ep.07 神様からの贈り物 2/2

「さーてーと。話を聞きましょうかね。さやかちゃんはマンガの題材に、タイムトリップを組み入れたいわけよね」


 俺が結城さやかと源乃愛に挟まれながら、さんざん弄り倒されたのち。

 乃愛はそう言って話を切り替えた。


「はい。それで先輩の話を聞いてみたくて」


 かしこまった感じに椅子を引いて、さやかは真剣な目で乃愛を見る。


「一樹君には前にかんたんには、話をしたのだけど、私は単なるタイムリーパー。そして、アナタも、ほかの誰しもが端的に言うとタイムリーパーなの」


前に。そうそれは6月8日から今日までの間で、タイムリープした未来の俺がはじめて乃愛と出会ったときの話だ。


 俺の中にまだ記憶として、その出会いはない。

 しかし、それも画面越しには知っていることだった。

 

「それって、寝て、起きたら、時間が過ぎているっていう、いわゆる記憶の断続性のことですよね」


「そう。私の場合ある事故にあって5歳から12歳までの7年間ずっと昏睡状態だったの。その間夢を見たわ。たくさんの夢。それは喪った7年を埋めるには十分すぎるだけの知識量」


「目が覚めたとき、私は天才だった。IQ130以上、いわゆるとして生き返ったってわけ」


「そんなことって……あるんですね」


 息をのむ。そのさやかの喉の音が俺にも聞こえてくる。

 乃愛はまるで他人事のように、生い立ちを語った。


 浮世離れした雰囲気は、彼女の魅力であり。それは彼女がもつ弱さを隠すための鎧でもある。

 それは、乃愛のルートでなければ知りえることもない、本当の姿なのだが。

 

「論理的にはありえないことだと私も思うんだけど。実際にあったわけだからね。私はその現象を身をもって体験したし、発生した現象を正として考えるほうが、理に適ってると思うんだよね」


「不思議だったのが、7年前の私が知りようもないことも私は知っていたし。それから先に起こりうる目ぼしい事象を言い当てることができた。私はこの7年の欠落を過去から未来へのタイムリープと感じてる」


「それから先、そういうことはあったんですか。また過去に行くとか、さらに未来を見るとか」


「ないわよ。だって、事故にあったのは1度きり。いまはそのものだもの」


 乃愛の軽い口ぶり。達観した姿。

 その斜に構えた生き方は、周りを惹きつけ、みんながその存在に憧れをもつ。

 それは天才ゆえに計算づくされた彼女の処世術。


 源乃愛はリサマの中で一番のだ。 


「えっと、じゃあ先輩がタイムトリッパーっていう噂は?」


「あれは私のキャッチコピーのようなものよ。宇宙飛行士が一度でも宇宙にいけば、皆アストロノート。だから私は一度の時間旅行を体験したタイムトリッパー」


「そして、未来から過去への移動はない。っていうのが私の見解。それは時間のもつ不可逆性を覆すことができないから。だから残念だけどさやかちゃんの描こうとしてる作品の力にはなれないと思うわ」


 ごめんね。とジェスチャーを付け加えて、乃愛はさやかにウィンクする。


「そんな! 貴重な話をありがとうございます」


 ここで俺は口を挟む。


 源乃愛というIQ130の天才、そしてその知恵というのは、これから先の大事な要素だ。ゆえに、この乃愛の協力が『結城さやかの死』を回避するための重要なファクターだ。


「乃愛先輩、一つ良いですか。もし予知夢だったり、タイムリープだったりでという場合。、どういう解釈がとれますか」


「ラプラスの悪魔」


「え?」


「”全ての出来事はそれ以前の出来事のみによって決定される” できごとは、それまでの事象と配置の妙で構成されている、とする理論。だから、ラプラス原理に基づけば、近い未来くらいなら未来を見ることはできるのじゃないかと私は思うわ」


? バタフライエフェクトにあるように、この世界は些細な変化で大きく事象を変化させるものだから。予測するのはかんたんではないと、お姉さんは思うわ」


 源乃愛ルートにおいて彼女はギフテッドの頭脳をもって、そんな未来予測を成し遂げる。

 しかしながら、ギフテッド――神様からの贈り物が、本人を幸福にするとは限らない。そう思わざるを得ない。そんな彼女のルート。


 それは、俺がこの世界で求める結末ではないのだけど。

 

「えっと、あの難しいことは私わかんないんだけど。要するにそれまでの出来事から先を考えていくことで、近い未来を見ることは、できるってことですよね」


 さやかは控えめにそう口にする。


「そういうこと。あまり科学的ではないんだけどね。むしろ文学的というか、そうねの領分ね。もしさやかちゃんがこれから先、物語を紡ぐ存在になるのなら、きっと未来だって見ることができるかもしれないわ」


「私が……未来を描くことができる……。そうなりたいです。ううん、なってみせます!」


 正ヒロイン、結城さやかはその身体いっぱいに決意を示す。

 その凛とした姿は、彼女の在り方を強く印象づける。


 ストーリーテラー 結城さやか 

 彼女もまた未来予測を成し遂げる、『Re;summer-夏色はくり返す-』のヒロインであることを。

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