ep.58 エピローグ(最終話)
「――というわけなんで、兄さん今日は早く帰ってきてくださいね」
「由依ちゃんが家にくるんだろ? 久々だな」
真田家のいつもの食卓。
とは言っても。夏休みを機会に自身の家に帰ることとなった日向由依がいない分、どこか足りない感じがして寂しさが残る
それでも、今日は久々に由依が泊まりにくるというので、朝からなつ海は上機嫌なようだった。
「うん、そうそう。学校終わりに一緒に帰ってくるつもり。あと……あの。この前の水着、どうだった? 海行ったときの」
さり気なく言ったつもりだろうが、少し恥じらいつつの言い回し。それが先日、皆で行った海水浴のときのことだというのはすぐにわかった。
「なんというか、大人になったなー、と。まあ、さやかと乃愛ほどじゃなかったかなー……いや。それはいいんだけど。まあ、似合ってたよ」
思わず口から出てしまった言葉を引っ込める。
どうしても水着姿となると、そこに目が行くのが男子の
「……ほどじゃない? …まぁ、似合ってる? 兄さん。やっぱ、さいてー。沙織さんに教えとかなきゃ」
「おい、沙織に言うのは洒落にならんから! それに、沙織は胸よりお尻がいい感じだったし……って撮影するな。動画で送ろうとするな」
スマホを構えて、俺の発言を撮影し続けるなつ海を制止する。
「……もぅ。今日から二学期なんだから。ちゃんとしてくださいね。じゃなきゃ沙織さんとのルートすぐ詰んじゃいますよ?」
「――わかってるよ。それにしても。なんか、この夏は長かったよな」
「んー、そう? まあ色々あったけどわたしは楽しかったですよ。夏休みはいっぱい遊んだしね。まあ兄さん的には、何巡目って感じだったと思うんだけどね」
「そうだな。一生分くらいゲームをやった気がする」
「じゃあもうエロゲーはしなくていい?」
「……いや、それはまた別だ。ってだから動画を撮るな」
由依ちゃんがいなくなってから、なつ海のうざ絡みが過ぎるため、できればまた戻ってきてほしいと思うところもあったりして……。
また浴室でばったり。なんて、ことにならないように気をつけなければいけない生活にはなるのだけど。
「あ。送っちゃった」
血の気が引くとはこういう時のことを言うのだろう。
仮にも、いや仮じゃないのだけど。カノジョには知られたくない発言だ。
「……沙織にか?」
「ううん、皆がいるチャットルームに」
***
「‥…バカズキ。ずっと海水浴の間、あんなこと考えてたんだ?」
通学路。いつもどおり、といっても昨日までは夏休みで、こうやってさやかと一緒に登校するのも久しぶりだ。
あの日、俺が隠り世に沙織を連れ戻しにいった日。
さやかは乃愛を、救い出してくれた。
本人は何もしていないと言ったが、多分、結城さやかでなければこんな結末にはならなかったのだろうと思う。
「さすがに誤解だと言いたい。けど、いま何言っても信じてもらえないんだろうなってことはわかってる」
「ちょっとは成長したじゃん。バカで、さいてーだけど。沙織かわいそ」
「沙織は関係ないだろ‥…。そういや、乃愛は?」
乃愛が退院してから、まだ少し不自由が残る彼女の通学を支えるため、さやかは乃愛と一緒に登校するようになっていた。
それも先日の海での様子を見れば、もう十分な回復が見られているのだから、本人のリハビリによる努力は相当なものだっただろう。
「うーん。このあとバス停の前で合流するよ、だから私はここまでかな。あ、そうそう沙織に会ったら驚くと思うよー」
そう言って左の腕を返して、時計の文字盤を確認する。
再び動き始めた、あの腕時計だ。
「お、おう?」
沙織に会うと驚く? そう思った瞬間、俺の肩を叩く者がいた。
「……ということで、驚かせに来ました。けど。どうでしょーか?」
「あ、沙織やほ」
さやかがそう挨拶をする。
ということは、沙織か?
「やほー、さやか。昨日ぶり! イメチェン成功?」
振り返った先には、銀髪の女の子。
それは、大人びた水月の姿だった。
あの幼い水月が成長した顔立ちが、沙織と同じだったとは……。同一人物なのだから当たり前なのかもしれないが、驚かされる。
「うん、ばっちし。昨日相談受けた時はどういう感じになるかって思ってたけど。すっごく似合ってる。髪も伸ばしたんだ! 一日でってのが驚きだけど。ウィッグってわけじゃないんだよね?」
「うん。いちおー地毛ですよ」
その銀の毛先をつまんでくい、くい、と引っ張って見せる。
「羨ましい体質……。あ、乃愛のバス来そうだから急ぐね。じゃあ教室で!」
さやかは足早に、先を急ぐ。
遠くなる背中を見送ったあと、俺は沙織のほうへ顔を向けた。
「さ……沙織が。銀髪になってる……てか、水月だろ、もう」
「だってアタシ、水月だもん。神様ですから。あ、でも学校では沙織って呼んでくださいね」
「戻ってきてから、沙織なんかキャラ立ちすぎてないか」
「そう? 一樹はモブいほうが好みかなって思ってたけど。まえに水月のときのアタシに惚れてたって言ってたからいいかなって」
「まあ。似合ってるし。可愛い……けど」
ここは、素直に応えておいたほうが良い気がした。
神罰やら何やらが降りかかるのも恐れ多い。
主に、それはカノジョの不機嫌と我儘といった形であらわれるのだが。
「ふーん、へー。可愛いって思ってくれるんだー。よっしゃ。このゲーム。
「お前ら、SNSで繋がりすぎだろ……神様の癖にスマホ使いこなしてるし」
「便利だしね。あ、今度渚ちゃんとつむぎちゃんのライブ行くよね? 返事返しとかなきゃ。……ん? んん? なつ海ちゃんからのこの動画なんだろ」
端末の液晶画面には、なつ海からの動画とその再生アイコンが見えた。
今朝の発言、消させたはずだったんだけど……。
「あ……ッ。それは、見なくていいから……!」
『沙織は、胸よりお尻のほうが――』
端末のスピーカーから流れ出す情けない発言が、初秋を迎えた通学路に響き渡る。
「ん。こほ、ん。突然だけど真田一樹くん、このことについて、たっぷり聞かせてもらっても、いいでしょうか」
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