ep.10 恋バナとか、してみない? 1/2

「このままで、いいのかなー俺」


 佐藤沙織のご厚意に甘え、ひざ枕を堪能した。

 そのあと俺はとくにリープすることもなく、その幸せは昼休みのチャイムによって打ち切られた。

 

 それからの沙織の態度もとくに普段とかわらずで、とくにフラグが立ったとも思えない。『結城さやかの死』を回避するためには何らかのアクションが必要なのだろうが……。他のヒロインとのイベントも発生できないままだ。

 

 俺は、ただ2度目の高校生活を楽しんでいるような日々。

 気づけば、週末の土曜を迎えていた。


 土曜日というのに、社畜時代の癖もあってか朝はやくに目を覚ました俺は、リビングでのんびりしていた。

 冷房で冷えたフローリングに寝ころんでいた俺を、大胆にも跨いでいく失礼な存在がいた。

 その者は失礼ついでに俺の独り言にまで介入してきた。


「なに、思春期なの?」


 それは、妹のなつ海でも、居候の由依でもなく、結城さやかだった。


「思春期はもう終わってる。と思うぞさすがに、そのあいだも一緒だったと思うんだが?」


「じゃあ何を悩んでんのよ。この私がわざわざスイカ持って家まで来てあげたというのに」


「なつ海に代わりに切ってもらってる、あれな」


 やけにでかいやつだった。


「だって、料理苦手なんだもん」


 料理…? 切るだけだろ……。

 

「なんか言ったぁ?」


「いえ、なにも」


 夏らしく涼やかな白いシャツ。

 桜色の長い髪をポニーテールで束ねた美少女は、いぶかしげに俺を見る。

 

「ふーん。一樹は料理が上手な、なつ海ちゃんみたいな女の子が好きなんだ?」


 返答に困る。

 なつ海も聞いているかもしれないしな。


「そう…かも。カズキさんがなつ海ちゃんのつくるご飯、残してるところ見たことないです。ふぁ~あ、由衣はまだちょっと眠いです」


「あ、おはよーだね、由依ちゃん。お邪魔しちゃってるよー」


 日向由依がこの家に居るのにも慣れてきた。

 先日の浴室でのことは、謝ったものの『なんのことですか?』とはぐらかされた。

 記憶から消したいくらいのことだったようだ。

 

「いやいや、ずっとお邪魔しちゃってるのは、由依のほうですし」


「いいの、いいの。でも一樹になにかされてない? 大丈夫? あとでお姉さんが相談のるよ」


「おいッ」


 由依の裸を見たことだけは、言わないでほしい。

 それ以外の余罪はない。


「ひぅ」


「一樹、なに由依ちゃん怖がらせてるの!」


「……すみません」


「わかればよろしい」


 ぐぬぬ。

 女子、二人には勝てそうにない。


「出来ましたよー。あ、由依起きたんだ。なんか、賑やかだねー」


 三角に切りそろえたスイカを乗せた大皿をもって、なつ海がもどってくる。

 真田家に入り込んだ曲者2名を相手に、劣勢を強いられた俺への援護を期待する。


「女子会みたいでいいですね、こういうの!」


 !?


「そうねー、女子会みたい。せっかくなら沙織も誘えば良かったかな」


「おいおい、俺を忘れてる」


「あ! わたしも沙織さんにひさしぶりに会いたいなー」


「沙織さんって?」


「兄さんとさや姉の共通の友達の、美人なひとだよ」


「うん、そうそう、私の親友」


「由依も、お会いしてみたい! です」


「呼ぶ?」


「「さんせー」」 

 

「じゃあ私ちょっと電話してくるねー。あ、一樹、乃愛先輩も呼んでいー?」


 俺だって、沙織には会いたいし、さやかと乃愛の交流が深まっているのは嬉しく思う。だが、休日くらいゆっくりさせてくれ。

 そもそも、なぜ女子っていうのはこんな短期間で打ち解けあえるんだ。


「ああ、もう、勝手にしてくれ!」


       ***


 美少女は遠きにありて思うもの

 そして悲しくうたうもの。


「室生犀星がここに居たら、椅子でかち割られてると思うよ」


 沙織、乃愛が合流し、女子5人となった集まりは、大いに盛り上がっていた。

 途中だったが、俺はすこし自室に戻りベッドで横になっていた。


 そんななか俺の詩的表現にケチをつける者がいた。

 今日はやけに独り言に介入される率が高い。


「なんだ佐藤か。さやか達はいいのか?」


「ん、UNOで一抜けしてきたからね。まだまだ白熱中」


「そういうこと」


「ん、そういうこと」


「UNOって言ったか?」


「ちゃんと、UNOって言いましたー」


 その言い草に思わず笑ってしまう。

 私服姿の沙織は、いつもより大人っぽく見える。

 隣、いい? そう言ってベッドに腰かける。

 ワンピースの短めな丈からは彼女の太腿があらわになる。


「その帽子、似合ってるじゃん」


 先日のひざ枕の件もあり、下ばかりが気になってしまうので頭のほうに目をやる。

 クラシカルなベレー帽を被る姿は、沙織の中性的な雰囲気とマッチしている。


「え、あー、んー?? えっと、アタシもしかして、口説かれちゃってます? なんてね」


 慌てふためく様子の沙織の頬は、微かに赤らんでみえる。

 その姿に俺も少し、焦って言葉に詰まる。


――UNOって言ってない!!


 大きな声。

 その声は意外にも普段は小さな声で話す、日向由依の声だ。


――ッ! ああ、もう、まただ~~


 どうやら、その言葉の矛先は、源乃愛のようだ。


「乃愛先輩だな」

「乃愛さんだね」


 二人一緒にそう口にする。

 それだけで、それまでの緊張感が和らいだ気がした。


「真田くん、あのね」


「一樹。さやかにもそう呼ばれてるから」


「あー、そだね。うん。じゃあアタシも沙織でいいから」


「沙織さん」


「沙織」


「はいはい。沙織な」


「アタシも一樹って呼ぶようにするから。それでね、アタシ……」


――UNO!!!!


 沙織の声をかき消すように、乃愛の声が響き渡った。


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