ep.08 いつまで、見ているつもりなの

「なつ海、ただいまー、汗かいたし先にシャワー浴びるよ」


「えりえり~。あ……兄さん!」


 乃愛との話のあと、やる気を出したさやかにたっぷりと買い物に付き合わされた。

 結果、夏の暑さも相まって、くたくたの身体で帰宅することとなった。


 10代の身体だからといって、無茶をしすぎたかもしれない。

 その裏には、結城さやかとの一日に、どこか浮かれている自分がいたのかもしれない。

 

 さやかへアイスを奢り、乃愛先輩との話を聞き。

 そして、日が暮れるまでさやかと買い物をしながら他愛もない話をした。

 

 結城さやかを助けたいと、心の底から感じたのは真田一樹としての記憶があるからなのか。それとも俺自身が、彼女に惹かれているからなのか。

 それは俺自身わからないでいた。

 ただ、彼女には今日みたいに笑っていてほしいという、そんな気持ちがあった。


「ちょっ、と! 兄さんってば」


 家のドアを開けて、その足で脱衣所へ向かう。

 なつ海が何か言いかけていたようだが、話ならあとで聞けばいいし。

 そんな思いで、無視して進む。


 ガチャリとドアの開く音がする。

 だが、俺の手はまだドアノブにすら触れていない。

 

 ん? 

 なら、なぜ音がしたんだ。


「ふえ? え、え、え、え、え、え、え」


「…ッ??」


「え、え、え、え、えええええええ、だれ、だれ、だれ、だれ!?」


 誰と言われても、今はこの家の主だよ。

 そんなこと、言えるわけもなかった。


 目の前にはバスタオル一枚の女の子。

 なつ海くらいの年頃だろうか、小さな肩幅、身体つきで成長途中であることがわかる。

 そして、小ぶりな果実が二つ。ちいさくも、しっかりと膨らみ始めていた。


「こ、ぶ、り……? ちいさくも……?」


 やべ、スクリプトが声に出てたか。

 配信者のときの癖が最悪のタイミングで出てしまった。


「こぶり……ちいさい……こぶり……」


 タオル一枚、裸同然の少女は、放心状態で俺の言葉をくりかえす。


「あちゃぁ、兄さん、わたしもさすがに擁護できないよ。もぅ、なんで話聞かないで風呂にいっちゃうかな」


 騒動に駆け付けたなつ海は、頭を抱えながら俺に憐れみの目線を向ける。


 思い出した。

 この子はなつ海の友達で追加ヒロインの日向由依ひゅうがゆいだ。

 コンシューマー版でルートが導入されたキャラクター。

 なつ海のクラスメートで同じ中等部の3年。

 ゲーマーのなつ海とは違い、真面目で勉強熱心な女の子だ。


「――兄さん」

 

 なつ海ルートでのシナリオであれば、この6月11日の分岐シナリオで、この子と外で出会う話があったはずだ。

 たしか、厳しすぎる親御さんから逃げ出すように、家出をしたところを、なつ海に拾われる。そういう流れだった。

 この子の居候というシナリオは、全ルート共通のイベントで、なつ海とのイベント回避後もこのような形で合流する。


「兄さん!」

 

「なんだ妹、俺はいま大事なについて考えてるところなんだ」


「いつまで! 由依の! 裸を! 見ているつもりなの!?」


 なつ海の普段とは明らかに違う、低く鋭い声に思わず後ずさる。


 固まったままの日向由依に対して、手を合わせたジェスチャーで『ごめん』とだけ合図をし、俺は自室に逃亡することを決めた。


 その場では逃げ切ることができたものの、その日、俺はなつ海と由依がいるリビングに向かうことはおろか、

 シャワーを浴びることすらも許されず。

 

 なつ海が(情けで)部屋の前に置いていった、お湯の入ったポットとカップ麺で一夜を明かすこととなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る