ep.14 北城渚の恋 2/2(渚視点)

「えっと、急に声をかけてごめんね。1年の北城渚ちゃん、だよね?」


「し、し、心臓……止まるかと思いました」


「そんなに俺ひどい顔してるかな」


 真田先輩はその左頬に大きなシップを貼っていた。

 きっと昼のことが原因なんだと思う。


「いえいえいえ、そうじゃないんです。ただ、ちょっと考え事中だったから」


「作詞、進んでる?」


 え、え?

 なんで真田先輩がそのことを知っているのだろう。


「なんで、知ってるの? って感じの顔してるね。まぁ、実際、不審者だもんなー。落ち着いて聞いてくれるかな。まず俺のことわかるかな」


「あ、はい。えっと、あの、真田一樹先輩? ですよね」


「ありがとう。自惚れたことを言うんだけど、俺のこと好きなんだよね」


 再び、心臓が跳ね上がった。

 カッと熱くなる頬っぺたが恥ずかしくて両手で押さえてしまう。


「あ、あの、はい」


 ちいさく頷く。

 疑問もあった。どうして私を知っているの?

 どうして、私が先輩を好きなのを知っているの?

 

 もし知っていたとしても、どうして直接聞くのだろう。

 やっぱり、遊び好きな人なのかな。とか悪いほうに考えてしまう。


「渚ちゃん、俺はキミと付き合えないんだ。そのことを言いに来た。一方的で勝手な話なんだけど。キミを傷つけることだとわかっていたけど、キミに嘘をつきたくなくて」


 わかっていた。

 でも、告白もしないで振られるなんて、あんまりだ。

 こんなに近くにいるのに、こんな風に真剣な目で、どうしてこんな残酷なことを言うんだろう。

 がまんしてやろうって思った。

 大したことないって、あ、そうなんですねって気丈に言ってやろうって。


「あ、そう、な」


――そうなのですね。


 ただのその一言が言えなくて、いつも歌うときみたいに喉を開いていけばいいのに。

 腹式呼吸で言えたらいいのに。

 そうすることが私にできる小さな反抗なんだって。思ったのに。


「……そうなん……そんなのって……やだよ……や、だよ。わ、わた、わた、わたし、先輩が、好きです。先輩が大好き、です」


 そこからは、言葉を出すごとに止まらなくて。

 先輩、すごく困ってる。

 大人にならなきゃ。困らせちゃだめだ。

 思えば思うほど悔しくて。子供だもん、まだ私子供だもん。

 

 涙が止まらなかった。

 そんな、私の頭を先輩の大きな手が撫でてくれて、少しうれしくて。その分悲しくなる。


 落ち着いたのは、それからどれだけ経ってだっただろうか。

 放課後で人通りが少ないとはいえ、通りかかる生徒が見ているのもわかっていた。


 やっぱり、これ以上、先輩に迷惑かけちゃいけないと思った。


「ごめん、なさい。取り乱しちゃって。わかってます。先輩に恋人がいることも、今日先輩と喧嘩してたあの人、ですよね」


「あー、沙織とのこと見てたんだ。恥ずかしいな、渚ちゃんの思ってる通り、俺は沙織が好きなんだ。でも、付き合ってはないし、これは俺の片思いだから」


 意外だった。

 こうやって口に出して言えるところが、大人に見えて、やっぱりかっこいい。

 

 そのあと先輩は私の予想のはるかかなたの言葉を口にしたのです。


「渚ちゃんにだけは話すね。これは俺とキミの内緒の話。戯言だと思ってくれていい、バカらしく感じるかもしれない。それでも、聞いてほしい」


「え……? あの、はい」


「俺はこの世界の人間じゃない。大事な人を守るために、この世界を何度も繰り返してきた。その中で、北城渚、キミのことを好きになったこともある」


 どういうことだろう。

 ドラマや映画の話のようだった。

 その繰り返しのなかで、

 私が、先輩とこともあるのだろうか。

 ちょっとそこが気になった。


「俺には幼馴染がいるんだけど。その子はそう遠くないうちに事故にあってしまう。それを俺は知っている。そして、ここにタイムリープしてきた。寝ぼけたことを言うようだけど、これは真実なんだ」


「タイム、リープ。先輩はその人を助けたいんですね」


「助けたいな、うん、助けるさ」


 その手伝い、私じゃできないのかな。

 そう思ったけど、言うのはやめておいた。

 きっと、この人はすでにそれを試したのだろう。その試みは失敗に終わってしまったのだろうから。


「渚ちゃん。これからキミはつむぎちゃんとたくさんいい曲を書く。その中で、二人が喧嘩することもあるだろうけど、キミはそれを乗り越える力を持っている。強くて、可愛くて、ほんとに頑張り屋さんなのを俺は知ってる」


「これ以上言うと、俺はキミを傷つけるだけじゃなくて、キミの未来を変えてしまうかもしれない。だから、たくさんの言葉は言えない。嫌われてもいい。それでもキミに伝えたかった」


 強い力が、私を引き寄せる。

 彼の胸元におさまったまま、私は固まってしまった。

 抱きしめる先輩の手があたたかくて、背中がじんわりと熱をもつ。

 

 心地よくて、うれしかった。

 想像通り優しい人で良かったと思った。

 だから、許せる気がした。


「あの、私には先輩の大変さも苦しさもわかりません。でも、先輩を嫌うわけないです。好きでした。すごくすごく好きでした。だ か ら!

最後に一つだけ、聞いていいですか」


「俺にこたえられることなら」


「その、私のことを好きだったこともあるって言ってくれたけど、いまの先輩は……ふふ、なんだか恥ずかしいんですけど。もちろん、付き合えないのもわかってて聞きます。先輩は私を好きですか?」


 これは最後のいじわるだ。

 私を、それは私が勝手に惚れて好きになってただけなのだけど。私を、もてあそんだのだから、そのお返し。


「……困ったな。渚のこと、好きな俺もいるよ。これは沙織には秘密な」


 って呼んでくれてたんだ。

 なんだか嬉しくて、私のほうから抱きしめてみた。

 先輩は少し驚いた様子で、それでもぎゅっと抱きしめ返してくれた。


 そのあと、先輩と別れた私は、つむぎちゃんの前にはなかなか戻れなくて

 もう一度ベンチに腰掛けたまま、思いっきり泣いた。


 すっきりしたあと、気づけば歌詞はできていた。

 それまでにないくらい、明るい歌詞の内容だった。



      ***


 6月10日、土曜日にも関わらずチラシを見てきてくれた人たちで校内のホールは賑わっていた。

 ワンマンライブなんてもんではないから、きっと先輩たちのバンド目当ての生徒も多いだろう。それでもいい。ここから始めよう、そう思う気持ちでステージに立つ。


 なぎさちゃんと眼があう。彼女は準備万端だ。

 強く息を吸う。

 そして、息を吐く。


 緊張を溶かすのは、なんかじゃなくて、自分自身の強い意志だから。

 あの日から、たくさん泣いて、たくさん悩んで、最後に自分を奮い立たせるのは、自分自身と、そして傍にいる友達なんだってわかったから。


 


 渚ちゃんの奏でるキーボードの音と、打ち込んだトラックがビートを刻む。

 イントロに合わせて、右足でリズムをとる。


 視線の先に、明らかに場違いに一人で見に来たのだろう生徒が見える。

 ちいさく手を挙げた彼は、私の好きだった人だ。


 今日だけはその人のために歌おうと思う。

 ううん、、その人のために歌おうと思った。

 

「じゃあ、いっくよー」


 大声を張り上げて、私たちの歌を響かせる。

 夏の日差しよりも輝いて、その暑さよりも熱いハートで。

 

 

 私、北城渚は恋をしていました。

 それは、汗ばむ初夏のことでした。

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