ep.20 ひとつ、ヒントをあげる 2/2 

 占星術の本を手に難しい顔をする結城さやか。

 向かい合うは、居候の日向由依だ。

 真田家のリビングはいま、簡易的な占いの館と化していた。


「えっと、由依ちゃんは、9月12日生まれだから……えっと。生まれた時間とかってわかる?」


「んーと。深夜、日が変わったあとくらい、って聞いた気がします」


「そっかー。なら……えっと。あれどう見るんだっけ。あー……もう。難しいよぉ」


 乃愛の思い付きで動き出した学園祭での、1日占い屋の開業に向けて本格的に動きはじめた。

 店を開く教室の手配や、衣装などは乃愛が調整することとなった。

 学内一の天才少女だ、生徒会にも顔が利くのだろう。


 そして、さやか、沙織は占い師として接客をするための練習をしていた。

 俺の家、真田家で。

 理由は、なつ海と由依という協力者の存在だ。

 二人はスマホからの連絡一つで、あっさりとOKをだしてくれた。


「乃愛先輩。これって、いわゆる12星座の星占いとは違うものなのか?」


 なつ海の部屋から戻った乃愛が、俺の座るソファーの隣に腰掛ける。

 沙織となつ海の模擬練習の下見だったようだ。


「基本的には同じものよ。その人が生まれたときのがいわゆる12星座になるの。円周360度を各12の星座で30度ずつに分割されているの。占星術では太陽だけではなく、天体すべての位置を把握したうえで、出生時のもの、そして占いたい時期の天体の配置を確認して、その配置から未来を予測するの」


「それって、かなり難しいんじゃないか」


「うん、その位置を1枚の図にしたものがホロスコープ。この本にある円形の図面ね。星座のことをサインと呼ぶのだけど、これは性質を表すの。というのは、周りから見える姿を指すようね。逆に月が示すのは内面性。太陽の星座サインとは別に月のサインを見る。そのほかの天体も同様に見ていくっていうのが、12星座占いとの違いね」


 さらりとそう言う乃愛だが、つい先ほど本をぱらぱらと捲った程度の知識だと言う。


「想像よりロジカルな話なんだな、占星術ってやつは。俺としてはもっと」


「オカルティックなものだと思っていた? そう思うわよね。でも実際にはかなり科学的な話だと私は思うわ。外国には占星術でとれる学位があったりするそうよ」


 実際には、占星術が確立された時代は、天動説をもとにしており実際の天体の動きとは違うようだが、どう違うのかまではよくわからない。

 乃愛は説明をしようとしていたが、それを遮る。


「つまり、占いをする相手の生年月日など情報を伺い、ホロスコープを作成、解読する。そして占う相手にそれを告げる。占い屋でやることってこういうことになるのか?」


「そういうこと。以外とシンプルでしょ?」


 さらりとそう口にする天才少女。

 目を向けた先には、頭を抱えるさやかと、それをなだめる由依の構図だ。


「さやかの様子を見る限り、絶望的だぞあれは。まぁ俺にも出来るとも思えないんですが」


「んー、でも沙織は結構いい筋あるみたいよ。なつ海ちゃんとの模擬占い見てきたけど」


「そうなのか。で、店って言っても俺はどうすればいい。さやかと沙織は乃愛とともに占い師って予定なんだろうからわかるんだけど」


 ようするに、俺は手持無沙汰だったわけだ。

 乃愛はその細く長い指先を下唇にのせ、少し考えるような仕草を見せる。

 そして、少し悪戯な顔でほほ笑む。


「そうねー。君はここまで見てて。学園祭でうまくやれると思う?」


 どういう意図なのか一瞬わからなくなる。

 頭の良い乃愛のことだから、何か考えがあってのものと思っていたが。


「え? いや、そうだな。正直なところ失敗するとしか思えない。準備時間が足りなさすぎる」


「そうね。私も今のままなら失敗すると思う。でも君がいる。だから私は安心してたりするんだよ。……ね?」

 

 そう言って乃愛は俺との距離を少し詰め、上目遣いで俺を見る。


 胸元のボタンをひとつ開けているだけで、制服はこんなにも艶めかしいものとなるのだろうか。

 彼女の身体が近づくだけで、その魅力ある胸元から目が離せなくなる。


「か、買いかぶりすぎですよ。俺いまからこの本読んでも、せいぜいこのホロスコープの簡単な見方くらいしかわからないと思いますよ」


「簡単な見方がわかるなら十分じゃない。君はもうに答えを持ってる。そしてそれを可能にする特別なものを持ってる」


 そう言って、自信の頭を右手の中指でつんつん、と指す。


「……発想は、あります。でもそれを準備するだけの時間が……時間、か」


 タイム、リープ。

 今日の日よりも、さらに溯ればその時間は稼げる。


「天啓を得たりって感じかな。乃愛お姉さんはね、そろそろキミの本気が見たいんだ。そんな昼行燈を気取っても、つまらないでしょ?」


「乃愛先輩……。その納期は?」


「ふふ、明日の朝まで。やれるかしら」


「俺ならやれます」


 いや、違うな。俺にしかできないのだろう。


「なんかいまの君、なんかいつもと違うね。でもね。大人っぽいその瞳、私は好きよ」


 リサマの世界でも、誰かの掌の上で転がされる俺ってなんなんだろうか、と思いつつ。乃愛に頼られることに、嫌な思いがしなかった。


「あ、これから頑張るキミのために。ひとつ、ヒントをあげる」

 

 乃愛が急に立ち上がる。


「ん?」


 そして、俺の額に触れたものがあった。

 柔らかい感触、ちゅ、と小さく音を立てたのは、きっと彼女のわざとだ。

 乃愛からのキス。それが彼女なりの激励と最大のヒントだと気づいたのはまだ先のことだった。


「ッ……」


 驚愕の声を上げそうになったそのとき、

 ま、た、ね? と彼女のそのつややかな口元から声が漏れる

 

 トンッ と俺の胸を叩く。

 その彼女の拳に、俺はソファーに寄りかかってしまう。


――乃愛は、トリガーを知っている。

 

 その考えを巡らせながら俺は深い眠りについた。

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