ep.43 外食にしない? 1/3

 夜も深くなった頃、雨は上がったようだった。

 あんなに響いていた雨音は聞こえなくなっていた。


 さやかは俺の背中にその体重をのっかけながら、漫画に集中しているようだった。

 そんなとき今日の炊事担当である日向由依が部屋をノックした。


 夕食の準備ができたようで、さやかの分も用意しているところは、さすがのホスピタリティだなと感じる。

 妹コンビは、俺が言うのもなんだがよくできた子たちだ。

 由依は別としてなつ海を直接褒めるようなことはあまりないが。


 食卓に並ぶ、4人分の食事。献立は、カレイの煮付けと大根の味噌汁。

 なつ海が手伝ったのだろうが、由依が炊事場に立つようになった最初の頃に比べると料理の質はあがっていた。味付けはなつ海直伝の真田家の味がした。


「由依ちゃん、料理ね……」


 カレイの身をほぐし、それを口にしたときにさやかはそう呟いた。

 なつ海、由依と料理上手がいるなか、さぞ格差を感じたものだろう。

 俺自身、先日格ゲーで味わったものだから、むしろ親近感すら湧いたが、あえてそこには触れないようにした。


「あ、そうそう明日なんだけど外食にしない?」


 なつ海が唐突にそう話題を切り出す。


「ん? 珍しいな、どうした」


「実はお米なくなっちゃって、ネットで注文したけど届くの明後日みたいだから。せっかくだしどうかなって由依と話ししてたの」


「あー、なんか私の分余計お米使っちゃったよねごめんね」


「それを言ったら由依なんて……」


「さや姉が何合も食べてるわけじゃないんだから、気にしないでくださいよ。由依も基本少食だしね。でどう兄さん」


「ああ、いいぞ。なにか食べたいのあるか?」


「んー、そうだね。あ。そうだ。さや姉も一緒に食べいかない? なんか食べたいものとかない?」


「え? わたしもご一緒していいの? そうだねー、うーん。……肉?」


「男子高校生かよ」


「なによー! 女子だって肉食べるもん、ねー?」


「由依も賛成ですよー。ちょっと食べ放題みたいなのは入りきらないですけど……。あ、このまえお父さんが迷惑かけたからって近くのRIONリオンで使える商品券くれてたんだけど。2万円分あるし、これ使えないかな」


RIONは最寄りにある大型のショッピングモールの名称だ。


「ああ、あのときのか。前も話したけど由依ちゃんが好きなもの買うのに使っていいだぞ? 一応、親父とおふくろには由依ちゃんのことも話ししてて家開けてる代わりに、多めに生活費預かってるから。なつ海が」


「うんうん、兄さんが勝手に使いすぎないようにしてるもん」


「いえ、今回は由依に使わせてください!」


 バン、と机に身を乗り出す由依。

 

 結局、珍しく強く由依が言うので、それに根負けした形となった。

 さすがに私は悪いよというさやかの意見も、それも同じく由依の一存で折れることとなった。


「そうなるとRIONの中にあるお店で、肉か」


「【がっつりステーキ】? たしか少し前にテナント入ってたよね。由依とまえに水着買いに行ったときに見たよね。あのときは行列すごかったけど」


「なつ海ちゃんの意見いいと思う! てか水着買うの早くない?」


「う〜……実際早すぎて、由依たち、このまえ海いったら海開き前だったんですよ〜」


「じゃあ、今度リベンジしなきゃね! 私も水着買いたいかも、明日ちょっと見に行っていいかな?」


「さや姉いいですよーじゃあ女子は先に水着見に行きましょう! あ、兄さんはゲームセンターで時間潰してて良いよ」


「扱いざつだな……!」


「え? もしかして一緒に試着付いてきて、あわよくばとか、お思いですか? お兄様」


 なつ海のその敬語怖いんだよなぁ。

 ちらっとさやかのほうに目線を向けたが、どうやらさやかの意見はなつ海に共感している様子で、俺は潔く諦めることとした。


「なんか、クレーンゲームでもやってるよ……」


「はいはい、お小遣いはあげるから。ちゃんと可愛いのとってきてね」


 真田家のお財布番からの許可は条件付きだった。


 食事を済ませた頃、さやかは母親と連絡がついたようだった。そして洗濯と乾燥を済ませた制服に再度着替え直し、真田家をあとにした。

 

「一樹、明日にでも学校で沙織とちゃんと話しなさいよ、ね?」


 そう言い残したさやかは、訪ねてきたときよりもすっきりした顔をしていて、少し安心した。

 ただ軽くなった背中がどこか寂しく感じてしまうのが不思議に思えた。


「なつ海、まだ起きてるならゲームしようぜ。由依ちゃんも含めてさ」


 俺はその寂しさを誤魔化すように、紛らわすように。

 そう声をあげた。

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