ep.13 北城渚の恋 1/2(渚視点)


 唐突だけど私、北城渚ほくじょうなぎさは恋をしています。


「甘くて冷たくておいしー。ねえねえ、なぎさー。アイスケーキってアイスだと思う? ケーキだとおもう?」


「いま歌詞かんがえてるところなんだから、悩むこと言わないで―。アイスだと思うけど。なんかケーキの代替品っぽいもん」


「いま食べてるんですけど……。結構おいしいんだよ? 食べる?」


 6月10日には、校内で小さなライブをする。

 そのための新曲を書き下ろしているところ。

 その邪魔をしてくるのは、友達で作曲担当の神前つむぎこうさきつむぎちゃん。


「食べる余裕なんてないよ~。つむぎの曲難しいんだもん。テンポ速いし、あがったりさがったりしてるし、歌うほうの身にもなってください!」


「へいへい。なぎさなら良い歌詞書いてくれるし、良い感じに歌ってくれるから信用してるのさ」


「あ、う、うん。ありがと。私も……つむぎの作る曲好きだけど」


「でしょでしょ、天才ですから」


「自分で言わないの。10日のライブまで時間ないんだから、ちょっと外ぶらぶらして歌詞考えてくるね」


 そう言って、軽音部代わりの音楽室を抜け出す。


 私、北城渚は恋をしている。

 その相手はきっと私を知らない。

 

 私はここ、一ノ宮学園に入学したばかりの高校1年で、その人は一つ上の先輩で真田一樹さんというらしい。

 いつも綺麗な女の人ふたりと一緒に通学しているから、きっとどっちかと付き合っているんだと思う。そういう噂も聞いたことがある。


 だから、叶わない恋だと思う。

 それでも、もしもを考えてしまうのは若さかもしれないし、わがままなのかもしれない。


「夕方なのに、まだ暑いなー。ジュースでも飲んでかんがえよっと」


 校庭まで下りて、学食のあるところに設置された自販機に向かう。

 そのベンチを見て思いだす。

 今日の昼、いつもの女の人と真田先輩が話をしている姿。

 

 そういえば、平手で叩かれていたようだけど……なにかあったのかな。

 三角関係とかだったのかな。


 結構、遊び人なのかな。


 やだな私。ゴシップな子なんて嫌われちゃうよね。反省しよ。

 オレンジジュースのプルタブを開け、乾いた喉を潤す。

 甘くて酸っぱいのは、恋の味にたとえられるけど。

 

 私の恋は酸っぱいだけだ。


 いつも、切ない歌詞ばかり書いてしまう。

 それがちょっとウケてたりするんだけど。

 作曲でキーボードの神前つむぎと、ギターボーカルの私。

 二人だけのバンドだけど、すこしずつファンが増えてきたところ。つむぎは褒めてくれるけど、まだまだ私は初心者で、ライブでも緊張するし自信なんてない。


 たぶん今回も、失恋ソングになりそう。


 手持ちのメモ帳をじっと見つめ、ときおりペンを走らせる。


 実はメロディはすべて頭に入ってる。

 渚ちゃんは天才だ。キャッチ―なメロディは、一度聞くと忘れたくても忘れられない。

 歌詞が書けないのは、私のせいだ。


 でも、足をひっぱりたくないから頑張る。

 

「えっと、急に声をかけてごめんね。1年の北城渚ちゃん、だよね?」


 その声にハッとした。

 思わず、手にしていたペンがこぼれ落ちる。

 目の前に立っていたのは、私の大好きな先輩だった。

 

 これは、不思議でちょっと切ない

 私の短い恋のお話。

 それは、汗ばむ初夏のことだった。

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