
***
「……なつ海? か」
「おかえりなさい、カズキさん。カレー、つくってました」
「あ、由依ちゃんか。学校は?」
「……はじめて、おサボりしちゃいました」
「お味、どうですか?」
「なつ海の……なつ海の作った味がする」
「うん。なつ海ちゃんに教わった気がするんです。だから、いっぱいありますから、食べてくださいね」
「由依ちゃん……俺、キミのこと」
「わかってます。代わり、でも。いいんです。それでも由依はカズキさんを愛してますから」
***
◇◆ 主人公視点 ◆◇
「最後は、そんな感じのセリフだけで構成されたシナリオだった」
「そう、だったんですね」
初夏の夜は、少し冷えこむ。
ブランケットをかけた由依が、話の途中でその端を俺に手渡すものだから、気づけば一枚を二人で足にかけながらの状態だった。
居候の少女。
日向由依は、俺にとっては妹のようなもので。
実際に、リサマのなかでは最後、妹の代わりとしてエンディングを迎えるのだけど。
こんな近くにいて、ドキドキしないわけはないし。
胸はないけど。彼女の裸を三度も見た身からすると。やっぱりそれなりに緊張してしまう。
「どう、しました?」
「いや、なんでもないんだけど。由依ちゃんが前に俺にしたことを思い出したなーっと」
「……キスのことですか?」
――秘密、ですよ。素敵でした。
あの日、日向由依はその一言とともに、俺の頬にキスをした。
シナリオ通りの展開ではあったけれど。
だから俺は沙織に対して、あれは浮気ではないと思いたいのだけど。
「由依も、思い出してましたよ」
俺のことを上目遣いで見つめる。
「……由依ちゃん?」
「ふふ、ほんとにほんと。秘密、ですよ。これが最後です」
――この恋に蓋をするための口づけをさせてください。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
<あとがき>
ひさしぶりのリサマです。
本編では描けなかった、サブヒロイン由依のラストエピソードになります。
補足的なものですが…。どうでしたでしょうか?
ep47とep48の間の時系列となります。
日向由依は、ゲーム内のサブヒロインでありながら、
リサマのメインキャストとして最後まで登場する存在でした。
わたしも由依を描くにあたって
これ以上前に出たらだめだから! ヒロイン代わっちゃうから!
と思いつつ抑制させながら描いていったキャラでした。
序盤で一樹の心を一番揺れ動かしたキャラでもあります。
そんな由依のエピソードだからこそ、
とくべつに描いてみたくなりました。
なので、楽しんでいただけたのなら幸いです。
これからも甘夏の作品への応援よろしくお願いしますm(__)m
ではでは。
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