ep.21 その全てが愛しくて

 星屑が散らばる夜。

 天の川が水面に揺らめいていた。


 俺はその場所を知っていた。ゲームの画面越しに何度とここを訪れたのだから。

 時間の流れは水の流れにたとえられるように、川のようなもの。

 きっと、ここは、だ。

 

 時間の止まった世界。

 それは、リサマの中で、真田一樹が迷い込む夢の世界。


「やっと追いついたよ。真田一樹、すぐに未来に行っちゃうんだから。そんなにボクに会いたくなかったのかな」


「――水月すいげつか」


「正解正解、ほんとはね、もーっとはやく、会いたかったんだよ?」


「……」


 まだ中学生くらいだろうか、幼い少女がいた。

 彼女のことを俺は知っている。


 水月すいげつ

 リサマ、最後のヒロイン。で主人公に語り掛ける、人あらざる存在。

 彼女はリサマの中で、死を予感させる存在として登場する。


「逃げたかったんでしょ、ボクから。この世界の死神から。君は全部しってるもんね。ボクが死を連れてくるんだって。だから時の中を逃げつづけた。時間を遡るのではなく先に先に、未来へと向けて」


「……」


「あれれ? 無意識に、だったのかな。」


「……」


 水月が姿を見せたということは、リサマのシナリオとして動き出したということ。

 だけど、俺はそんなこと――。


 そう、そんなこと望んでいない自分がいたことに、とっくに気づいていた。

 

 ゲームを進め、佐藤沙織のルートを攻略する。

 それは、つまり。

 誰かの犠牲を生むということだから。


 俺はただ沙織と、そしてリサマのヒロインである彼女たちと。

 一緒に居たいという思いだけだった。

 物語を進める先にある死という結末は、俺の望むものではないと気づいていたから。

 だから俺のタイムリープは過去へは行かなかった。


 力学の基礎。

 エネルギーの総量は変化しない。


 そして法則とは神の意志。

 万に一つの取りこぼしのない真実。


 一つの魂に値するものは、また別の一つの魂だということ。

『結城さやかの死』を回避するために、俺は誰かの魂を犠牲にしなければいけない。

 これがリサマにおける絶対なるルール。


「もう知ってるよね。君はこの世界を何回もくり返し見てきたのだから。君が逃げ続けたとしても、ボクがいる限り結城さやかの死という現象は巡る。その死を回避するためには君は、ほかの誰かの死を選択しなければいけない」


「ああ、リサマっていうのはそういうゲームだな」


「だから、物語を動かしたくはなかったんだよね。だから距離をとったんだよね。結城さやかから。でもね、その結果どうなった?」


「……」


「君は日向由依とフラグを進めてしまった。だからボクは君に追いつくことができた。やっと物語を進められるよ」


「……」


「でも、どうして? 日向由依あの子に対して君は真っ向から向き合ってしまったの? そんなに彼女が好き? クスクス。違うよね。君はいつだって、ただの傍観者だったはずだよね。それとも一緒に居て情がわいたとでもいうのかな?」


「……」


「ずっと幸せでいることはできないんだよ」


「わかってる。……わかってた」


 そう、わかっていたはずだ。

 じゃあなぜ、乃愛に約束をした? どうして自ら彼女とのフラグを回収した?


「誰を救いたくて、誰を犠牲にしたいのか、そろそろ決めなきゃダメなんだよ」


 あどけない表情で、死神が口にする。

 澄んだ声はすっと夜闇のなか溶けこんでいく。


「運命の七夕の日。君の選んだ結末を聴かせてくれるかな。物語を一つ、書き換えてあげる。結城さやかの死を書き換えてあげる」

 

 誰かを犠牲にするために、俺はこの世界にいるのだろうか。

 いや、


 俺は、誰かを犠牲にしたEndingを書き換えたくて、最後のTrueEndingを探していたんだ。

 このリサマの世界で、俺はずっと水月から逃げてきた。


 だけど気づいたんだ。

 由依は俺の知る日向由依じゃなかった。

 沙織も、なつ海も、画面越しのプログラムなんかじゃなかった。


 俺は俺の知るあいつらを信じたからこそ、ここで、水月と会うべきだと思ったんだ。だから絶望はしない。


「水月、遠慮しておくよ。俺は俺のやり方で、さやかを死から救ってみせる。そのための布石は打ってきた。もう水月。君からも逃げないよ」

 

「そう? いつかみたいに、ボクを殺してもいいのよ。それで魂の総量は保たれるわ」


 水月ルートの結末。

 真田一樹が、この時の河原で水月を殺す。神殺しのシナリオ。

 それは、真田一樹自身の心をも殺すバッドエンド。


「それじゃ、意味がないんだ。俺は、キミのことも救いたいんだ」


 くすくすと嗤う。黒衣の死神、その銀髪が夜風に靡いて揺れ動く。

 俺はそのとき、彼女が泣いていることに気づいてしまった。

 

 おそらく水月自身も気づいていないくらい、ほんの数滴の雫だった。

 に流された涙は、

 きっと未来へ溶け込んでいったのだろう。


       ***


 目の前に、沙織がいた。

 学食裏のベンチ。いつものように隣には彼女がいる。 

 制服姿の沙織は驚いた表情で俺を見つめる。


 いつかの昼にリープしたのだろう。

 初夏の光はやけに眩しかった。


 遮光のなかで透ける白い肌。青く繊細な髪。

 俺の額をそっと撫でる指先。


 その全てが愛しくて、俺は涙を止めることができなかった。

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