ep.44 外食にしない? 2/3
RIONの館内。
待ち合わせ場所としていた、中央フロアにある映画館前で、さやかとともに妹達を待つ。
「あれ、なつ海ちゃん達じゃない?」
スマホを弄っていた俺は、さやかのその声で周囲を見渡す。
人混みのなか、東女の制服姿の二人の姿が見えたため、俺は手を上げて呼びつける。
「よ、来たな」
「カズキさん。さやかさんおつかれ様です。由依たちより早く着いてたのですね」
「そんな兄さんに丁寧な感じで喋らなくていいわよ」
「あの、その。外で会ってるからかな、学校からそのまま来てるし、なんか馴れなくって」
真田家に戻ることなく、現地集合としたため二人は制服のままだった。
シックなグレーを貴重としたブレザー姿は、お嬢様学校らしい上品さを纏っていて、妹のなつ海ですら良いところのお嬢さんに見えてしまう。
同じく、俺とさやかも一ノ宮学園の制服での集まりであるが、普段から見慣れているために特に感想はない。
リサマの世界に入り込んだときにあったような、違和感はもうなくなっていた。
それは、俺が本当の居場所に戻ってきた。ってことなんだろうな。
「やっぱり東女の制服って可愛い! ほんと良いとこのお嬢様って感じよね。なつ海ちゃんが東女に行くって聞いた時びっくりしたもん。んー、二人とも似合ってる!」
「さやかさん、ありがとうございます!」
「東女からじゃ結構遠かったか?」
「ううん、バスで少し迂回する感じだけど、そんなにだよ。てゆか兄さんわたしが由依とときどきRIONで買い物して帰ってるの知ってるでしょ?」
さも当然のように、なつ海は言うが気にしたことなどなかったため、答えは『知らない』だ。
「え? そうだったのか。てっきり近場のスーパーかと」
「曜日とか特売日を見て分けてんの」
「そうか。なんかいつも色々家のこと考えてやってくれてたんだな」
「いまさらですか。兄さんには任せてられませんからね」
「ありがとな」
俺は伸ばした手を妹の頭に下ろす。
同じ遺伝子でできているとは思えないほどに繊細で滑らかな髪質のそれを、わしゃわしゃと撫でる。
さすがに、ここまで家のことをやってくれていると分かると兄として褒めないわけにはいかないだろう。
「……髪くずれるからそういうのは外でしないでってば」
「ほんと、兄妹仲いいわね」
「もぅ。さや姉も茶化さないでください。じゃあ、兄さんはここからは別行動ね。これ軍資金」
そう言って取り出した長財布から、千円札3枚を俺に渡す。
基本的に、真田家というのはなつ海からの小遣い制で成り立っているからだ。
「お、おう、サンキュ。適当にゲームして時間潰してるから、終わりそうになったら連絡してくれ」
***
RIONのモールはその中を直営である東側のショッピングフロアと西側のセレクトショップなどの専門店が集中するフロアに分かれている。
フードコートや飲食店のテナント、ゲームセンターはその真ん中にあたる中央フロアにある。
さやか達、女子組が西側フロアに向かったこともあり、一人、輪から外されたことで手持ち不沙汰となってしまった。
それは折込積みのことだったため、この際久しぶりのゲームセンターを楽しもうと思う。
そんなわけで、俺はいまRION内の中央フロア内のゲームセンターにいた。
最新のアーケードゲームや、コインゲームコーナー。男にはあまり馴染みのないプリクラコーナーと、結構充実したゲームセンターだ。
なつ海より頼まれた『可愛いの』があるクレームゲームのコーナーは、隣が音ゲーのコーナーで、複数のゲーム機からの音楽が流れていた。
聞き覚えのある馴染みのJ-POPや、なつ海がよく聞いているゲーソンなども聞こえてきた。
「あった、どうせこの『びふまる』が欲しいんだろうし、さくっと1体確保しとくか」
深夜アニメに出てくる牛のキャラクターで、どこがそんなに良いか俺にはわからないが、なつ海が気に入って集めてるキャラだった。
バスケットボール大くらいの大きさのぬいぐるみのため。一回あたりの金額は少し高めだが、500円で3回のプレイでGETすることを目標と定めた。
コインの投入しようとしたとき、視界の端に一ノ宮高校の制服を着た女の子が見えた。その子は音ゲーのコーナーの、クラブ系の鍵盤を模した人気シリーズの筐体の前にいた。
「うちの学校の子か、緑色のタイということは一年か。どっかで見たことあるな……」
筐体と向き合っているため、背中越しで顔は見えない。
しかし、その長いストレートの黒髪と不釣り合いな背の小ささ。
鍵盤に手を触れるその佇まいを知っている気がした。
「ああ、もう! また失敗した。なんか譜面と判定おかしくないこれ。私こんな難しく作ってない!!」
その声で記憶がはっきりした。
リサマのコンシューマー版で追加されたサブヒロイン、神前つむぎだ。
俺が少し前に振った後輩の北城渚の親友で、同じユニットのキーボード兼作曲家。
そういえば、高校生作曲家として音ゲーに採用されたりしてる実力派だったはずだ。聞こえてくる声からすると、自分の曲をプレイして、クリアできずにいるようだが。
「もうそんなに手持ち残ってないんだけど。クレーンも全然取れないし……!」
短いスカート丈でその場で足をあげて地団駄踏むため、もう少しで見えそうなくらいだった。
彼女はサブヒロインではあるが、渚同様に結城さやかのルートに関わりが薄いため、接触を避けるべきだろう。
俺は彼女を見ることをやめ、目の間にあるクレーンゲームに集中するようにする。
クレーンゲームは確率機とされている。
一定額に投資でアームの力が変わるのだ。
そのため一回で獲得するのは実質不可能と見られているが、少しずつずらしながら3回で落とすことは不可能ではない。
3本の大型のアームが大型のぬいぐるみを鷲掴み、引き上げてから穴に落とすオーソドックスなスタイル。
まぁ、うまくいかないことのが多いけど。
案の定、2回のプレイはともに引き上げる途中でアームからぬいぐるみが外れる。
それでも狙いに近いところまではずらせていた。
「……3回目か、いいとこまでずらせてるし、あとは穴側に片側のアームを落として……」
アームの1本を穴にひっかけることで傾きをつけてぬいぐるみをひっかける。
そのまま穴まで手前に引きずり落とす要領。
想定通りの動きで、びふまるは穴にずり落ちていった。
穴に落ちたぬいぐるみを取り出すために筐体の下の取り出し口に手を伸ばす。
「なに、なに、いまの! あんな取り方できんの、すごい!」
「うお。なんだ!?」
「びっくりさせてごめんね! お兄さんが、あまりにクレーンゲーム上手だったものだから、ちょっと興奮しちゃいまして。
その存在は、先程まで音ゲーをしていた神前つむぎだった。
「あー、えっと。軽音部の子だよね」
「あれ? お兄さん私の事知ってるってことは――。あ、なるほど。私のファンなんですね! じゃあもう名前とかも知られちゃってますよね?」
物怖じしない性格に、さばさばとした口ぶり。
その才覚に裏付けられた自信をもった少女。
彼女はリサマにおけるヒロインとしては一番の不思議ちゃんだ。
この世界で、ゲームとしてではなく彼女と関わることがあるとは思わなかった。
「いやファンじゃないんだけど。神前さん、だったよね」
「あ、違うんだ……。そうだよね、私なんて……まだ全然名前も売れてないし。強いて言えばちょっと可愛いだけの天才作曲家ですものね。あ、名前はつむぎって言いますので、つむぎって呼んでください」
「えっとつむぎちゃん? もしかして。これ欲しいの?」
「え? いや。そんな。悪いですよー。見知らぬお兄さんからこんな頂けないですー」
「手伸びてるぞ」
「……違うの! これは、私じゃなくて。そう、これはもう一人の隠された人格が!!」
「中二病かよ。まぁ俺もこんな簡単に取れるとは思ってなかったし。持ってっていいよ」
「いいんですか!? ありがとうございますッ。もし学校でお会いすることがあったら、そのときは購買でなにか奢りますね! そう、私甘いものが好きなんですよ。だからなにか、うんっと甘いものを一緒に食べましょう!」
つむぎはそこまで言って、俺から受け取ったぬいぐるみを抱きかかえる。
その小さな背丈のせいで顔はおろか胸辺りまでが牛になっていた。その姿のまま、踵を返し音ゲーのコーナーへと帰っていった。
勢いで渡してしまったこともあり、引き続きクレーンゲームを再開する。
一回り小さなぬいぐるみを手に入れたのはそれから2000円ほど投資したあとだった。
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