ep.06 神様からの贈り物 1/2
なつ海から逃げ出すように家を飛び出し、スマホを確認する。
6月11日は、結城さやかとの買い物に付き合う約束の日だった。
それだけだったら急用が入ったとメール一本入れておけば、幼馴染のよしみというもので許してはくれるだろうが、
この日はもう一人、大事なキャラとの約束を兼ねていた。
その約束を交わしたのは、もっと先のタイムリープで戻った俺であるという、リープ作品特有の状況は、この世界に来てから改めて新鮮なものに感じる。
『いちおー報告しておきますね。真田君、今日は源乃愛さんとのお約束があるのでお忘れないように。……さやかだけでなく別の女の人とも会うのはどうなのかなーってアタシは思うのですが、何か考えがあることかもしれないので、とやかくは言わないでおくよ』
そんなSNSメッセージが佐藤沙織から届いていた。
これを先ほど見なければ、もう一戦はゲームをしていたかもしれない。
ちなみにスマホに気づかないまま、終日真田なつ海とゲームを楽しむという選択肢も、ゲーム内にはある。
そして、それは序盤の大きな分岐だったりもする。
細かな分岐や日付の移り変わりまでは覚えてないものだな、と先行きを不安に思いながら、さやかとの待ちあわせに向かった。
待ち合わせに遅れた俺をさやかは、ぐちぐちと言いながら
その頬を膨らませて叱りつける。
平身低頭な俺に、まったく。とため息交じりに口にして、このような提案を繰り出した。
――アイス、約束だったでしょ。あそこに見える店のチョコミント。あれで許してあげる。
正直、そんな約束覚えてない。
沙織からも、聞いていないことだったが、それくらい正ヒロイン様のご機嫌が直るなら……と思い提供した。
さやかの指さす先に見える。移動販売車のアイスクリーム屋で一人分のアイスを買って手渡す。
リサマにおいて街中の背景絵に描かれたものをこれまでは見てきたが、もちろん絵なのでこの車が移動しているところを見たことはない。
アイスに噛り付くさやか。
私服姿の彼女は白いワンピース姿で、左手にきらりと、小さな腕時計が見える。
中学のときに、俺が、正確には真田一樹がプレゼントしたものだ。
たしか彼女の描いたマンガが学生向けのコンクールで入賞したときのお祝いで渡したものだったはずだ。
そう同化しつつある真田一樹の記憶で俺は知っていた。
「ねえ一樹。今日は付き合ってくれてありがとね」
「ん? いつものことだろ」
「まあそうなんだけどさ。これから会う源先輩との約束も取り付けてくれたわけだし。いちおー感謝はしてるのよ。まー学園随一の天才で美人な先輩とどうして、一樹なんかが知り合いなのかわかんないんだけど」
「まぁ、偶然いろいろあってな」
「ふーん。でもタイムトリッパーってうわさの先輩から話を聞ければ、漫画も進められそうだし!」
結城さやかはマンガ同好会に所属する、生粋のクリエイター気質の少女だ。
漫画に使うトーンの買いつけのため、日曜には主人公を連れ出して買い物につき合わせる、というのがお決まりの結城さやかの行動パターンだった。
そしてこれは全キャラルート共通で起こるもので、この結城さやかとのデートはフラグではない。
「あ、ここじゃない? センパイの言ってたお店って」
前を歩くさやかが立ちどまり、スマホ画面とその店の看板を照らし合わせて確認する。駅から5分ほど移動したところにある雑居ビルの一角にその店はあった。
「えっと、あれ。間違えじゃないよね。猫カフェって書いてあるけど」
***
店内は中世ヨーロッパ風に装飾された空間で、ざっと見るだけで20匹以上の猫がはなし飼いされていた。
デートコースとして定番なのか男女組も多く目立つ。
猫を膝に抱きながら、コーヒーを楽しむ。
そんな店内コンセプトらしい。
待ち合わせ場所は間違えではなかったようで、すでに猫2匹とじゃれ合う源乃愛が目についた。一つ年上の先輩で、学園の有名人だ。
成績優秀で、海外の大学への飛び級の話も出ていたらしい。
だがそれは本人の意向で断ったという設定を持つ。しかし3年のまだ夏もはじまったばかりの現時点で、すでに卒業後の進路が内定している。
IQ130以上の天才。
それでいて、自称タイムトリッパーという少し変わった設定つきのリサマ第三のメインヒロイン。
乃愛のルートでは、より深く科学的な視点で主人公のタイムリープ現象に対して考察をし、関わりをもつことになる。
しかし、今回の目的は結城さやかと源乃愛を鉢合わせるということが目的だった。
乃愛の見た目に関して言えば、そんな才女という設定とは傍目には思えない独特の風貌をしている。
くせっけのある金髪。耳には銀色のピアス。
イベントCG等でも感じていたが、ほかのキャラと比べても肌の露出面積が大きいのが特徴で、帰国子女らしいといえばそうなのだが、この日本ではいわゆるギャルのようなファッションだ。
ジップパーカーの開いた胸元から、黒いタンクトップ越しのバストを露わにしている。そして視線を下げれば、デニムのショートパンツから見せるそのすらりとした生足が見えた。
そんな風に、ひと時の眼福を堪能していたタイミングで、乃愛が俺の存在に気付いたようだった。
「お、待ってたよ。あれれー? お連れさんはどうしたの」
そう、目的は結城さやかと源乃愛を引き合わせること。
なのだが……。さやかは、抱っこしようとした猫に逃げられ、追いかけて、店内の見えないところにまでいってしまっていた。
「さやかは、どっか行っちゃってますね。すみません。それにしても意外ですね、乃愛先輩がこういうところに興味があるなんて」
「そう? 30代以下のアンケートにおいては猫好きは6割越えっていう結果が出てるのよ~?」
「はぁ……、まぁ俺も好きっすけど」
源乃愛というキャラは、知識量を感じさせる語彙でよく喋る。
実際に目の前にすると、その勢いに圧倒されてしまうくらいだ。
「私もまた、
「気を悪くしてしまったのなら……すみません」
「あ、いや。ぜんぜん怒ってるとかじゃないの。単純なキョウミよ。一樹君にとって私は才女なうえに美人で真面目で、素敵な年上のお姉さんかもしれないけど――」
「そうねー、物事には多面性があるものなのよ」
「いや自分で言います? それ」
「あはは、冗談よ冗談。でも、そんなに真面目なタイプじゃないわよ私」
確かに才女タイプの年上キャラクターといえば、真面目な生徒会長のような存在をヒロイン候補としては予想するが、
リサマ内での源乃愛の位置づけはどちらかというと、エッチなお姉さんだ。
「そだ。試してみる?」
…ッ!?
乃愛の手が俺の腕をつかんで、胸元へと引き寄せる。
柔らかな感触。
そしてドキドキとした心音が伝わってくる。
リサマにおいて最初のそういう接触は、源乃愛からだったと思い出した。
「ちょっと、私が猫と遊んでる間に! なにしてんのよ!」
結城さやかの叫び声に思わず手を引っ込めた。
「違ッ 俺じゃなくて乃愛先輩が」
「さやかちゃーん、この人、私のおっぱい触ってきたのー。けだものだったの」
おいおい、獣扱いかよ。
「(ジロリッ)」
さやかより、無言のまま怒りが伝わってくる。
ラッキースケベ展開っていうのはノベルゲームには必要不可欠な要素なんだよ。
わかってくれよ。
これはスクリプトによって定められた不可抗力な展開なんだよ。
俺はなにも悪いことをしていないわけだが、さやかに見られたことに言い訳じみた言葉が浮かぶ。
困惑した俺の顔を見て、声を出して笑う乃愛のことを、俺は恨めしそうに見た。
そんなことをお構いなし、といった様子で、悪戯好きの才女はさらに追い打ちをかける。
「あ、猫ちゃんだ。おいでおいで。さやかちゃんも気を付けたほうがいいわよ~。男はおおかみなのよー♪ ってね」
「だーかーらー、俺はなにもしてねーよ。胸を隠すな胸を」
乃愛の言葉を聞いてか、さやかはそそくさと胸元を手で押さえた。
この二人の出会いが、のちのストーリーを進める
なつ海と一緒にゲームをしてれば良かったと、
俺は、少し後悔をした。
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