ep.39 由衣となつ海(由衣視点)

 購買のサンドイッチは、ハムとたまごの挟まったもので美味しかったのだけど。朝に食べたなつ海ちゃんのオムレツのほうが美味しかった。


 東華女学院には給食といった制度はなく、お弁当か、併設された学生向けの軽食屋。それか購買でパン屋弁当を買って食べることになっています。

 中学にしては珍しいのかもしれないけれど、お嬢様学校というのはそういうものなのかもしれないし、ここが特別なのかもしれない。


 由依にとってはこれが普通のことだから、そのあたりの他校との違いは知らないけど。たしかカズキさんは中高一貫の一ノ宮学園だったわけだから、妹であるなつ海ちゃんに聞いてみればわかるかもしれない、のだけど。


 とはいっても、肝心の本人が、どこか変なのです。


「なつ海ちゃん。なんか、あったんでしょ?」


「なにもないよ」


「うそ、なつ海ちゃん朝からおかしかったもん」


「おかしかった?」


 同じサンドイッチを買ったのだけど、なつ海ちゃんはその半分以上を残している。それだけでも証拠としては足りるけれど、もっと確信的なエビデンスを提示することにした。


「うん、いままで『口にあうといいけど』なんてこと、言ったことなかったもん」


「由依、あんたそのときほとんど寝てたじゃない」


「寝てないもん」


「寝てたでしょ。『由依にもおむれつぅ』って、間延びした感じの言い方してたし」


 こくん、こくんと座ったまま寝てるような、そんな仕草を真似しながら、なつ海ちゃんは由依のモノマネをする。

 仮にもお嬢様が、なんて自分自身でいうのもあれなんだけど。一応、お嬢様学校に通っているわけで、こんなはしたないことするわけないというのに、失礼しちゃうわ。


「さすがに、その言い方は誇張してるよね」


「してないよ」


「……ほんと?」


「ほんと」


「ぅぅ……。朝だけは弱いんだよぉ。じゃなくて、由依のことはいいのッ! なつ海ちゃん昨日の夜に部屋戻ってから変だもん」


 いつも言い負けるのだけど。今回は強気でなつ海ちゃんに向かい合うつもりで、言葉を返した。

 

「由依、寝てたんじゃないの?」


「寝てたけど、寝てないもん。気づいたら、なつ海ちゃん隣にいなかったから、寝付けなくて……」


「私は抱きまくらじゃないんですけど? まあいいや、ちょっと兄さんと花火の残りをね」


 昨日のこと、新しく二人で買った水着は結局使う機会がなかったのだけど、その分釣りをしたり(由依は釣れなかったけど)、花火をしたりと楽しい日曜日だった。

 カズキさんを二人占めする計画は成功だったと思うけど、今思うと子供二人と保護者って感じだったのかもしれない。


 はしゃぎすぎちゃったことは反省してます。


「あれ? 全部使ってなかったの」


「線香花火が残ってたのよ」


 線香花火もあったんだ。

 由依も、したかったなー。だめだめ。また子供なところが出てきてる。

 でも。


「由依も起こしてよ」


「やだよ。寝てる由依起こしたところで、30分はボケてるんだもん」


「もぅ……だから寝起きはだめなんだって。じゃなくて、由依のことはいいのッ! これ2回目!」


 教室には他の子もいる。女子校だからこそ、色恋沙汰の話はすぐに広がることもあって、小声でなつ海ちゃんに耳打ちする。


――まさか〜、由依に内緒でカズキさんと……。


 でも、まさか、まだ言い切ってないうちからこんな顔を真っ赤にして反応するなんて思わないじゃないですか。


「……///」


「言われたことと、同じことを聞くことになるんだけど『キス、したでしょ』? なつ海ちゃん」


 それは由依のお父さんが、なつ海ちゃんと、カズキさんにご迷惑をおかけした日のこと。結果的にはカズキさんがお父さんを説得してくれた。


 そのときに、由依は感謝の気持ちと、少しの下心でカズキさんにキスをした。

 そう、なつ海ちゃんを含めたライバルに対して『ずるい』ことをしたのです。


「……はい……『ずるしちゃった』」


 どうやら、同じことを彼女もしたようなので、問い詰めてみる。


「どこに?」


「唇に」


 由依の親友は、大胆な子でした。


「え? え? え? ほんと? それはちょっと攻めすぎてませんか。由依たち中学生ですよ」


「いや……べつに今どきの中学生なんて、もっと進んでる子もいると、思うけど……あー、もう。なんでわたしあんなことしちゃったんだよ、もう。詰んじゃえよバカバカバカ」


 そう言って、なつ海ちゃんは机に顔を埋めて頭を抱える。

 どうやら勢いに任せた結果、気持ちが付いてきていない。そんなところなのだろう。外から見れば冷静になって見れるもので、少しおもしろかったりもする。


「なつ海ちゃんが荒ぶってる……。あのね、なつ海ちゃん、落ち着いてよく聞いてね」


 彼女は顔だけを少しあげて、由依のことを見つめる。


「――なに? 流行りにのってネットミーム持ってくるの? わたし昏睡状態にはなってないからね」


「ちょっと由依にはなに言ってるかわからないんですけど。えっと、由依はほっぺただったのね。で、なつ海ちゃんは唇なわけよね。ずるっていうかお手つきですよね」


「ああ、わたしいまガチで責められてるわけね」


 由依としては、なつ海ちゃんを責めるつもりはないけれど。

 このままずっと落ち込まれるのは、親友として良くないと思うので。


 少しいじめることにします。


「うーん……今回は由依も、なつ海ちゃんを焚き付けたところもありますし、そこまで言うつもりはないんですけど。――やっぱりずるい」


「だから、ごめんってば」


「代わりになつ海ちゃんにしちゃおっかな」


「へ? まじで言ってる?」


「ほら、頭上げて、はい、そう。じゃあ目閉じて」


「いや……ちょっと、それはおかしいから! ……ん、閉じましたけど」


 目を閉じたなつ海ちゃんは、少し緊張しているのか肩肘が張っていて、可愛らしくも思ってしまうけど。

 あと、まつ毛長いなぁなんて思ってしまった。


 指をなつ海ちゃんの眉間に添えて。

 そうこれは、でこぴん。

 由依なりの元気注入のつもりで、少しだけ力をこめて。


 ぺしっ!


「痛っった〜……」


「はい、お手つきぶん。由依の言えた義理ではないですけど。悩むのはいいけど、頑張ったんだったら後悔はしないことっ! いい? じゃあ昼の授業も頑張ろうね」


 由依は知ってる。

 なつ海ちゃんが午前中の授業をまったく聞けていないこと。開いたノートがずっと白紙だったこと。

 今夜は復習の時間をとってあげなくちゃと思ってたりする。

 ノートのコピーくらいは用意しておいてあげよ。


「あ、うん……。由依ありがと」


 周りに聞こえないように、もう一度耳打ちで、いじわるに聞いてみる。


――ほんとにキスされると思ったの?


「知らないっ!」


 日向由依の校内レポート、お昼休み編でした。

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