ep.40 背中を預けられるヒト 1/3
――突然だけど真田一樹くん、今日は何月何日か聞いてもいいかい。
懐かしい文面の着信通知で、今朝は目を覚ました。
思わず過去へとタイムリープをしたと思ったが、実際の日付は7月4日で、源乃愛に真実を語った翌日だ。
あのあと、乃愛は他のヒロイン分のシナリオを書き留め、そして一度持ち帰って考察したいとの一言を残して別れることとなった。
ここからのルート攻略は……このリサマの死のループを断ち切るためには、源乃愛の頭脳にかかっていると言っても過言ではない。
もちろん、その間俺自身も次の一手をたてないわけではないのだが。
「負けヒロインものってあるじゃない?」
「ああ、あるな。ってこれ、朝からする話か。」
なつ海のつくる朝食で、眠そうな由依を加えた三人の食卓を囲む。
そして制服を着て幼馴染の結城さやかとともに登校する。
いつものルーチンは馴れたもので、安心するとともに、この日常を失うことがないようにしなければ、といった使命感や焦燥感にも駆り立てられる。
何もしらないであろう結城さやかは今朝も呑気な様子だ。
「や、特にこの話を広げるつもりはないんだけどね。一樹そういう系のラノベとか詳しそうだし、聞いてみたの」
「まぁ俺はノベルゲー専門だから小説はよくわからんけど。そのあたりは沙織のほうが詳しいんじゃないか」
「いや、おすすめを知りたいとかじゃなくてね。ちょっと、気になったことあって。幼馴染ってなんで負けるのかなって」
次の漫画のネタにでもするのか、普段は俺の美少女ゲーム趣味に対しては否定的なさやかのほうから、俺に幼馴染キャラクターについて話題を振ってきた。
多くの勘違いを生んでいるであろう、幼馴染=負けヒロインの構図は、実際はそんなことはない。
幼馴染でヒロインはやっぱりメインヒロインたる存在なんだと俺は思う。
「何言ってるんだ。幼馴染が勝つ作品のほうが多いぞ」
「そなの?」
キョトンとした表情で俺を見る。
桜色の髪が風で揺れて、ふわりと彼女の匂いが俺の鼻孔にまで届く。
彼女の部屋と同じその匂いは懐かしさを孕んでいて、安心感すら感じる。
――うん、2センチくらい淋しかったの
そう言った結城さやかは、まさに幼馴染だった。
キャラクターとしてではなく実際に幼馴染の女の子で、それ以上に大事な家族的な存在だったりして。
だから、幼馴染キャラは勝てないというのも身にしみてわかっていた。
「ああ、そのアンチテーゼとしてあるジャンルだと俺は思うけどな」
「あ、そうなの? そうなんだ……、じゃあ一樹はどうなの? やっぱり幼馴染キャラが最終的に勝つ方がいい?」
そんな幼馴染キャラを好んでいるか、と聞かれればNOなのだが。
「俺は、幼馴染が負けるほうがいい」
「――は? なんでよ」
「そもそも毎日一緒に顔をあわせているやつより、何らかのイベントがあって出会った別の女の子のほうが魅力的に見えるわけで。ずっと一緒にいるとか、それはもう家族というか――」
まだ語り尽くしていないうちから、みるみるうちに、さやかの顔色が変わっていく。まずいと思った時には遅かった。
持っているカバンを振り回して俺へと攻撃をする。
「痛っってぇ……!」
俺は思わず手でそれを防いだが、指先に当たったカバンは重みがあって硬かった。
もう少しで不意にタイムリープのトリガーを引くところだった。
――何をいれてるんだよ……。多分、画材道具とかか
「わかってたけど……わかってましたけどッ。やっぱり一樹、最ッ低! バカ! 私今日、日直だから先いくからね。付いてこないでね!!」
結城さやかは駆け出して、そのまま他の生徒の群れに紛れていった。
仕方ないので一人で向かうことにした。
「ありゃりゃ、今のはダメだなー、真田くん。乙女心がなんたるかわかってないね」
ボーイッシュな声色に振り返る。
そこには、彼女がいた。
佐藤沙織は、不自然なくらいに自然な笑顔だった。
Re;summerのmobとしての彼女のような……そんな最初に回帰した感じの雰囲気にも見えた。
「ああ、沙織か。なんか、久しぶりな感じだな。この前はごめんな?」
「そんな急に名前で呼ばれるとびっくりしちゃうよ。さやかに合わせてかな? いつもみたいに佐藤でいいよ。ちょっと、こっ恥ずかしいしね。えっと、この前って?」
「おまえ……なに言って――」
「ん、今は、アタシのことはいいんだってば。それより、追いかけないの? 乙女心的に言うと。付いてこないでは、早くわたしを追いかけて! って意味と同義よ」
まるで主人公とヒロインキャラを結びつける役割を受けた、そんな便利キャラのような女友達の姿だった。
思わず初日にタイムリープしたのではないかと思うくらいだったが、たしかに朝確認したスマホの日付は7月4日で、先日俺はこの沙織へ気持ちを伝え、そしてキスをした筈だった。
「いや、でもな……」
困惑して立ち止まった俺の背中を、トン、と前へ押す彼女の指先。
その力は決して強いものではなかったけれど、並びたった彼女よりも2歩前のめりに進んでしまった。
二人の距離がそのまま、彼女との心の距離のように思えた。
「いいから、行くの。はい、じゃあまた教室でね」
明るい声で言う彼女の顔を、どうしても見ることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます