ep.18 なつ海と由衣(なつ海視点)

 下手な芝居をしても、見えてますっての。

 まさか、友達のキスの瞬間に出くわすことになるなんて……!


 電気の消えたリビングで、ゲームの映像だけがぼぅと、灯りをともす。


 わたしは、三角座りで床に座る。

 本来は腰掛けるべきソファーは背もたれ代わり。

 こうすると、自分の太ももが良いコントローラーを置くポジションになる。


 最近、太くなってきた気がするけど。


 細くて華奢な由依と一緒に暮らしているから、特にその差を感じてしまう。

 嫉妬なんだろうか。そんなわけない。そう思い聞かせるほどに、コントローラーを握る手に力がこもる。


 見慣れた存在だった。

 わたしにとっては単なる家族で、それはゆるぎないものだった。

 それなのに、わたしいまドキドキしてる。


 鎮まれ、しずまれ、しずまれ。

 あー、だめだ。だめだ。だめだ。


 兄さんなのに。に見えたんだ。仕方ないでしょ、バカ。

 ルート分岐まちがえて、詰んじゃえよ。もう。

 

「なつ海ちゃん。まだ起きてたの?」


「え、由依?」


 もうとっくのうちに寝ていると思っていた由依の姿だった。

 二人でおなじ部屋とベッドを共有する仲。

 2週間以上の同居生活は、喧嘩もするけど、すごく楽しいって思う。


 ちなみにわたしは、レズじゃない。


「あ、うん。ちょっと今日はいろいろあったから、寝れなくて。なつ海ちゃんは?」


「由依とおんなじかな」


「電気、つけていい?」


 わたしは、お願い。とだけ返す。

 リビングに明かりがともる。


「今日はお父さんが、ひどいことしてごめんね。怖がらせて」


 たしかに怖かったし、少し転んだ時の打ち身は痛む。

 でも、寝れない理由はそんなことじゃなかった。


「ううん、そのことはもうなしにしよ? わたしも無理に連れてきたわけで、本当だったら親御さん通すべきだったんだからさ」


「そうだけど……。うん、そうだね。これ以上は言わないよ」


 パジャマ姿の友達は、わたしより先に大人になっていくようで、置いていかれないようにするのに必死だ。

 

 今朝、わたしは寝たふりをしながら、彼女が着る服を選んでいるところを見ていた。

 チークを塗る様。リップを選ぶところ。

 髪を巻くアイロンの少し焦げたにおいに、左手首にそっと振りかけた香水。

 

 そのどれも、わたしにとっては、ちょっと大人な感じがして。


――ゲームなんて、子供がするものだよ。

 

 親がe-sportsの選手だと知ったクラスメートから、そんな言葉を何度もかけられたことを思い出す。

 もちろん、尊敬できる両親で、目指すべき目標。

 大好きな人たち。


 でも、わたしがゲームを続けているのは子供でいたいからなのかな。


 もっと小さいときは、お兄ちゃんと結婚するもん。なんて言ってたのになー。中途半端に思春期しちゃってますよね。わたし。


「キス、したでしょ」


 出来るだけ明るい声で、そう口にしてみた。


「あ、うん。うん……しちゃった」


「兄さんのこと、好きなの?」


「……うん、うん、好き」


 ズキリと痛むのは、怪我のせいじゃない。

 胸が痛むんだ。

 リセットボタンもセーブ&ロードもないなんて、ずるい。

 現実はクソゲーだ。それも、兄さんの受け売りの言葉なのだけど。


「そっかー。もしかすると、わたしたち姉妹になるのかな」


「それは、由依としては、気が早いと思うなー。それに、好きな人いるの知ってるもん」


「そうね、ライバルばっかりだね」


「なつ海も、だよ」


「ばか。法的にアウトよアウト」


「あの人、そんなこと気にしない気が、する。由依にはそう見えるよ」


――同じひとを好きになってしまった場合、どうしますか?

 由依の投げかけた質問だったけど。

 そのときには皆わかってたんだ。誰のことを言っているかなんて。

 

 さや姉に、沙織さん。そして乃愛さんもきっと――。

 それにしても、高校生の色気はずるいよ、もう。


「わたしが! 気にするんだよ」


 ……あれ。


 コントローラーに水滴がついてる。

 大事なものなのに。兄さんが買ってくれたものなのに。


 あれ、拭っても、ぬぐっても。拭き取れないじゃん。


「……なつ海ちゃん。泣いてもいいんだよ」


 そっか、泣いてるんだ。わたし。


 気丈に振る舞うのは、今はやめにしよう。

 友達のやさしさが嬉しかった。嫉妬する自分が醜かった。

 こんなわたし詰んじゃえよ、もう。


「うん……。うん……。わたし、兄さんが好き」


「由依も、カズキさんのこと好き、なの! ふたり、だね」


 初夏の夜は、思ったより冷え込んでいて、お互いの涙でさえ、あたたかかった。


 蝉の声が微かに聞こえる。夏はまだ、始まったばかりなんだ。

 生のと、死の匂い。


 切ないなって思う。淋しいなって思う。

 だから由依の存在が涙が出るほど嬉しかった。


「そうね、、だね」

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