ep.57 君と恋しててもいいって思っちゃうじゃん
水月のルートはある意味ではリサマのTrue Endingのようなものだ。
彼女以外のすべてのヒロインを攻略したうえで、発生するルート。
決してそれは幸せな結末ではないのだけど。
水月にも他のキャラクター同様、2つのエンディングがある。
一つは結城さやかを助けるために、真田一樹が彼女を消すエンディング。
もう一つの話のことは、なつ海たちにはしていない。
――神様もね。人に恋をすることがあるんだよ
黒衣を纏う死神としての水月はそう口にした。
皮肉めいた言い方で、まぁボクは死神なんだけどね。そう付け加えて。
深く突き刺さった鎌の刃が彼女の腹から背を貫通していた。
彼女自身がそうしたのだ。
彼女の小さな唇の端から血が垂れているのが見えた。
一筋の血液が彼女の白い首筋まで走っていく。
そして、ゴポ、という水音とともに吐血しながら、水月は前のめりによろめいた。
俺は思わずその体を受け止めた。
「なんでだよ……なんで水月が死ぬ必要があるんだよ」
「――こうしなきゃ、君はまた繰り返すじゃないか」
この水月のルートで初めて、主人公真田一樹がこのリサマの世界をループし続けているということがわかることになる。
結城さやかを救うために、何度もこの夏をくり返して。
それでも、他の誰かを犠牲にすることでしかエンディングを迎えられない。
だから、何度も、何度もくり返し、初夏を迎える。
「理由になってない。これは俺の問題だ。さやかを救いたいのは俺の望みで、それは水月、お前には関係のないことじゃないか」
「……君が好きな子を守りたいって思う気持ちと同じ、かな」
「それにね――沙織的にも、友達を、さやかのことを守りたかったから。」
――ね、だからそんな顔しないで?
銀髪の少女はそう言って微笑む。
佐藤沙織として俺を支え続けた死神は、最後にその唇を重ねて、そっと瞼を閉じた。
***
「これが、俺がなつ海たちには言わなかった、もう一つの水月のエンディングだ」
「うん……うん、懐かしいね。アタシは水月ちゃんで、彼女はアタシ。リサマっていうゲームの世界はそうやって出来てたの」
そう、俺が水月という名前で声をかけたのも、この時の河にいる佐藤沙織に対してだった。
きっと沙織は、いやこの場合水月というべきだろうか。
水月はこの隠り世に残るつもりだとわかっていた。
「でもどうして? あの時、水月としてのアタシを殺したとき、それで全ては解決するはずだった。なつ海ちゃんのことも、さやかのことも」
「……あの日、鳥居の前で泣いてたキミに、恋をしてしまったから」
青い海の広がる海岸線に、赤い鳥居が立っていた。
その鳥居の柱に寄りかかって座っていた少女。
白衣に赤い袴姿の、銀髪の少女、彼女は寂しげな瞳で俺を見た。
俺の顔を見るやいなや、涙を零すものだから、あの時の俺は困って思わず目を背けてしまった。
違うな、困ったからじゃなくて……可愛いって思ってしまったんだと思う。
もう一度振り返ったとき、彼女はいなかった。
「バカじゃないの……そんなことのために、何度もこの夏をくり返してたってこと?」
「ああ……あの日の水月、佐藤沙織のことを攻略したかったんだ。そして救いたいって思った」
「いつから!? 水月が! アタシだって! わかったの?」
沙織は大袈裟なくらいに身振り手振りでそう尋ねる。
どうやら、それくらい上手く隠しきれていると思っていたのだろう。
自分のことを演技派だと言い切るくらいだし、無理もない。
「最初から……かな。すべてのルートにおいて佐藤沙織だけは現象を恐れていなかった。むしろ自分が消えることを望んでいるようだった。それは、時の河での水月と重なる部分だったから」
――もう沙織しか……。一樹とルートを進められないじゃない。
告白のとき、花火大会のあの日、そう言った言葉が浮かぶ。
「それに、リサマのヒロインはあと一人残っているのに。水月がいるのに沙織はそのこと無いものとして扱っていただろ」
「神といっても自身の神格により契約には縛られるからね……。だから、なつ海ちゃんを助けたことの代償として、誰かを犠牲にするほかなかったし。リサマというゲームの世界をキミの望み通り作り上げたら、その通りにルートを進めるほかなかったんだよ」
「なるほどな。さて、全ての答えが出たんだ。帰ろうか」
「へ?」
「なに呆けた顔してんだよ。現し世に、一緒に帰るんだよ。寂しくなるとか言ってないでさ」
「えと、あの。なにを言ってるんですか? いちおーアタシ、神様ですよ」
「だからなんだよ。これからも佐藤沙織でいればいいだろ。一応、俺のカノジョやってるんだから」
「え、そこ一応なの? ってそこじゃなくて……! 帰るも何もここがアタシの居場所なんですけど……?」
「いつかまた戻ってくれば良いとは思うけどさ。自分の契約に縛られるっていうのなら、俺のカノジョになったんだからそれを真っ当するのが神様ってもんだろ」
目を丸くして唖然とした表情を見せる。
ころころと顔色を変える、そんな沙織のことが俺は好きだった。
それは、水月だとか、佐藤沙織とか。
モブとか、ヒロインとか関係なくて。好きだった。
「……ずるい。なんで、そんなん言われたらアタシ。期待しちゃうじゃん。君と恋しててもいいって思っちゃうじゃん」
「ずるくていいんじゃないか? フェアプレーだけが戦略じゃないだろ。恋もゲームもさ」
俺は彼女に手を伸ばす。
少し戸惑いながら、きょろきょろと周りを見渡す沙織。
周りにはただ河が流れているだけで、何もないのだけど。
おそるおそるといった様子で、彼女はその手をとった。
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